<鍵>

pressココロ上




 大方の予想通り参院選は自民党の惨敗に終わりました。自民党の幹部でさえ選挙前から「かなり厳しい」と語っていましたからこの結果に驚いた人は誰もいないのではないでしょうか。
 自民惨敗の敗因について「改革が進みすぎた」とか「格差が開き過ぎた」などと実しやかに言われていますが、僕はもっと単純だと思っています。
 ズバリ! 逆風です。
 あまりにも逆風の種がありすぎました。ちょっと思い出すだけでも、柳沢大臣の「産む機械」発言、松岡、赤城両大臣の「事務所費問題」、久間大臣の「しようがない」発言、などなどたくさんありました。そしてなんと言っても最後にとどめをさしたのは年金記録問題です。人間は直接自分に損が被ると敏感に反応しますから年金問題が選挙に影響を及ぼしたのは間違いありません。安倍首相が掲げた「美しい国」つくりや「教育関連改革」「公務員改革」に反対して民主党に一票を投じた人はいないのではないでしょうか。
 「なんとなく自民党はダメ」といったイメージが広がったのが敗因です。今後は民主党とどのように折り合いをつけながら政策を運営していくかが鍵です。
 「鍵」と言えば…、僕には「鍵」について悲しい夏の思い出があります。
 あれは今から40年以上も前の出来事でした。確か僕が小学校1、2年生の頃です。夏休みに入り僕は一日中遊びまわっていました。そんなある日、父が言うのです。
「来週、子どもたちだけでおばさんの家に泊まりに行ってきなさい」
 親としては夏休み旅行のつもりだったのでしょう。また、子どもに「親元を離れて生活する経験をさせよう」と思ったのかもしれません。僕には姉と妹がいます。その3人だけで「家族以外の人たちと生活する」体験をするのです。僕としては電車に乗って遠くに出かけるだけでうれしかったので大喜びしました。
 
 さて、当日の出発予定は夕方でした。僕は朝から心がウキウキし一日中はしゃいでいました。夕方近くになると父が言いました。
「出かける前に銭湯に行くぞ」
 親の手前、おばさんの家に泊まりに行く前に子どもたちを清潔にしておく必要を感じたのでしょう。家族全員で銭湯に行くことになりました。当時、我が家にはお風呂がなく1~2日に1度銭湯に通っていました。
 母が銭湯に行くための着替えや洗面器などを用意している横で僕の頭の中は「電車に乗って出かける」ことでいっぱいでした。もう有頂天のてっぺんに登った気分でした。
 銭湯に行く準備ができると父が言いました。
「じゃぁ、行くぞー」
「おー!」
 と答えた僕は目の前のテーブルに置いてあった鍵を手にすると勢いよく玄関に飛び出しました。みんなが外に出たあと僕が鍵をかけました。外はすでに太陽は沈み薄暗くなっていました。
 我が家は田んぼの中にポツンと立っていました。隣に我が家と同じ間取りの家が立っておりどちらも大家さんは同じでした。周りは田んぼだけで少し離れたところに大家さんなど幾つかの住宅が集まっていました。
 我が家から銭湯に行くには2メートル幅くらいの一本道を歩かなければなりません。道の端には1メートル幅くらいの小さな川が流れていました。川の向こう側は田んぼが続いています。夏が過ぎ稲刈りが終わった田んぼで僕はよくキャッチボールをしたものです。田んぼの端から端までボールを投げるのが楽しくてしょうがなかったのです。
 さて、家を出て僕は先頭を歩いていました。銭湯から帰って来たあとの旅行への期待がそうさせていました。鍵は僕が持ったままでした。当時、母も働いていましたので僕は鍵っ子でした。ですので鍵を持つことには慣れていました。もちろん鍵には子どもがなくさないように、と長い紐がついていました。首からぶら下げられるようにです。
 いつもは僕は鍵をかけると必ず首からかけていました。しかしその日は親と一緒にいる油断もあったのでしょう。首からぶら下げずに紐を指にかけていました。不思議ですが、紐を指にかけていると自然と回したくなります。僕は2回3回と鍵のついた紐を回しました。紐の先には鍵がついていますのでその重さで紐が指に絡みつきます。その感覚は気持ちよいものでした。
 紐が指に絡みつく気持ちよさから僕は口笛を吹いていました。しばらくすると口笛に気づいた母が言いました。
「暗くなってから口笛を吹いてはダメ」
 昔からの言い伝えでは「夜中に口笛を吹くのは縁起が悪い」そうです。
「ハーイ」
 と答えた僕は紐を回す勢いがさらに強くなっていました。
 右に6回転、それから左に6回転、紐が指に絡みつく感覚はとても心地よいものでした。それを何度か繰り返していたとき、なにか「ふっ」と感じたのです。
「あれ?」
 僕は自分でもわからない不思議な感覚でした。今まで感じていた指の気持ちよさを感じないのです。僕は指を見ました。そして驚き、うしろを振り向き叫びました。
「鍵がなくなったー!」
「えっ!」
 僕はもう一度叫びました。
「鍵がなくなったー!」
 驚いた表情で父は僕の側に走り寄ってきました。
「鍵をどうやってたんだ?」
 僕は答えました。
「う、うん。回してた」
「バカ! どこかに飛ばしたんだ」
 家族全員の足が止まったのは言うまでもありません。母が怒鳴りました。
「なんてことしたの! あの鍵がないと家に入れないのよ」
 僕はただうつむいているだけです。姉が言いました。
「全く、なにやってんだか」
 妹が言いました。
「お兄ちゃん、トンマだね」
 父が感情を抑えた口調で、でもしっかりと怒りが滲み出た口元で聞いてきました。
「どのへんに飛ばしたんだ?」
 僕に答えられるはずもありません。知らないうちになくなっていたのですから…。
 父は身体を折り曲げ地面に顔を近づけながら近くを探し始めました。母も草むらを探し始めました。姉も妹も地面を這いずり回るように探し始めました。仕方なく僕も…。
 しばらくすると母が言いました。
「もしかすると、川の中に落ちたのかも…」
 すると父はどこからか長い棒を持ってきて川の中を掬うように動かしています。鍵についている「長い紐を引っ掛けよう」という作戦です。僕は父の一生懸命探している姿を見て思っていました。
 絶対、見つからないよ…。
 結局、30分ほど探し回りましたが見つかりませんでした。仕方なくそのまま銭湯に行き、おばさんとの待ち合わせ時間がありますので家に戻ることもできず銭湯帰りの格好のままおばさんの家に向かったのです。つまり、旅行のために準備したパジャマや洗面道具などを一切持たずに、ただちょっと近所に出かけるような格好で…。
 おばさんの家に着いたその日の夜、父から電話がかかってきました。電話を切り終えるとおばさんが笑いながら言いました。
「あのね。大家さんも合鍵を持っていなかったみたいでドアを全部取り替えたそうよ」
 僕の悲しい夏休みの思い出です。
 ところで…。
 冒頭で、政府が政策を実行していくには「民主党とどのように折り合いをつけるか」が「鍵」と書きましたが簡単でないことは明らかです。なぜなら「鍵」は見た目にはどれも似たような形ですが、適合していない鍵は実際に入れてみると回ることはないからです。
 じゃ、また。

紙.gif4コマ漫画
ジャーック!




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