<どんぐり>

pressココロ上




 就活の解禁によりこれまでは表立ってはできなかった就職活動が堂々とできるようになりました。ですが、優秀な学生はすでに内々定もしくは内定をもらっているのではないでしょうか。「優秀な学生」を俗な表現で表すなら一流の大学に通う学生です。どんなに言い繕おうが大学の偏差値で採用の可否が決められているのが現実です。
 常識的に考えて「才能」とは言いませんが、ある程度の「能力」を偏差値で推し量るのは採用する側にとっては当然の発想です。極端な例をあげますと、授業で中学校と同レベルの内容を行っている大学の学生と偏差値70の学生では採用する側にとっての魅力は桁違いです。ですから、偏差値70以上の学生は引く手あまたなのは当然です。
 どんな世界でもそうですが、競争が激しいのはいつも「どんぐりの背比べ」の部類に属している人たちです。就活生はもちろんですが、会社員となってからもそれは続きます。そして、忘れてならないのは世の中には「どんぐりの背比べ」に属している人たちの割合が最も多いことです。
 「どんぐりの背比べ」ですから才能や能力に大差があるわけではありません。ですから、いろいろと工夫を凝らしたり考えたりして差別化を試みます。そうしなけば競争に負けてしまいます。「どんぐり」な人たちはこのようにして苦労をしながら生きていくのがこれまでの、そしてこれからも続くのが世の常です。
 今から40年以上前の就職活動は今と比べますと、それはおっとりしたものでした。もしかしたなら僕だけだったのかもしれませんが、就職について考え始めたのは4年生の夏前くらいでした。今のように3年生のときから就職を意識することなど考えられませんでした。
 僕の学生時代はアルバイトに明け暮れていましたのでいろいろな学校の友達がいました。「いろいろ」とは偏差値に関しても「いろいろ」です。偏差値70以上の人もいましたし50以下の人もいました。しかし、学生の身分として遊んでいる分には偏差値は関係ありません。ですから、遊んでいる間は偏差値を意識することもあまりありませんでした。ただし、麻雀では「偏差値が関係しているかも」と思ったことはあります。
 このように僕にはいろいろな友達がいましたので就職活動に関して特別に鈍感だったということはなかったように思います。さすがの僕でも周りが就職で動き出しますとなにもしないではいられないはずです。そもそも周りが就職活動で忙しいときは遊び友達がいなくなることを意味します。
 どんぐりの部類に入る僕ですので最も平均的な学生の行動だったはずです。そんな僕が4年の夏前からしか就職活動をしていたのに比べますと、3月から就活を始めている今の学生さんたちは大変です。しかし、もう少し前の学生さんたちはさらに前の3年の秋くらいから就活をしていたそうですから大変を通り越しています。
 人間というのは何才になろうが、悩みは尽きません。悟りを開いた人は別にしてほとんどの人が悩みながら生きています。「どんぐり」たるゆえんです。人生相談を読みましても70才を過ぎた人が相談していることもあります。ですから、まだ20年ちょっとしか生きていない学生さんが就活で悩むのは至極当然です。
 また、「悩みに悩んで」もしくは「考えに考えて」下した決断が正しいとは限らないのがまた人生の不思議なところです。その理由にはいろいろありますが、その中でも大きなものに「正解が変わる」ということがあります。時代の変化とともに正解が変わるのですから常に正しい判断などできるはずがありません。就活中の皆さんは、そのことを頭の隅に置きながら頑張ってほしいと思います。
 伊勢丹の社長が辞任したという報道がありました。正確には(株)三越伊勢丹ホールディングスの社長ですが、業績悪化の責任をとって大西洋社長が辞任するそうです。この会社は僕にとって印象が強い百貨店なのですが、理由は三越百貨店、伊勢丹ともに身近に感じていたからです。
 まず三越百貨店は、悪名高い社長の失脚がマスコミを賑わしたことがあります。名前を岡田茂というのですが、三越の女帝と言われていた「竹久みち」とともに私腹を肥やしていたことが週刊誌でスクープされました。50才以上の人ならご記憶にあるでしょうが、役員会で解任動議が可決した際に発した「なぜだ!」は歴史に残る名言となりました。まだ経済や経営について関心も知識もなかった僕がビジネス界に少し興味を持つきっかけとなった事件でした。
 伊勢丹に関しては僕が学生時代にアルバイトをしていたことが身近に感じていた理由です。僕はバイトが終わるといつも社員専用の通用口から外に出たところで仲間とたむろしていました。そのときに少し離れたところに高級車が横づけし、運転手が降りてきて後ろのドアを開けると白髪の小柄な紳士が降りてきました。その紳士を腰を30度折り曲げ出迎えるスーツ姿の男性もいました。その光景を不思議な面持ちで見ていますと、偏差値60以上の先輩が教えてくれました。
「あの人は伊勢丹の取引先の銀行から天下ってきた伊勢丹の会長なんだよ」
 僕が世の中の仕組みを少しだけ垣間見た光景でした。因みに、当時伊勢丹は「どんぐり」では到底入れない会社でした。
 バイトの経験がありましたので伊勢丹には思い入れがありました。10年ほど前に「伊勢丹な人々」が売れたときや伊勢丹のカリスマバイヤーとして名を馳せた藤巻幸夫氏の名前にはいつも注目していました。
 藤巻氏の足跡を追っていますと、のちにマスコミで有名になる人との関りが見て取れてとても興味深く感じます。少しだけ紹介しますと、藤巻氏は伊勢丹を退職したあとある投資会社の要請で足袋の福助の再建を手掛けるのですが、この投資会社は現在ローソンの会長を務めている玉塚元一氏と現在ファミリーマートの社長に就任している澤田貴司氏が立ち上げた会社です。それ以前に、この二人はユニクロのファーストリテイリングでそれぞれ社長と副社長を務めていました。
 それはともかく、大西洋氏が辞任に追い込まれたことは僕にとっていささか落胆なできごとでした。以前、紹介しましたが、大西氏は百貨店として画期的なことを行おうとしていました。
 百貨店の凋落が言われて久しいですが、その兆候は僕が学生時代からすでに指摘されていました。ちょうどヨドバシカメラなどが台頭してきた時代です。百貨店の売り場から時計売り場やカメラ売り場などが消えつつあった時代です。この頃はカテゴリーキラーという言い方がされていましたが、百貨店のように「なんでも売っている」お店ではなく特定の商品に特化したお店が消費者の支持を集めだした時代でした。学生の僕でも疑問に思っていましたが、百貨店は「単なる場所貸し」の会社に成り下がっていたのでした。
 販売の会社が売上げ不振から脱却するために最初に行うのがセールを打つことですが、そのセールを始める時期が段々と前倒しになっていました。これは、少しでも売上げを上げるために行うことですが、売上げ不振の「焦り」からセールの前倒しが通常化していました。大西氏はこの状態を正常化しようと試みていました。
 僕もこの記事を読んで知ったのですが、セールの前倒しを正常化することは単に始める時期を遅くすることではないようです。メーカーに与える影響もかなり大きいようで簡単に実行できることはないようでした。しかも、セールをほかの百貨店よりも遅くするということは、ひとつ間違えるなら「売れるチャンス」を逃すことにつながるはずです。しかし、大西社長はそれを実行していたようです。
 また、お正月の初売りについても挑戦していました。今年の報道でも伝えていましたが、三越伊勢丹グループはほかの百貨店よりも初売りを遅くしていたそうです。これなどは素人目には間違いなくチャンスロスだと思いますが、実行しました。来年はさらに遅くすると話していました。
 初売りを遅くするのは従業員の労働環境の改善が目的ですが、大西社長は従業員の待遇に関してかなり思い切った考え方を持っていたようです。従業員が気持ちよく働けるような環境を作ることが会社の成長につながるとというポリシーの持ち主でした。
 このように僕からしますと、とても実直で誠実な経営者のように思えていましたが、こうした考えは当然反対する声があることは容易に想像がつきます。
 経営者は最終的には「結果がすべて」です。やはりいくら理想的な経営手法を行おうと結果がついてこなければ断罪されます。どんぐりではなくエリートの世界でも、いえいえエリートの世界だからこその競争の苛烈さがあるのでしょうね。
どんぐりでよかった…。でも、コロコロしてなくちゃいけないんだ…。
 じゃ、また。
 




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