<大人と子供の違い>

pressココロ上




僕は60才を3つ超えていますが、これまでにいろいろな仕事を経験してきました。「いろいろ」と言いましても、一流企業を渡り歩くエリート街道ではなく、社会の末端でジタバタする仕事です。キャリアアップを図って転職する姿は他人から、特に若い人から羨望の眼差しで見られます。

それに対して僕の場合は羨望と言うよりは、同情に近い眼差しだと思いますが、それでも自分なりに自負していることもあります。それは社会の末端の現場を体験していることです。単に、本を読んだり人から聞いたり、またはネットで調べたりではなく、自分の手で目で肌で触れています。俗にいう「頭でっかち」の人間ではないことを自負しています。

出版の世界にも、自らが体験して、それを本にして出版しているルポライターの横田増生さんという方がいます。横田さんは物流や小売業関連の本を出しています。「潜入ルポ アマゾン・ドット・コム」「ユニクロ潜入一年」「ユニクロ帝国の光と影」「仁義なき宅配 ヤマトVS佐川VS日本郵便VSアマゾン」などがあります。

横田さんの本に信ぴょう性があるのは、自らが体験しているからです。もし、従業員の話とか元幹部とか取引先からの伝聞だけですと、今一つ信用できない気持ちになります。「体験」という裏付けがあることが、本の価値を高めています。

クイズ番組を見ていますとわかりますが、知識や情報だけなら年少者が年長者に勝つことも可能です。実際に、「クイズ東大王」という番組では東大生が倍以上年齢が離れた社会人を余裕で負かしています。知識や情報では、年長者と年少者は対等の立場です。

僕がラーメン店を廃業して3年ほど経ったころ、高校時代の1年先輩と会う機会がありました。その先輩はインスタントラーメンのメーカーに勤めていたのですが、インスタントと言えども同じラーメンです。ですので、お店を構えているラーメン界にも一家言持っているようでした。

そこでたまたま「ラーメン店で成功する方法」的な話になり、僕と意見が衝突したのです。そもそも、僕はラーメン店を営んでいたときから「ラーメン店で成功する方法」についてウンチクの話をお客さんたちから聞かされていました。

僕の外見が若く見られていたことも関係していると思いますが、中年男性からウンチクを聞かされるのには辟易していました。いつも心の中で「そんなに成功する自信があるなら、ウンチクなど垂れずに自分でやれよ」と思っていました。

ウンチクのほとんどは現場では全く役に立たないというか、現実的ではないことばかりでした。僕の先輩も全く同じようなことを話していました。インスタントラーメンとお店を構えるラーメン業界では、扱う商品は同じですが、経営的な面では全く違います。しかし、先輩はラーメンを扱っているという自負から自分の主張を展開していました。

僕は途中から意見を言うのをやめましたが、相手に話を聞く心づもりがなければいくら説明しても伝わりません。これは僕の持論ですが、「自分の仕事に真摯に取り組んでいるなら、体験の大切さを知っているはず」です。どんな仕事も体験することで身につきます。本を読んだり情報を集めたりするだけで完結できる仕事などありません。

基本的に、僕はコンサルタント業を信用していませんが、経営を指南する能力があるなら自分で経営するべきです。経営を指南するだけで、あたかも「経営をわかっている」ように振る舞う姿勢に反発心が生まれます。

あるインフルエンサーの方のコラムを読んでいましたら、「納得のできる仕事しか引き受けない」と書いてありました。そして、「社会的なことも含めて有意義な仕事」を求めているようでした。ですが、今一つ納得できない部分がありました。

最近は、グラフィックデザイナーなどクリエイティブな業種の人が経営に参画している光景を見ることが多くあります。佐藤可士和さんなどが好例ですが、かつては広告部門の一つでしかありませんでした。

過去を振り返ってみますと、コピーライターの方々が経営に近い仕事をしていたことがはじまりのように思います。コピーライターと言いますと、糸井重里さんが真っ先に思い浮かびますが、糸井さんはコピーを考えるときに企業の経営姿勢にまで視野が広がっています。そうした流れの延長に現在のグラフィックデザイナーの経営参画があるように思います。

グラフィックデザイナーの草分けと言いますと亀倉雄策氏ですが、リクルートの創業者である江副浩正氏は1980年当時すでに亀倉氏を経営幹部に招き入れています。40年前からすでにデザイナーの方は経営の重要な役割を担っていたことになります。

このような状況を踏まえて、先のインフルエンサー氏は「インフルエンサーの能力をもっと活かせるような仕事を要請してほしい」と書いています。つまり、経営側に指南しているのですが、ここが僕が納得できないところです。

経営側に問題点を指摘するだけの「才能がある」のであれば、自分で創業するべきです。自分が経営者になるべきです。経営者という立場になったなら、自分の好きなように仕事をすることができます。経営者とは全責任を負う立場ですが、自らはリスクを取らずに、取引先や経営者にアドバイスをするのは筋違いというものです。

あるコラムニストが「お偉いコラムニスト様」と揶揄されたことにショックを受けていました。「お偉い」とは取材をするわけでもなく、現場に足を運ぶわけでもなく、自分の主張を書くだけで事足りる仕事だからです。

このコラムニストの方に限らず、文章を書くことを生業にしている人は小説家を除くなら自分の感想を開陳しているだけです。「それ、感想ですよね」という反応にも傷ついているようですが、コラムニストという仕事の性質上、認めるしかありません。

しかし、自分なりの視点で物事を見て、その感想を述べることは問悪いことではありません。世の中にはいろいろな考え方があることを知らせることができるからです。ですが、ここでも一つ問題があります。

それは「実体験をしていない」ことです。このコラムニスト氏は若い頃から文章を書くことを生業としていますので、一般社会の感覚がわかっていない可能性があります。なにしろ経験していないのですから当然です。

体験はとても大切です。頭でわることと身体や心で理解することは全く別物です。子供と大人の違いは「体験の数」です。知識や情報は机に座っていても身につけることはできますが、体験は座っているだけではみにつけることができません。

体験せずに意見を述べるときは、「もしかしたら、勘違いしているかも」という謙虚さが必要です。

じゃ、また。




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