<文太さん>

pressココロ上




 先週のコラムは高倉健さんの訃報に触れて僕の思い出を書きましたが、先週は同年代である菅原文太さんの訃報も報じられました。昭和が遠のいていく感じがします。高倉さんや菅原さんの全盛期に青春をリアルに過ごした人たちは僕よりも10才くらい年長の人たちです。ですから、ちょうど青春を過ごした人たちにしてみますと、僕よりももっと寂しさを感じているでしょう。
 実は、僕は文太さんとも同じ車に乗ったことがあります。正確には、先週同様「乗せたことがある」ですが…。
 そうです。僕がタクシー乗務員をしていたときです。当時、僕が流していた地域は渋谷近辺でした。ですから、六本木もその範囲に入るのですが、外苑東通りを乃木坂のほうから走ってきて六本木交差点を過ぎたところで中年男性二人と若い女性一人が乗ってきました。
 乗ってきた男性をよくみますと、中年といってもひとりは60才くらいでもうひとりは50才くらいでした。女性は30才くらいでしょうか。そして、ひとりの男性はかなりお酒が入っており上機嫌でほかの二人に話しかけており、二人も話に応じて楽しい雰囲気でした。
 そのお酒を飲んでいた男性が菅原文太さんでした。文太さんは六本木五丁目の交差点を右に曲がって少し行ったところですぐに降りたのですが、降りるときに運転している僕のほうに顔を近づけ、
「お兄ちゃんお兄ちゃん、頑張ってね」
と声をかけて降りて行きました。文太さんが50才くらいで僕が28才くらいのときです。
 今回の訃報のニュースで知ったのですが、文太さんがスターになったのは40才を越えたあたりだそうです。それまでは、モデルから俳優業に進出はしていたそうですが、今ひとつ華は咲いていなかったようです。
 文太さんを一躍有名にしたのはヤクザ映画「仁義なきシリーズ」で、その後「トラック野郎シリーズ」でスターの地位を確たるものにしたそうです。「仁義なき…」が40才の頃だそうですから、遅咲きであったのは間違いありません。つまり、僕が出会ったのはもうスターの仲間入りをしたあとになりますが、遅咲きの文太さんですのでタクシー乗務員という当時としては重労働と思われていた職種に就いている若い運転手に労わりの気配りをしたのかもしれません。酔っ払ってはいましたが、笑顔がとても優しかった記憶があります。
 文太さんは晩年は社会的発言が多くなっていましたが、今回の訃報に関連してニュース番組などで放映されるのは沖縄での壇上でのスピーチです。
「政治の役割はふたつあります。ひとつは、国民を飢えさせないこと。もう一つは、これが最も大事です。絶対に戦争をしないこと!」
 沖縄知事選のときの応援演説の中でのことですが、核心をついている発言です。普通に考えるなら、この発言内容に反対する人は誰もいないでしょう。もちろん、僕もその一人です。人間は食べることができて初めて、政治を考えることができます。そして、人殺しをしないで済むような社会を作るように努力することが大切です。
 でも、これが簡単ではありません。すべてのことが理想どおりに片付けられるならこれほど素晴らしいことはありません。しかし、社会はそうではありません。なにしろ「理想」が人それぞれ違うからです。だから、世の中は難しい…。争いはすべて「理想」が異なることから始まります。
 沖縄戦は結局、文太さんが応援した人が当選しました。しかし、政治ジャーナリストの桜井よしこ氏は週刊誌上でこの選挙結果を批判しています。その主張を一言で説明するなら「現実的ではない」からです。僕はこの主張も納得できるのです。だから、僕は難しい。
 現実問題として、日本の米軍の75%が沖縄に集中している現状で日本から米軍を撤退させるのは無理があります。もちろん日米安保問題もありますし、国際社会のパワーバランスの面から考えても同様です。ですから、「少しずつ改善する」という方向性からいいますと、政府の方針しかやり方はないように思います。
 僕がこのコラムで常に心がけていることは中立性です。自分の考えや意見も書きますが、基本は中立です。その理由は、若い人たちが偏った情報ではなくさまざまな情報を知ったうえで自分の考えを導き出してほしいからです。
 武力についても同様です。人殺しはいけないことに決まっていますが、強盗に襲われたときは戦うしか方法はありません。戦うことは戦争です。戦争は人殺しをすることです。…実に難しい。僕はもうすぐ60才になりますが、答えが出せないままでいます。本当に難しい…。
 若い皆さん、いろいろな考えや意見に積極的に接するように行動しましょう。最もいけないことは政治に無関心でいることです。自分が調べたり勉強することをしないで「誰がなっても変わらない」などというのは責任放棄です。
 来週は選挙です。棄権することがないことを願っています。
 じゃ、また。




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする