<テレビと動画(2)>

pressココロ上




先週のつづき。

子どもは純粋であるがゆえに、言い方を変えるなら社会経験のない人間であるがゆえに「残酷」な一面があります。社会経験のある大人の場合、相手の気持ちを気遣うとか、いい意味での忖度とかできますので、相手の心を慮る対応ができます。しかし、そうした経験のない子供は自分の気持ちをストレートに口にしたり行動に移したりする場合があります。ですので先週書きましたように、学校という空間では少しでも異質なものを排除しようという気持が実際に行動として表れることがあります。

本来であるなら学校の先生方がそうした事態にならないように、普段からクラスの雰囲気などに気を配り事前に対処するのですが、現実にはそのようにできないケースもあります。マスコミなどで報じられていますが、先生方がこなさなければならない業務が多過ぎて、子どもたちの対応にまで手が回らないからです。

そのような環境では周りになじめない子供たちは学校での居場所がなくなり、登校拒否などをするようになります。そうした子供たちでも家庭に落ち着ける場所があるなら対応のしようもありますが、中には家庭にも居場所がない子どもたちがいます。そうなりますと、そうした子どもたちが行く先はいわゆる不良たちのたまり場となるのが定番です。

最近では、不良のたまり場として新宿の「トー横キッズ」が注目を集めましたが、繁華街のある場所が不良のたまり場になっているケースは昔からありました。「類は友を呼ぶ」という格言がありますが、同じような境遇の少年少女たちは自然に群れるようになります。おそらく安心感があるからでしょうが、困ったことにそうした場所には必ずといっていいほど悪い大人たちが介入してきます。

このように一度普通の社会から落ちこぼれてしまいますと、そのままブラック社会に向かうしか道は見えなくなってきます。以前訪問販売に来た、いかにも悪徳業者ふうの若者に「こういう仕事はやめたほうがいいですよ」と言葉をかけたことがあります。余計なことでしたが、おせっかいな性格からついつい言ってしまったのでした。そうしますと若者は、神妙な面持ちで「でも、僕、中卒なのでここの会社しか務められないんです」と答えました。社会の厳しさを感じずにはいられませんでした。

話は逸れるのですが、なぜか先月は3週続けて「屋根の修理のアドバイスをする」悪徳業者が来訪しました。それぞれ違う業者なのですが、共通しているのは「屋根をとめているネジが緩んで危険ですよ」という内容でした。また、我が家にやって来る前提も共通していて、「たまたま近くで工事をしていたら、こちらの家の屋根の不具合を発見した」というものでした。「知り合いの屋根業者がいますので」と答えますと、そのまま帰って行きました。皆さん、一見親切を装って近づいてくる詐欺業者には気をつけましょう。

話を戻しますと、不遇の社会環境に育った若者はそのまま悪の道へ進む確率がどうしても高くなります。ですが、最近そうした状況が改善される光を「youtube」から感じています。以前、子どもたちが就きたい職業のランキングで「youtuber」が一番になったことが報じられましたが、「youtuber」になれるかどうかは芸能界で売れるか売れないかと同じくらい厳しいものがあります。しかし、「youtuber」はともかく、「youtube」界隈が新しい職業になり得る可能性は高いと思っています。

「youtube」界隈という新たな職業について書く前に、成功率が低いとはいえ、まずは「youtuber」という職業について書こうと思います。先週、スキーの佐々木明選手がスポーツニュースで取り上げられた際、そのときの映像がテレビ局が撮影したものではなく「自身が撮影しているスマホの映像だった」という話を書きましたが、こうしたことは現在、普通のことになってきています。実際、事故や火災などのニュースでは一般の人が撮影した映像をテレビで頻繁に見かけますが、誰でもが簡単に撮影をすることが可能になっています。

そうした映像を見ていますと、僕はどうしてもドキュメンタリー作品と比較してしまいます。先週も少し触れましたが、ドキュメンタリー作品には監督がいてすべてを仕切っていますが、その監督は常に対象者に密着しているわけではありません。2018年にヒットし、今年になって続編が公開された「ぼけますから、よろしくお願いします」というドキュメンタリー映画があります。この作品は実の娘さんが監督で、高齢のご両親の変化を密着撮影したドキュメンタリー作品ですが、親子という近しい間柄であっても24時間密着しているわけではありません。なにかしら「出来事」があるときを見計らって撮影に臨むことになります。

繰り返しますが、ドキュメンタリー作品は対象者と撮影者は別の人です。僕は、そのことがドキュメンタリー作品の限界だと感じています。「そこに真実はあるのか」と思ってしまうのです。どこかしらに演出が入ってしまう余地があるように思えて仕方ありません。「演出」とは撮影者(一般的には監督)の意図が映像に入り込むことです。撮影者の思ったとおりに動くように求めることです。それがドキュメンタリー作品の価値を貶めているとまで思っています。

それに対して、「youtuber」は自らが対象者であり、撮影者(監督)です。もちろん撮影者やそのほかに監督が別につくケースもありますが、それなりに収入が得られるようになるまでは対象者である自分がすべてを行う必要があります。両方をやるのは大変ですが、そこには「対象者と撮影者(監督)が一体」という大きな強みがあります。この強みはうまくいきますと、撮影者(監督)が別にいるドキュメンタリー作品を凌駕するほど大きな力となり得ます。

実際、僕は今二十歳前後のツッパリ青年が岡山県から上京してきて、成り上がりを目指しているチャンネルを見ていますが、その映像から伝わってくるエネルギーに感動しています。専門学校などで撮影方法を学んだわけでもない、いわゆる不良青年が見応えのある映像を撮りアップしています。ドキュメンタリー作品ではできない芸当です。

もちろん誰もが「youtuber」として成功できるわけではありませんが、不良若者たちが進むことができる新たな道が開けたようには思っています。そして、その新たな道は不良若者たちだけに限った話ではありません。僕はいろいろなチャンネルを見ているのですが、それらを見ていて感心するのは編集のうまさです。カメラの角度や文字の入れ方など見ている人を飽きさせず魅力的に見せるテクニックなど素人ができるスキルとは思えません。

先ほど、一般人がスマホで撮影するドキュメント性の魅力について書きましたが、実は「youtube」の中には、テレビ制作と同じくらいの出来栄えのチャンネルが少なくありません。素人ではできないような編集スキルをがいろいろなところから見ることができます。そこで、僕は想像します。

テレビ業界は企画はテレビ局で決めますが、実際に制作を行っているのは下請け企業です。ですので、テレビ局の下には多くの下請けしている制作会社がいることになります。僕はそうした制作会社が「youtube」業界に進出しているのではないか、と思っています。そしてそれは、テレビ局を頂点としたテレビ業界というピラミッドが瓦解する前兆だとも予想しています。

これまでは、下請けの制作会社のスキルがいくら高かろうともそのスキルを発揮できる場所がテレビ界しかありませんでした。しかし、これからは「youtube」界もあります。うまくいけば制作する企業が自分でチャンネルを持つことも可能です。そうしますと、テレビ局に忖度する必要もなく、ゴマをする必要もなく自分たちの思いどおりの番組(チャンネル)を作ることができるのです。その意味においても、新たな道が開けたことになります。

テレビ業界は行政によって管理された世界ですので、競争が起こらないシステムになっています。僕は、競争の起こらない業界は「不公正を生み、進歩しない」と思っていますが、「youtube」の発展は、メディア業界の活性化にもつながり、ひいては新しい職場の誕生になると思っています。その一例が不良若者たちの進むことができる道であり、下請け制作会社の新たな活躍場所です。

ゴルバチョフ元大統領がお亡くなりになりました。ゴルバチョフ元大統領は「改革」と「情報公開」を旗印にトップにまで上りつめましたが、あれだけの改革者がよくぞトップにまでいけたものだと不思議な気持があります。

ゴルバチョフ氏は、管理される社会が将来的に行き詰まるのを予見していたからこそ「改革」と「情報公開」を断行していたのですが、ロシア国民からは「ソ連を崩壊させた張本人」と低い評価しか受けていないそうです。そうしたロシアの国民性とウクライナ侵攻を行っているプーチン大統領を止められない現在の状況は根底でつながっているように思います。

じゃ、また。




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