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僕は車で移動することが多いのですが、初めて行く場所にはグーグルマップのカーナビが役に立っています。グーグルマップのカーナビはとても便利で使いやすいのでカーナビを製造しているパイオニアが危機に瀕しているのも頷けるというものです。無料でカーナビを利用できるのですからわざわざ高いお金を払ってカーナビを買おうという人がいなくても当然です。
それほど便利なグーグルマップのカーナビですが、先日初めて困ったことに遭遇しました。それはグーグルマップのカーナビが作動しなかったのです。いくら経路を検索しても「ルートが見つかりません」と表示されるのです。僕は地理に疎いのでグーグルマップが使えない状況は非常事態でした。
そこでいろいろと考えた末に解決策を思いつきました。それはグーグルマップではないカーナビアプリを使うことです。そこでアプリを紹介するサイトで見たことがあるヤフーのカーナビアプリをダウンロードすることにしました。
結論を言いますと、これで難局を潜り抜けることができたのですが一つ問題が起きました。それはアプリをダウンロードするときにかなりの量のバッテリーを消費したことです。普段アプリをダウンロードするときはいつも自宅にいるときでしたのでバッテリーのことを意識したことはありませんでした。そのときに初めて、アプリをダウンロードするときは「バッテリーの残量を意識することが大切」と認識した次第です。ちなみに、ヤフーのカーナビアプリも使いやすかったです。
*****それでは、今週の本題。
ちょっと違和感と言いますか、あざとい感を感じますが、視聴者には好印象を与えるのかなぁ、というテレビCMがあります。大手クレジットカードのCMですが、「Priceless、お金で買えない価値がある」というキャッチコピーがアナウンスされるCMです。お金万能の今の時代に、そのアンチテーゼとして訴えているように感じます。似たような発想のCMに大手自動車メーカーの「モノより思い出」をキャッチコピーにしているCMもあります。こちらも「お金よりも体験」が大切と訴えています。
ちょっと余談ですが、クレジットカードのCMは最初に制作されたときはコピーが少し違っていたそうです。最初は「お金で買えないものがある」だったそうですが、このコピーですと「無料」というイメージが強すぎるために「もの」を「価値」に変えたそうです。ほんの少しの違いですが、異なったイメージを与えます。言葉は大きな力を持っています。
それはともかくこれらのCMは、一見しますと社会モラルの理想論を訴えています。世の中が金銭的な損得だけで判断され、決められ、動いていてはよい社会はできません。バブルが発生し、そしてバブルが崩壊しても結局は「お金が最も大切」という風潮になっている社会を揶揄しているとも言えるCMです。ですが、今一つ心に響いてこない感があります。その理由はおぼろげではありますが、制作者および企業の本心が透けて見えるからです。
この広告の発注元である企業も、そして制作した広告代理店も世界に名だたる大企業です。心に響いてこないのはそこにあります。大企業になるにはお金儲けを巧みに行って競争に勝利する必要があります。そうでなければ大企業になれるはずがありません。そのお金儲けを第一義にしている企業が「お金よりも大切なものがある」と訴えても信ぴょう性に疑義を感じても当然です。
このように口で言うことと実際の行動が違っていますと、多くの人はやはり反感を覚えます。今年からメジャーリーグに移籍した大谷翔平選手は米国でも人気がありますが、その理由は成績ももちろんありますが、移籍する際の判断材料が「移籍金の多寡」でなかったこともあります。お金よりも夢を優先させた行動からは純粋さが感じられました。口先だけはなく行動も伴っていたからこその好印象です。
*****
高級住宅が立ち並ぶ地域で児童相談所や保育園の開設が中止になっていることが報道されています。反対している人たちはいろいろな理由をあげていますが、突き詰めますと「高級住宅地に児童相談所や保育園は相応しくない」ということのようです。高級住宅地の価値が下がると主張しています。
共働き家庭をサポートするという意味では児童相談所や保育園は必要です。これだけ待機児童問題が報じられている中で多くの人が児童相談所や保育園の必要性を思っているはずですが、それでも自分たちに少しでも損害が及びそうになりますと反対となります。
「損害」という言葉は大げさかもしれません。自分の土地を侵害されたりといった物理的なことではないからです。敢えて言葉を変えるなら「迷惑」です。自分たちに迷惑がかかりそうなので反対しているのです。おそらく反対している人の中にも倫理的観点では、「世の中は、誰もが平等で幸せになるべきだ」という考えの人もいるはずです。それでも自分に迷惑が及びそうになるときは話が変わってきます。
沖縄の米軍基地問題も全く同じです。誰もが日米安保の重要性を認識していますが、米軍基地が自分たちの近くに来るのは了承しません。以前、本土の都道府県知事に「沖縄の米軍基地の受け入れの可否」のアンケートをとったところ、手をあげたのは大阪の橋本府知事だけだったというニュースがありました。「沖縄はかわいそうだ」と思っていても、どこの都道府県も米軍基地の受け入れは困ると考えています。
これらは詰まるところ「自分さえよければ、それでよし」という発想が頭の中にあるからです。そしてその発想の延長戦上には、優越感というやっかいなものがあります。他人よりも優れている自分のアイデンティティを失いたくないという発想です。そして、その発想の裏側には自らのアイデンティティを自慢したいという欲望も働いています。高級住宅地の価値が下がると考えるのも、裏を返せば「普通の人では住めないようなお金持ちが住む地域に住んでいる」という優越感を持っていたいからです。
以前マツコ・デラックスさんがテレビで「同窓会には出席したくない」と発言して、注目されたことがありました。マツコさんに言わせますと、同窓会は成功している人が自慢する場所ということらしいです。僕も同感です。
40代の頃、高校時代の友だちと20年ぶりくらいに会ったとき、言葉の端々に有名な人や場所の名前が出てきました。有名人と知り合いであることをさりげなく話の中に紛れ込ませるのです。この経験をしてから昔の友だちとは会わなくなりました。というよりも会いたい気持ちが失せてしまいました。
マスコミを見ますと格差社会が問題になっていますが、格差社会を作っているのも優越感です。ほかの人よりも優れたアイデンティティを自慢したいという欲望があるからです。もし、「みんなが平等に幸せになりますように」とあらゆる人が考えるなら格差社会になどならないでしょう。
今、世界を見渡しますとEUでは移民排斥を訴えている極右政党が伸張し、米国でも人種間の対立を煽るような事件や入国を目指している難民を阻止しようという動きが起きています。こうした状況はナチスドイツの優生思想を連想させてしまいます。その思想によって覆われた社会が人間にとって健全でないことはあきらかです。
優生の「優」は「すぐれた」意味もありますが、「やさしい」という意味もあることを今一度思い起こしてほしいと思っています。
じゃ、また。




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