<お金持ち>

pressココロ上




 生命保険会社が倒産しました。昔と違い現在は保険業界のセーフティネットがありますので契約者が損失を被るのは少しで済むようですが、それでもやはり損をすることには変わりありません。損の割合は長期の保険に入っている人ほど高くなります。特に、終身保険や年金保険などに加入していた人はその割合が高くなるものと思われます。基本的に長期保険はこういうケースが生じても不思議ではありません。企業30年説に照らしますと契約した保険会社が30年後も存在している可能性は低いからです。このような理由から僕は長期契約の保険には加入していません。皆さん、保険に入るなら短期です。今一度自分の保険を確認しましょう。
 同じ日のニュースで「ロス疑惑」の三浦和義さんの報道がなされていました。そして翌日三浦さんが自殺したという報道がありました。若い方はご存知ないでしょうが、今から27年前、三浦さんが奥さんを銃撃した事件がワイドショーをはじめニュースで報じられました。それはそれはすごい報道合戦でした。その事件に関しては日本では無罪が確定しました。にも関わらず今回、なぜニュースで取り上げられたのかと言えばその事件がアメリカではまだ生きていたからです。そのニュースを見た僕の感想は、「へぇ~、あれからもう27年も経つんだ」。
 当時、僕は25才、ちょうど長女が生まれた年です。世の中のことなどなにも知らずわからず考えることもせず、ただただ家族仲良く生きていければいいや、と考えていたように思います。それでも「いつかは独立したい」という夢は持っていました。
 人間とは不思議なもので、思わぬところから思わぬ記憶が蘇るものです。僕は「ロス疑惑」を「懐かしいなぁ」などと思っていましたらなぜか学生時代のことまで思い出が溯ってしまいました。
 学生時代まで思い出が溯ってしまった理由は思い当たるところがあります。
 それは、つい最近「東大法学部」という本と「流転の王妃の昭和史」という本を読んだことが影響しているような気がします。前者は社会における東大法学部の存在意味を問うている内容で、後者は満州国皇帝溥儀の弟の奥さんのお話です。この2つの本の共通点はお金持ちです。
 現在では東大に合格している学生の親の平均年収は1200万円だそうです。つまりお金持ちでないと東大には合格できないのが現状のようです。流転の王妃は元日本人の天皇家に近い人なのですが、もちろんすごいお金持ちでした。
 このお金持ちの話と学生時代の話がつながるのは僕が初めて「お金持ち」の人というのを実感したのが学生時代だったからです。それまで漠然とは「お金持ち」という言葉を知っていましたが、生まれて初めて「お金持ち」という人種を実感したのでした。
 僕は学生時代に美術館でアルバイトをしていました。高校の先輩に誘われて始めたのですが、仕事内容は切符のもぎりと写真集の販売など簡単な仕事でした。仕事自体は大変な作業は全くなくただ座っていればよいだけの楽なバイトでした。
 そのバイトは全員で二十数名いたでしょうか。みな学校はバラバラでいろいろな学校の学生が集まっていました。男女の比は半々という若い男性にとっては理想的な割合です。しかもそのときの女学生は容姿のレベルが高くかわいい子が多かったのです。
 アルバイトを集めるのは会社の仕事ですが、会社側としても集めるのにできるだけ労力を使いたくないのが本音です。そうしますと、僕が先輩に誘われたように、会社側は一人の学生に知り合いを誘うように依頼することになります。ですのでアルバイトは同じ大学の学生が4~5名の構成になります。先ほど、学校はバラバラと言いましたが、学校数は4~5校で各大学から数名ずつ集まるような構成になっていました。
 先ほど、女子学生はかわいい子が多かったと書きましたが、その理由はここにありました。たまたまか意図されたものかわかりませんが、そのときに集まっていた女学生はお嬢様学校と言われていた学校だったのです。昔から、お嬢様学校に通う女学生はかわいい子、と相場が決まっていました。これは僕の思い込みかもしれませんが、とにかくそのときはかわいい子が多かったのです。
 やはりお嬢様ですので、話し方もどことなく「おっとり」としています。もちろんピアノは弾けますし服装も上品な雰囲気を漂わしていました。
 当時、僕はバイト代だけが頼りの学生生活でしたので昼飯や麻雀などで出費が嵩むのが辛い生活状況でした。当然、いつもお金にピーピーしていましたので財布などは持っておらずジーパンのポケットに千円札が1枚か2枚程度しか入っていない状態が普通でした。麻雀で負けがこんだときなど10円単位しかないことも度々でした。
 そんな僕でしたが、お嬢様方は僕を見下すこともせず親しく接してくれました。バイトも日にちが過ぎると「打ち解け度」も深くなり心を許すようになります。
 ある日、写真集を販売するコーナーの机にお嬢様と二人並んで座っていました。美術館というところは人気のある作者のときは来場者が多いのですが、あまり知られていない作者のときは暇な時間が多いのが一般的です。
 そのときは暇が多い作者の催事でしたのでお嬢様といろいろなお話をしていました。もちろん小声でです。お嬢様にもいろいろなタイプがいますが、そのお嬢様は外見的に僕の好みの顔立ちでした。髪は肩より少し長め、目元パッチリ、天真爛漫な笑顔、僕は目を見つめて話しているだけで幸せな気分でした。
 かなり親しくなっていたせいでしょう。なにかの話の流れでお嬢様の財布を見せてもらうことになりました。お嬢様は見せびらかすでもなく自慢げにするでもなく本当に自然にブランド品の財布の中身を見せてくれました。すると驚くなかれ中には1万円札が重なるようになん枚も入っていたのです。僕は思わず自分のズボンのポケットに手をやりました。同じ年頃なのにこの違いはなんでしょう。お金持ちというものは「違うなぁ」と実感したのでした。
 また違うある日。
 アルバイトの仕事は、切符のモギリや写真集の販売などいくつか業務の種類があるのですが、時間を決めて業務を交代していました。
 僕が館内を歩いていますと、僕に財布を見せてくれたお嬢様とチアキちゃんが写真集を販売する机に座っていました。チアキちゃんはお嬢様学校のまとめ役です。つまりこのチアキちゃんがほかのお嬢様たちをアルバイトに誘ったのです。「まとめ役」というとリーダーシップの強い勝気な人を連想しますが、そこはお嬢様です。やはり「おっとり」としていて品が備わっています。
 そのチアキちゃんが僕を見かけると声をかけてきました。
「ねぇねぇ、これ見て」
 と隣に座っているお嬢様の手を前に差し出して指にはめている指輪をみせてくれました。僕は指輪というか、宝石というかそういうものに疎いのでなんと反応してよいかわからず、ただ大きさだけを見て「へぇ、すごいね」と答えました。するとチアキちゃんは僕に言いました。
「これ、おばあちゃんからもらったそうなのよ」
 そう言われても僕としては返事のしようがありません。やはり
「へぇ、すごいね」
 それしか言葉が見つかりませんでした。それからしばらくしてから僕が写真集の机に座る時間になりました。僕と指輪のお嬢様が入れ替わるのでした。
 席に着きしばらくはお客様にカタログを販売していました。お客様が途切れ一息つき暇になるとチアキちゃんが「おっとりと」話しかけてきました。
「さっきの指輪、すごいでしょ」
「うん、大きかったよね」
「あれ、いくらぐらいすると思う?」
 宝石の知識など全くない僕ですので相場がわかりません。僕としては高めに答えました。
「10万円くらいかな…」
 僕の答えを聞いたチアキちゃんはにっこり微笑むと言いました。
「100万円なのよ」
 僕の常識を超えた金額でした。しかもそんな高価なものをアルバイト先にはめてくる感覚にも驚かされます。もし僕だったら「なくしたらどうしよう」などと不安が先に立ち絶対持ち歩いたりしないでしょう。けれどお金持ちはそんなケチな性分ではないのでした。
 僕には経験がありませんのでわかりませんが、本当のお金持ちはお金に無頓着なのではないでしょうか。それとなんとなくノブレスオブリージュが自然と備わっているような気がしているのでしょうが、実際のところはどうなのでしょう。
 それはともかく世の中にはお金持ちとそうでない人の2種類の人種がいることを実感して学生時代でした。
 ところで…。
 27年前に貧乏だった学生は、27年後に貧乏な中高年になっております。
 じゃ、また。




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする