<子持ち様>

pressココロ上




春闘は多くの企業で満額回答が続出し、マスコミ的には「連合(労働組合)の大勝利」の結果となりました。しかし、市井で生きている僕の肌感覚では違う世界が見えてきます。春闘はあくまで大企業の話であり、その大企業の割合が日本企業全体のわずか10%にも満たないという現実の中では「労働者の勝利」とはいえません。僕のような請負の身分ですと「春闘がまったく関係ない」のは当然として、中小企業で働いている人たちにも「春闘勝利」の風が届いていないように思います。

確かに、中小企業でもそれなりの規模ですと賃上げを実施している企業もあります。ですが、賃上げをしようにも原資がない中小企業では賃上げは夢のまた夢です。無理に賃上げをしてしまいますと、企業の存続が危ぶまれる事態にもなりかねない企業もたくさん存在します。そして、中小企業がそうした状態に陥るのは、春闘で満額回答を連発した大企業が下請けである中小企業に「低価格での納品」を押しつけているからです。

これは「下請け」という立場に限りません。大企業に商品を納品している「取引先」も「下請け」同様の対応を迫られています。わかりやすい例をあげますと、大手スーパーなどでは、卸価格がより安いメーカー、もしくは問屋さんから商品を仕入れようとします。その結果、取引先間で競争が起き、取引先企業は利益率を抑えてでも納入先に選んでもらおうとします。

たまに報道番組で、大手スーパーから「協賛金という名目で金銭を求められたり、納品価格を下げさせられた」というニュースを見かけますが、それを可能にしているのは大手スーパーが「優位な立場にいる」からです。大手スーパーは自らの利益だけを考え、取引先の経営状況までを考慮して取引をしてはくれません。数多ある中小企業が容易に賃上げをできないのは、こうしたビジネス構造になっていることに根源があります。

僕のような請負の立場にいる人間もまったく同様です。「請負金額を上げてほしい」などと発注企業に言ってはすぐに切られるのがオチです。僕は車で移動する仕事をしていますが、遠方の現場のときは、走行距離が1日で60キロくらいになります。最近のガソリン代の高騰は僕の手取り額を間違いなく下げていますが、自分で負担するしか術はありません。

車で移動していて最近やけに目立つのは工事が多いことです。外壁工事から住宅建設、道路工事などいろいろなところで工事が行われています。そうした現場で必ず見かけるのはいわゆるガテン系の人たちですが、そうした人たちの多くは職人さんですので会社員のように法律で守られている身分ではありません。労働時間の遵守や有給休暇といった大企業では当たり前の労働環境とは無縁の世界です。世の中はこうした人たちの働きがあって回っています。

僕のように個人で請け負っている人や一人親方などと言われている職人さんたちは、仕事がなくなれば収入もなくなりますが、会社に雇用されている給料制の人は違います。決められた時間を働いて毎月決まった給料を受け取ることができます。企業はそうした人たちをうまくやりくりをして会社を回しています。

最近マスコミでは「子持ち様」という言葉を見かけることが多くなりました。「子持ち」に「様」をつけているのは「非難」の意味が込められているからで、簡単にいいますと嫌味です。なぜ嫌味をいいたくなるかといいますと、「子供」を理由に仕事を休むことがあるからですが、休んだことによる業務が子供がいない人にそのしわ寄せがいくことの不平・不満です。

一人で仕事を受注している場合と違って企業として仕事を受注している場合は担当している人がなにかの理由で仕事をこなせないときは、ほかの人が代わりにすることになります。その「ほかの人」に選ばれたとき不平・不満が生まれます。病気が理由の場合は気持ち的に許せるものもありますが、子供のことが理由の場合は少しばかり心持ちが変わってきます。

僕がラーメン店を営んでいた頃、一番の悩みは人員確保でした。カウンター席だけの小さなお店ですと夫婦ふたりで対応することができますが、僕のお店はカウンター席のほかにテーブル席も3つありましたので、夫婦二人ではさばき切れない状況でした。ラーメン店に限らず普通の飲食店が最も忙しいのはお昼時です。僕のお店もお昼の1時間半が勝負でその時間で1日の売り上げの半分くらいを作っていました。

その売上げを作るには僕たち夫婦のほかにあと一人がどうしても必要でした。もちろん売上げを気にしないなら、夫婦二人でもさばくことはできます。しかし、二人でできる作業には限界がありますので3人で営業したときの売上げの半分もいかないのが現実です。

半分の売上げだとしても「それでいいのでは?」と思う人もいるかもしれませんが、二人で営業したときの一番の問題は「注文してから出てくるまで」の時間がかかりすぎることです。注文したラーメンが出てくるまでに時間を要したお客様は、貴重なお昼休み時間を無駄にしたことになり、次第に足が遠のきます。全体の売上げが落ちること間違いなしです。

ラーメン店を開業してまだ間もないころの一番の悩みは人員確保でした。慣れていないこともあり、誰かが突然休んだときのことを想像するのが恐怖でした。眠れない日々を過ごしたことが思い出されます。ですので、採用の際に最も重要視したのは「休まない」ことでした。例え「動きが遅そう」でも、「休まない」ことを守ってくれそうなことが最も重要でした。

結局、僕のお店では急に休まれても大丈夫なように一人多めに人員を配置することにしていました。一人分の「余計な」というと失礼ですが、余裕の分の人件費を自分で負担するのがベストだと思っていました。しかし、普通の企業では「余計な」「余分な」人件費を負担するのは大変です。そうなりますと、仮に「子供が熱を出して」休むとなった場合、自ずとほかの誰かが代わりに業務を受けるしか方法はありません。これが「子持ち様」問題の根源です。

おそらくそうした事態が1日か2日程度だったなら「身代わり」の人も許せるでしょう。しかし、頻繁となると話は変わってきます。仮に「頻繁」の割合が多くなり、「身代わり」の人が負担するのが「当たり前」になった場合、「身代わりの人」の精神的負担は想像を絶するものがあります。そのときの一番の問題は「断りにくい」ことです。「身代わる」ことが当然になってしまっているので、余計に心理的負担が増しています。「子持ち様」と揶揄したくなるのも理解できます。

「子持ち様」に関する記事を初めて読んだとき、僕が真っ先に思ったのは「介護に似ている」ということでした。「介護」も自分と周りの人との関係が大きな要因です。「やって当然」と自分自身が思ったり、周りから思われることが悩み始めるきっかけです。介護に関する記事を読みますと、「一人で抱え込まない」ことが最も重要とアドバイスをしていることがありますが、「子供が理由で休む」人の身代わりとしてしわ寄せを受けている人も同様です。無理は長続きしません。

もちろん「無理」と感じていない人は問題ありませんが、少しでも「しわ寄せ」と感じたときは遠慮なく周りに助けを求めるべきです。もし、助けてくれる人が周りにいないときは職場を変えることも選択の一つです。なぜなら「無理は長続きしない」からです。心身に支障をきたす前に環境を変えるのが賢明です。

「しわ寄せ」を解決するのは個人ではなく、「システムで対応する」ことに尽きます。「子持ち様」の周りの人も経営者もそのことを肝に銘じてほしいと思っています。

個人事業主より。

じゃ、また。




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