<逆転>

pressココロ上




 やはり、なんと言っても先週の重大な出来事といえば、鳩山首相の辞任でしょう。僕は、水曜日が定休日なのですが、その水曜日の発表でしたので、幸運にもリアルタイムで鳩山首相の辞任の弁を聞くことができました。鳩山首相の言葉を聞いていて、僕は好印象を持ちました。あれほどの率直さ、覚悟、気概があるのなら、なぜそれらを首相在任時にもっと発揮しなかったのか不思議な気持ちになりました。やはり、現役でその渦中にいると自分を見失ってしまうものなのでしょうか。
 我が家は現在、読売新聞を購読していますが、鳩山首相が辞任を表明した日、つまり2日の夕刊社会面の写真は秀逸でした。そこには、鳩山首相と小沢氏が顔をつき合わせている写真が大きく掲載されていたのですが、その写真からはそのときの二人の心の様が如実に映し出されていました。端的に言うなら、「迫る鳩山」「追い詰められる小沢」です。僕は、この写真を撮ったカメラマン、そして選んだデスクにsatoaki賞を捧げたいと思います。
 迫力をみなぎらせ、相手を押しこめる威力ある鳩山首相の「眼力」。対して、にこやかな表情を見せてはいるが、気おされた「悲眼」。あのときの小沢氏は「神通力」が失せて見えました。二人の立場は完全に逆転していました。
 市井で暮らす一国民としては、鳩山首相が辞任を決断するまでのいきさつを正確かつ詳細に知る由もありませんが、伝えられている報道からその構図を推測しますと、鳩山首相が小沢氏の手綱を引き千切り自立した感じがします。これまで、鳩山首相は党内最大派閥である小沢グループの支持なしにはなにも決められない状況でした。つまり、小沢氏の意向に背くわけにはいかなかったのです。だからこそ、小沢氏も強大な派閥育成にいそしんだわけですし、それが小沢氏を幹事長にまで押し上げた要因でもありました。政権を取って以降は、小沢氏が「主」で鳩山首相が「従」の関係でした。そして、その関係を成立させていたのは、鳩山首相が「首相であった」からです。
 この関係は、鳩山首相が「首相であったから」こそ成り立つわけで、鳩山首相が「首相でなくなる」ならこの関係は成り立ちません。つまり、「主」と「従」の立場が逆転することになります。
 思い返してみますと、鳩山首相の動向がマスコミから注目を集めていた31日から1日にかけて二人は数度会談を持っています。その会談のあと、部屋から出てきたときの二人の表情は対象的でした。鳩山首相が明るい表情で、小沢氏が渋い表情でした。たぶん、もうこの時点で二人の関係は逆転していたことが想像できます。
 この、関係が逆転したことを正鵠に示していたのが、辞任の弁での鳩山首相の言葉でした。鳩山首相は、公開の場で、マスコミが見つめる中で「小沢氏にも辞任を求め」ました。これほど強力な意思表明はありません。先に紹介しました写真は、鳩山首相が辞任表明を終えたあと、壇上から降りてきてからの場面です。あのような形で辞任を迫られては小沢氏も逃げようがなかったのではないでしょうか。鳩山首相はそれを狙っての行動だったのでしょう。鳩山首相の完全勝利と言えます。
 今から約10年前、自民党で小泉首相が誕生したとき、それまでの既得権益者だけが得をする「不公平な社会を変えてくれるかもしれない」と国民は、少なくとも僕は改革を期待していました。しかし、小泉さんが退陣したあと、安倍さんや福田さんの時代は徐々に改革は停滞し、ともすれば元に戻りつつありました。そうした状況に業を煮やした国民が民主党政権を誕生させたのです。
 ですが、その民主党も自民党と同じ道を歩もうとしているように見えました。農家の所得補償法案や郵政改革法案は後戻りの政策でしかありません。なぜ、民主党までもが同じ道をたどるかと言えば、それは小沢氏が実権を握っているからにほかなりません。
 小沢氏は選挙で勝つことだけに全精力を集中しているように見えます。確かに、政権党でいるためには選挙で勝つことが第一命題です。しかし、小沢氏の手法や政策は、かつての自民党と同じです。選挙に勝つためだけに政策が作られ、気がついてみると、以前のように一部の人たちだけが得をする社会に戻ろうとしています。農家の所得補償法案しかり郵政改革法案しかりです。これでは、民主党に政権が変わった意味がありません。民主党が、本来の民主党に立ちかえるには小沢氏の影響力を排除する必要がありました。鳩山首相はそれを行おうとしたのでしょう。
 鳩山首相が新人議員の頃、自民党を飛び出し新党さきがけを作ったのは、自民党政治に決別するためだったはずです。最後の最後になって、やっと鳩山首相の原点に戻ったのではないでしょうか。
 今後の問題も、やはり小沢氏です。小沢氏が「院政」を敷くかどうかにかかっていると言っても過言ではないでしょう。小沢氏の恩師である田中元首相は政権を降りたあとも、闇将軍として政界を支配していたことは誰しも知っています。田中派という強力な数を背景に政権を動かしていました。その田中派の流れを汲む竹下派、経世会も同様です。それらの中枢にいたのが小沢氏です。
 ロッキード事件で田中元首相が失脚したあと、田中氏の裁判を1回も欠かさず最後まで傍聴したのは若き日の小沢氏だけであったことは有名です。それほど信望していた田中氏の政治手法を小沢氏が踏襲することがあっても不思議ではありません。けれど…。
 菅新首相は小沢氏支配からの脱却を目指すことを明言しました。記者会見でも、わざわざ名前まで出して牽制したのですから、その意気込みがわかろうというものです。また、反小沢グループが結束して小沢支配から決別すべく言動を発してもいます。それとは別に…。
 小沢氏の影響力が最も弱かったのは、自由党時代の党員二十数人のときです。それに比べ、現在の小沢グループの勢力は150人ほどですから、強大な権力を保持していることになります。それだけの勢力を持っているのですから、田中元首相のように「闇将軍」として君臨することも可能です。民主主義は、結局は多数決でものごとが決まりますから、大きな勢力を持っていることは「闇将軍」になれる資格があることを示しています。
 今回の党首選、もし、小沢氏がこれだけ強力な影響力を駆使するつもりがあったなら、操りやすい誰かを新首相に担いだのではないでしょうか。一応、幾人かに声をかけてはいるようですが、今一つ「本気が欠けていた」ように感じます。評論家の方々がいろいろ解説していますが、本気でやろうと思えばできたはずです。それを、行わなかったのは…。
 僕は、冒頭に紹介しました写真の小沢氏の表情が頭から離れません。あのときの表情から、小沢氏に対して僕が連想する言葉は「観念」です。僕には、あの時点では、小沢氏は「観念した」と思えました。現在の政界を見渡しますと、小沢氏の年代で現在も第一線で活躍しているのは小沢氏ただひとりです。他の皆さんは全員第一戦を退いています。中には、既に物故している方もいるのですから、いかに小沢氏が長く政界に君臨していたかがわかります。
 その小沢氏が鳩山首相から引導を渡されたのですから、その精神的衝撃はかなり大きかったのではないでしょうか。まだ、組閣人事も発表されていませんので、今後、民主党内で小沢氏がどのように動くかはわかりません。けれど、僕の予想というか、期待を込めて、小沢氏は6対4の確率で「第一線を退く」と思っているのですが…。理想としては、民主党の渡部こうぞうさんにみたいに「達観した存在」になってほしいんですけど…。小沢さんの心の中でも「逆転」が起きないかなぁ。甘いかなぁ。
 小沢さん、「本番は9月だ」と言ってるみたいなんですよねぇ。
 ところで…。
 (落語家ふうに)え~、一般に、政治家は「口がうまくなければならない」と申しますが、政治家でなくとも口のうまい人はいます。
 ある日、妻が遅刻をしてきました。生来、妻は時間にルーズな性質で、はなっから時間を守ろうとする気持ちがないように見えます。先日、あまりにも時間に遅れて到着しましたので、僕は詰問しました。
「おい、どうしてこんなに遅く遅刻したんだよ」
 すると、妻は遅れるに至った理由を詳細に並べ立て「いい訳」を話し始めました。最初のうちは、おとなしく聞いていたのですが、話があまりに長くなりそうなので、辛抱できずに、妻の話を遮るように、強い口調で言いました。
「どうせ、それいい訳だろ!」
 すると、妻は、僕に負けないくらいの強い口調で言い返してきました。
「いい訳じゃないでしょ」
「じゃ、なんだよ」
「…状況説明よ!」
 妻は、政治家向きかもしれません。僕は絶対に一票入れないですけど…。
 じゃ、また。




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