<いつの時代も…>

pressココロ上




 嶋田 圭介20才。将来は会社を興したいと考えている学生である。圭介はたまに日記をつけている。毎日つけるほど几帳面ではないので書き留めておきたいことがあったときだけ日記をつけている。今日は日記をつけたくなることがあった。日記の日付をみると最後につけたのが約2ヶ月前である。圭介は今日偶然に読んだ週刊誌をどうしても日記に残しておきたかった。
週刊エコノミック  2036年5月1日 合併号
特集 「あの人は今…」
 30年前、IT時代の寵児と言われた堀川貴章氏がいたことを読者の皆さんは覚えているだろうか。変人と異名をとっていた小泉純一郎氏が首相を務めていた時期である。当時、小泉首相はデフレ不況を克服するために規制緩和を進めていた。そんな時流に乗って登場してきたのが堀川氏である。起業家として絶頂を極めようかというそのときに粉飾決算で逮捕された堀川氏。表舞台から消えて30年。今だからこそ打ち明けられる真相、心境を語っていただきました。
 あれからもう30年も経つんだなぁ、というのが素直な心境ですね。当時、30代だった私も還暦を過ぎましたから昔を冷静に振り返ることができると思います。今回、編集部の方からお話をいただいたときは正直、迷いましたね。過去のことをほじくり返しても意味がないように思えましたし、それにメディアというかマスコミに対する不信感もありましたし…。でもまぁ、引き受けてもいいかな、と思ったのは自分の経験を若い人に伝えることが、今起業を考えている人に役に立つかもしれないと思ったからです。こんな心境になれたのも還暦を過ぎたからで…。(笑)
 最初に逮捕されたときのことを話したいと思います。1月に逮捕されたんですけどその前年の終わり頃から「変な情報」は耳に入ってきていました。ただ当時は週刊誌などでもいろいろ悪評を書かれていましたからそんな類いの情報の一つと考えていました。そして現実に事情聴取があって結局逮捕されたわけですが自分では罪を犯したって意識は全くありませんでしたね。そうじゃなきゃ最高裁まで争わないですよ(編集部注:最高裁判決は懲役2年執行猶予3年)。だいたい私は株の取引きに関しては、もう昔のことですから名前は言いませんが、ほとんど財務担当の役員に任せていたんです。ですから細かい内容についてはタッチしていませんでした。私だって担当役員に「法律を犯さないように」言っていましたし確認もしていました。その役員が「問題ない」って言ってましたから…。今さら言っても仕方ないですけどね…。
 起業当初のことをお話します。私は学生時代に起業したんですけど、いわゆる学生社長はほかにもたくさんいました。そんな中でたまたま私の仕事がマスコミに注目されることが多くて欲が出たんですね。同年代で1番になりたかったんです。ビジネスは競争ですから。やっぱり成功したきっかけは上場したことです。それまでは想像すらしたこともない大金が手に入ってきたんですから人間変わりますよ。感性というか人生観というかそうしたもろもろのことが変わったんですね。起業当初はお金もなかったですけど楽しかったですね。プログラムを考えるのが大好きでしたから。職人と言ってもいいんじゃないかなぁ。
 でも職人だと1番になれないわけですよ。限界がありますから。それで経営者に徹することにしたんです。資金をどういうふうに使うのが一番効率がいいか考えるようになりました。このときも職人とは違った意味で楽しかったですね。人を動かして利益を上げる。そのシステムを作り上げることに全神経を集中していました。しかもマスコミから持ち上げられるんですから「恐いものなし」でしたね。それに宣伝するコツを?んだのもこの頃でした。
 企業は売上げを上げるのが使命ですけど、そのためには宣伝が重要な要素となります。私はマスコミから取材を受けているうちにそのコツがわかったんです。正直、コツを?んでからは業績は順調でしたね。でも「出る杭は打たれる」って言うか…。私の唯一の失敗はコツを使いすぎたことかもしれません。世間の注目を集めることをもう少し加減していれば逮捕まではいかなかったんじゃないかな…。こんなこと言うと「堀江の奴、全然反省してない」って批判されそうだけど私の本心ですね。今の若い起業家に言いたいのは「杭の出方を考えろ」ってことかなぁ…。
 あと、どんなに意気投合した仲間やブレーンがいても最後は自分一人だということも言っておきたいな。私が裁判で争っている間、私の周りにいた人間は全員去っていきましたから。経営者は孤独です。本当に信頼できる仲間やブレーンに出会える確立は1億分の1ですね。宝くじを買うより低いんだからほとんどないと思ってたほうがいいです。
 私の残り人生もそれほど長くないですけど自分の人生には満足してます。だって普通の人じゃ経験できない人生を送ってきましたから。経営の一線を退いてからは大学で教えたりNPOを設立したりしていろいろ忙しかったんですよ。最後にちょっとだけ自慢めいたこと言うと、恵まれない子供たちを支援する事業もやってます。読者の中で賛同してくれる方がいましたら是非参加してほしいですね。
 圭介は記事の内容を書き留めた。感想を書こうと考えていると机の脇に置いてある新聞に目が止まった。大きな見出しが書いてある。
<ロボット人口が人間の数を上回る>
 圭介は思った。
「少子化もここまできたか…。これからの時代はロボットを対象にした商売が成功するかもしれない」
 圭介は日記に記事の感想を書いた。
「昔から同じことの繰り返しで歴史は作られるのだろう」
2156年4月1日
 じゃ、また。




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