<やめる人2>

pressココロ上




 先週、予告しましたように今週も飲食店をやめるご夫婦のお話です。こちらの物件もインターネットで見つけた物件です。「居抜き」とは表示されていませんでしたが詳細を読んで「居抜き」と予想し問い合わせた物件でした。
 問い合わせた不動産屋さんは大きな通りから路地に入りさらに奥まった場所にありました。地図を頼りに行ったのですが見つけるのに苦労しました。店舗というよりは事務所といった感じです。ビルの2階にあった小さな表札だけがかかった入り口のインタフォンを押しますと60才過ぎの男性が室内用スリッパを穿いて出てきました。柔和な笑顔の小太りのオジサンです。私が要件を伝えますと
「ああ、ちょうどいいときに来ました。私、明日から北海道に旅行に行くところだったんですよ。ワッハッハ…」
 事務所から物件までは歩いて行ったのですが、その間に通りがかりの人に声をかけていました。いかにも地元の不動産屋さんといった雰囲気が漂っていました。そのうしろ姿から見えるお尻のポケットからは「お金持ってるゾー」と感じさせる財布が覗いていました。あとでわかったのですが、この気のいいオジサンに見える男性は「ここら一帯の土地を持っている資産家」でした。家賃収入だけで立派な稼ぎがあるのでした。不動産業もセコセコやる必要などなかったのです。
 店舗に着きますと、現在のオーナーが仕込みをしていました。邪魔をしては悪いと思い店舗内は30秒ほど見ただけで、あとは店舗の外でオジサンに近辺の情報を尋ねました。
 オジサンの話の中には現在のオーナーさんの欠点などもありましたが、内容はステロタイプなものでしたので有益な情報とは思えませんでした。オジサンは「もし借りたいなら条件などは自分が取り仕切るから連絡をください」と言って帰っていきました。私はオーナーさんから直接話を聞くことにしました。
 オジサンと別れた数分後、店舗を訪れると先ほどはいなかった奥さんらしき女性がいました。私はオーナーさんに正直に話をしました。
「実は、不動産屋さんからの話では本当のところがわからないので直接お話を聞かせてもらえないでしょうか?」
 仕出し弁当の準備をしていた男性は手を止めちょっと驚いた表情をしながらも「いいですよ。今日は忙しいので明後日の2時でいいですか?」
 当日、約束の時間に訪ねますとご夫婦揃って待っていてくれました。女性はやはり奥さんでした。
 30代半ばのご夫婦は開業して3年ほど経つそうです。飲食店といっても様々な形態がありますが、ご主人は定食屋と言っていました。先日訪問したときに作っていた仕出し弁当は売上げを補うためにたまに近くの事務所に届けているものだそうです。
 店内をゆっくりと見させてくれました。内装はとてもすばらしいものでした。ご主人は内装に関係するお仕事もしているそうでセンスのあるおしゃれな凝った内装です。お金も大部つぎ込んだと話していましたが、店舗の立地環境に照らし合わせると不釣合いな感じはします。
 ご主人がいろいろと話す中で繰り返し出た台詞が「店は女房に任せて自分は別の仕事をしている」というものです。そして「店をやめるのは女房が腰を痛めたから」です。この台詞は当然とも言えます。この店舗をこれから譲り受けようかと考えている相手にはこの台詞以外はありません。間違っても「売上げが悪いから」とは言えません。
 1時間話すうちに真実は少しずつわかってきました。というより想像できたと言ったほうが正確でしょうか。
 ご主人はこの店を始める前に飲食店の経験はあったようです。しかしその店舗は若者が集まる繁華街にあり、集客に対する意識が弱かったようです。つまり2等地に立地する店舗の集客に対する認識、覚悟がなかったのです。真実は言葉と言葉のすき間からしか出てきません。以下はご主人が話した内容です。
「最初の頃は友人がたくさん来てすごく混んだ」
「チラシを撒いたら行列ができた」
「昼はそれほどでもないけど夜はお酒類を中心にすると満席になる」
 ご主人はこのように話して私にセールスをしたのでした。しかしどれも未経験者が陥る失敗です。特に私には最後の台詞が、お店を閉める最も大きな要因ではないかと思いました。それは奥さんの表情を見て感じたのでした。
 実は、奥さんはとてもきれいな方でした。私の奥さんほどではありませんが…(笑)。夜の時間帯でお酒を中心にした場合、奥さんはからかわれたり絡まれたりします。しかもきれいな方ですとお酒の入った男性はその比率が高くなります。私は奥さんに尋ねました。
「お酒の入ったお客さんの接客はいろいろと大変だったんじゃないですか?」
 奥さんの「ええ…」と答えたあとの「わかってくれるんですか!」といった表情が印象的でした。ホステスとまではいかなくともお酒の入った席での接客はそうした経験がない女性にとって苦痛以外のなにものでもありません。
 ご主人は「夜の時間をアルコールを中心にすれば必ず売れる」と話していました。しかし、ここ半年は「昼の時間帯しか営業していない」という現実がその難しさを物語っています。
 もし脱サラで飲食店を考えている方の中に、接客や営業の経験がない方がいたなら(奥さんも含めて)そのギャップに相当苦しみます。なぜなら飲食店は飲食業というよりサービス業と考えたほうが実態に則しているからです。
 先日の新聞に書店員さんの話が載っていました。
 書店員さんがお会計をするときにお客様に「カバーをおかけしますか?」と尋ねると「かけるのが当たり前だろ」と言う方と、反対に「かけないのが当たり前だろ」と言う方がいるそうです。接客は、様々な『当たり前』に対応するのが仕事です。
 じゃ、また。

紙.gifジャーック!




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