<本社と現場>

pressココロ上




 電車に乗っていましたら、一目見て「お互いに好きで好きでたまらない」といった雰囲気のカップルがいました。周囲の人たちのことは全く目に入らないようでイチャつき放題です。周りの人たちも見てみぬふりというか、二人を無視した態度です。私もその一人でしたが二人を見ていてラーメン店時代のカップルを思い出しました。
 
 気がつくと毎週木曜日午後七時半頃に来店するようになっていた二人。
 普通、二人連れがテーブル席に座るときは向かい合います。たとえ二十才前後の若いカップルであっても向かい合って座ります。しかしその二人は隣り合わせて座っていました。しかもピッタリ寄り添って…。
 初めてその二人が来店し隣り合わせて座ったときは「おや?」と思いました。なにもすることがないときは愛し合っている二人がイチャつくことはよくあることです。こんな僕でも三十年前はありました。しかしラーメン店は飲食するために入る場所です。飲食が目的ですのでイチャつくチャンスも場面もないはずです。ですので
「隣り合わせて座っても意味がない」
 私はそう思いました。
 さて、当店のおいしいおいしいラーメンを持っていきますと二人は箸をとりました。二人とも右利きです。女性の右側に男性が座っていましたのピッタリ寄り添っている女性の右腕は窮屈そうです。
 いよいよ食べ始めました。僕が「女性は食べづらいだろうなぁ」と思っていますと、女性は食べながらしきりと男性の顔を見ています。しばらくすると女性は箸を置き自分のバッグを手にしました。そして中からハンカチを取り出して男性の額のあたりに出ている汗を拭きはじめたのです。男性が上半身を前屈みにして丼に顔を近づけラーメンを食べ、そして上半身を起こすたびに女性はハンカチで男性の顔の汗を拭いていました。なんとこの動作を男性が食べ終わるまで続けていました。ああ、愛のなんとすばらしいことよ…。
 彼女こそ「ハンカチ王女」です。甲子園で田中投手が「ハンカチ王子」として注目される20年前に「ハンカチ王女」は存在していのたでした。
 消費者に直接物品やサービスを販売する業種の企業は(通販は別にして)消費者への販売窓口となる店舗を構えています。そしてある程度大きな規模になると本社と販売店を機能によって分けて考えるようになります。例えば本社は管理部門、販売店は現場と言い換えることもできます。管理部門が経営に関する方針を決定し現場が実行する、といった関係になります。
 先日、サービス業を展開している企業の課長さんと話す機会がありました。店舗数は200を越え300に近づこうか、という規模です。課長という役職ですから本社、管理部門に属しています。
 話をしている中でたまたまコンビニの話題になりました。
 私は基本的にコンビニや飲食店など店舗で販売することを主としている業種は立地が成功の可否の80%を握っている、と考えています。それは同じマニュアルがありながら繁盛している店と不振店があるからです。しかし課長は言いました。
「立地よりも店長のやる気、能力が成功の可否を決定する」
 
 課長は仕事柄コンビニの本社、管理部門の人との付き合いが多いそうです。本部の人たちが常々言っていることが、「店舗は店長次第」ということでした。私は反論しました。
「本社、管理部門の人が『店長次第』と言うのは当然である。もし店舗の成功可否が店長のやる気や能力によらないのならその責任が本社、管理部門に負わされるのだから」
 数ヶ月前、大手ファーストフード店の店長が労働環境の改善を求めて労働組合を結成した、という記事が新聞に載っていました。その企業ではサービス残業が常態化されており月間200時間は当たり前だったそうです。外食産業の競争は激化していますのでその結果でしょう。たぶん外食産業はどこも同じ状態なのではないでしょうか。外食産業は現場の犠牲のうえに成り立っています。
 本社、管理部門は利益を上げるために戦略戦術を考えます。そしてそれを実行するように現場に迫ります。そこには現場の実体を慮る発想が弱いように思います。本社、管理部門が利益を出すために必死に考え苦労していることも理解できますが、現場で働いている人間の精神的肉体的負担についても考慮してほしいものです。もし店舗の成功の可否を店長の「やる気、能力の問題」として片付けてしまっては現場はたまったものではありません。本社の決定を実行に移すのは人間なのですから…。
 本社が現場を批判し現場が本社を批判する。メディアなどでよく見聞きする光景です。しかし本社と現場が反目し合っていて企業が本来の実力を出せるはずもありません。お互いが相手を思いやる気持ちが大切です。
 20年前に見たイチャついたカップルがそのまま結婚した、とは僕は思っていません。それはお互いのバランスが崩れていたからです。相手を思いやる気持ちが片方に偏っていては長続きがしないのです。
 相手を思いやる気持ちが必要なことはビジネスに限ったことではありません。世の中全般でも必要です。ハンカチは心の中にも必要なのです。
 じゃ、また。

紙.gifジャーック!




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