<ただの人>

pressココロ上




「とうとう投開票日を迎えた」と候補者の方々は心の底から思っていることでしょう。議員の方々も「落ちれば、ただの人」となってしまいますので必死に選挙活動をしていたはずです。その結果が出るのが本日ですので、心中穏やかでいられるはずはありません。

そうした人に比べて生まれてからこの方ずっと「ただの人」の僕からしますと、選挙は自分たちもしくは将来の人たちの生活、大きく言ってしまいますと人生に影響がありますのでとても重要な機会です。ですが、残念なことにその大切な機会を放棄する人が多いのが実際のところです。

よく言われることですが、「投票したい人がいない」という意見は僕からしますと単なる詭弁にしか聞こえません。要は、「面倒くさい」の言い換えです。社会人としての自覚が足らない人の無責任な言い訳です。そして、そうした発想が可能なのは、日本が平和だからです。さらに言うなら、現在の生活状況がそこまで悪くないと思っているからです。いわゆる「平和ボケ」が根底にあるからです。

と、投票を放棄している「ただの人」を批判的に書きましたが、「平和ボケ」を投票率が低い理由にする発想は、一見すると正論のように聞こえますが、それは現在それなりに余裕のある生活を送っているいる人たちの偏見です。

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土曜日はセールスの人が来る確率が高いのですが、昨日も土曜日でしたので、セールスの人が来ました。インタフォンが鳴りましたのでドアを開けますと、深々とお辞儀をする青年が立っていました。もちろんセールスの人でしたが、昨今個人宅を一軒一軒訪問するセールス形態をとっている業種はあまり多くはありません。果物など食品関連の移動販売とか夕食の宅配とか、外壁工事くらいでしょうか。青年は「新聞の勧誘」でした。

あとからわかったのですが、広島から上京してきてまだ3ヶ月しか経っていない22才の青年でした。僕はこうした若い人がセールスでやって来ますと、ついつい話を聞いて、そして会話が長くなってしまいます。僕の心の中に「東京でブラック企業に騙されていないか」と心配になる気持ちがあるからです。

青年の手には、赤いマーカーで印がつけられた地図があったのですが、おそらく「指定された個人宅」を一軒一軒回っているのでしょう。一応スーツは来ていましたが、着慣れていないのは一目瞭然でした。そして、おそらくこれもマニュアルどおりなのでしょうが、深々とお辞儀をしたあとは、「あいさつ代わりに」とポケットティッシュくらいの大きさの除菌シートを差し出してきました。

そのあともマニュアルどおりそうなトークがはじまったのですが、一応丁寧に小難しい政治の話題も交えながらお断りをしました。実はこの「小難しい政治の話」を交えるのがポイントでして、このように断りますとほとんどのセールスの人は引き下がります。昔からセールスの基本として「政治・宗教の話はしない」という鉄則がありますが、その理由はお客様と感情的な諍いになるのを防ぐためです。

しかし、若いセールスマンの場合は、そうした理由というよりも小難しい話題に詳しくない、言い方を変えるなら話についていけないからです。僕は新聞をとらなくなった理由として「記者クラブ制度」を上げたのですが、青年は「記者クラブ制度」を知りませんでした。ですので、そこから先は、僕が青年の身上話を聞いていくのですが、実はこの会話の展開は、僕が興味を持った若い人に対して行ういつものパターンです。

最初のほうで書きましたように、青年は広島から3ヶ月ほど前に上京したばかりなのですが、実家は母子家庭で男ばかりの3人兄弟で、その青年は真ん中でした。長男は頭がよく国立大学を出て働いており、三男も大学に通っている最中とのことでした。

母子家庭であるにもかかわらず長男が進学できたのは国立ということもありましたが、成績がよかったので奨学金をもらえたからだそうです。そうした兄弟の中で「真ん中の僕だけは、ちょっと横道にはずれてしまい、高卒で働くことになりました」と自嘲気味に話していました。

青年の話を聞いていて、ちょっと心配になったのは男性の労働環境でした。実は、こうしたセールスの場合、ほとんどが正社員ではなく契約社員でもなく、業務委託形式になっていることが多いのです。そこで、青年に尋ねたところ、やはり委託で働いていたのですが、本人は「働いた分だけ報酬がもらえるから納得している」と話していました。

どのような経緯で現在の職業に就いたのかまでは聞きませんでしたが、22才の男性が業務委託で働くのはあまりよい労働環境ではありません。青年のお話では、高卒での最初の仕事は塗装業だっただそうですが、職人の世界ですので労働形態的には「業務委託」と似たような形式です。会社員のように休業補償があるわけでもなく、仕事を休んだなら収入はゼロになってしまいます。塗装業界で3年ほど働いていたのですが、お給料といいますか報酬が低かったので飲食業に転職したそうです。しかし、そこもお給料が低かったので「外の世界を見てみたい」と上京してきたのでした。

僕は若い頃、周りの友だちに比べて社会とか政治に関心が高かったほうだと思いますが、その僕ですら実際のところは社会のことも政治のこともあまり知ってはいませんでした。世の中にはそのような若い社会人が山ほどいます。そして、そうした社会人のほとんどはなんの権力も持たない「ただの人」です。

先ほどの新聞勧誘の青年も、世の中の状況や仕組みをあまり知らない状況で人生を送っています。このような「ただの人」は投票することの意味もあまり深く考えていないのが実情です。決して「平和ボケ」が理由で投票に行かないのではなく、世の中のことをあまり知らないから行かないといったほうが正解ではないでしょうか。

マスコミなどでも「投票しましょう」と啓蒙していますが、それ以前に「選挙の大切さ」とか「投票することの意味・意義」を義務教育の中学校までに教えることが必要です。世の中の圧倒的多数の人は「ただの人」なのですから、「ただの人」たちの一票で世の中が変わることを実感させるなら自然に投票率は上がるように思います。

ところで、国会議員には様々な特権があるようですが、その中でも「バスも新幹線、飛行機も乗り放題」という特権には驚かされました。おそらく地元と国会の行き来に配慮してのことでしょうが、ほとんどの交通機関を無料で乗れるというのは一般の人からしますと、うらやましい限りです。

そのことを知って思ったのですが、国会議員は「落ちたら、ただの人」と言いますが、実は国会議員の時点で「ただの人」になっているのでした。

じゃ、また。




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