<よいお年を>

pressココロ上




毎年書いていますが、「一年の過ぎることのなんという早さよ」です。特に今年に関していいますと、11月に入ってから年末までの時間の進み方が例年にも増して早かったように感じています。例年の僕の感覚では、11月に入ると街全体のクリスマスムードが一気に高まり、繁華街ではクリスマスふう電飾など煌びやかな飾り物が彩られ、そしてその風景を「テレビなどが報じる」というパターンでした。

そして、いつもそのときに思うのは「え、11月なのに、もうクリスマスの準備なの?」でした。クリスマスの準備の始まりが「かなり早い」と思っていますので、そこから年末までがやけに「長い」印象でした。毎年そのような感覚でいたのですが、今年に限っては全く「早い」とも「長い」とも感じないまま今年最後の週を迎えています。

おそらくその一番の原因はロシアのウクライナ侵攻から始まった世界的な混乱と、それに伴うエネルギー価格の上昇、そして物流的混乱です。それ以前からコロナ対策のために世界的に行動制限なども行われており、経済が疲弊していたところへロシアの侵攻が起こったのですから混乱の極みになっていました。世界的にインフレが広がり、日本でも物価がどんどん上がっていき、現在も続いていますが、そうした幾つもの混乱が重なり連なったことで、年末までを「長い」と感じる暇がなかったように思います。

それにしても「ロシアの蛮行」は本当に許せません。今年一番の「怒り」はこれ以外にあり得ません。政治の専門家や歴史に詳しい人たちからしますと、「ロシアの侵攻」に対してもいろいろと考えがあるのでしょうが、普通の人である僕からしますと、隣の国に武力で攻め入るのはどう考えても許せることではありません。

今回の「ロシアの蛮行」でウクライナのいろいろな情報に接する機会があったのですが、ウクライナは過去にロシアの前身であるソ連によって大虐殺を受けていたことを知りました。そうした過去があるだけに、ウクライナは絶対にロシアに負けるわけにはいかない気持ちが強いはずです。

先週ウクライナのゼレンスキー大統領が米国を訪問しましたが、ウクライナ関連のニュースを見ていて気になるのは「支援疲れ」という言葉です。どこの国かは忘れましたが、先日見た海外ニュースでは、「ウクライナの支援よりも自国民の生活を守れ!」と叫んでいる年配の方の映像が流れていました。ニュースになるくらいですから、少数派だとは思いますが、そうしたニュースを流すことになにかしらの意図を感じなくもありません。

西側諸国はウクライナを支援していますが、仮に「支援疲れ」が現実のものとなり、ウクライナがロシアの支配下になるようなことが起これば世界はいったいどのようになるのでしょう。ロシアの成功がほかの国に与える影響は強いでしょう。覇権という大げさな言葉でなくとも、隣の国を支配下に置こうとする新たな独裁国家が現れないとも限りません。そうならないために、日本も安全保障には力を入れてほしいと思っています。

先日読んだ記事によりますと、ウクライナを最も支援しているのは米国ですが、その次は英国でした。英国は民主主義を守るために支援をしているのだと思いますが、現在世界で起きている紛争の根源について考えるとき、僕はどうしても過去の欧米諸国の植民地主義に思い至ってしまいます。今年9月にエリザベス女王がお亡くなりになりましたが、あの英華の源泉がかつての植民地からの搾取だと思うと複雑な気持ちになります。

これは英国に限りませんが、現在先進国と言われている欧米諸国の繁栄の源はかつての植民地政策にあります。ワールドカップはアルゼンチンの優勝で幕を下ろしましたが、アルゼンチンの公用語がスペイン語なのは、かつてスペインの植民地だったからだそうです。…にわか知識でした。東南地域では日本語を話す現地の人がいますが、それもかつて日本が植民地としていた名残です。…にわか知識でした。

歴史に「もし」とか「たら」は意味がないといいますが、当時の世界情勢も現在とは違っていたはずです。その当時はその当時の考え方もあったでしょう。それをあとから評価するのも公平性に欠けるように思えなくもありません。まるでネット広告で表示される偏向的歴史家のようになってしまいましたが、価値観の違いも考慮するべきだと思います。反省することは大切ですが、正否を判断するのは慎重なほうがいいかもしれません。…にわか評論家でした。

話を現在の「ロシアの蛮行」に戻しますと、昔ならいざ知らず、やはり今の時代に武力で隣国を支配下に置こうとするのはやってはいけないことです。では、「ロシアの人々はどのように考えているのか」と思っていたところに、youtubeでロシアの人々の街頭インタビューの映像が流れていました。

こうした映像では信頼性を見極めることが重要になってきますが、僕の印象ではやらせではなく「信頼に足る」という感じでした。街中を歩いている人に「ウクライナ侵攻で動員されたら参加するか」という質問をしていたのですが、8割くらいの人が「参加する」と答えていました。

その中で、ある若者が「政治にはあまり関心がないし、よくわからないけど、国のために働くのは当然」というような発言をしていたのが心に引っかかりました。政治のことがわからなくては「国のためになるか」の判断がつかないと思ったからです。ロシアでは以前から「年配者の方は国営放送からしか情報を得ないのでプーチン大統領の言いなり」になっていると伝えられていましたが、若者でも似たような状況なのはやはり「問題あり」と思います。

翻って、日本の若者も投票率が低いのがとても気になります。シンガーソングライターの長渕剛さんには「JAPAN」という歌があるのですが、そこには

♪「平和な国だね」と友に語れば
♪「堅い話はおよし」と誰もがすり抜けた

という歌詞があります。この歌詞が言いたいことは「真面目な話をすると周りから浮く」ということだと思います。これが発表されたのは1990年の湾岸戦争が起きたあとですが、湾岸戦争とは「イラクに侵略されたクウェートを助けるための戦争」で、現在のウクライナと同じことが起きたのですが、このときは国際連合の決議で米国を中心とする多国籍軍が行動を起こしクウェートを解放しました。

今から20年以上前にすでに若者は堅い話をすることを避けるようになっていたことになります。実は、さらにさかのぼること40年以上前にすでに若者は堅い話を避けるようになっていました。これは40年以上前に青春時代を送っていた僕の実感です。なんか浮いていたんですよね、僕。

僕はウクライナに対しても世界がクウェートを解放したように、世界は同様の対応をするべき、と思っています。罪もない人々が強盗に略奪され殺害されるのは正しい社会の在り方ではありません。しかし、ロシアが相手ではことは簡単ではないこともわかっています。一つ間違えますと第三次世界大戦が起きるリスクがありますので、欧米諸国も逡巡しています。

しばらくは膠着状態が続きそうな雰囲気ですが、早くロシアがあきらめることを、もしくはロシアの内部からなにかしらの力が働くことを願ってやみません。そういえば、イランでは国民的女優の方が逮捕されました。理由は、女性が髪を隠す布「ヒジャブ(ヘジャブ)」をめぐる抗議デモへの支持を表明したことでした。また、ミャンマーでは軍事政権が独裁の限りを尽くしています。

平和で穏やかな社会はいつになったら、実現するのでしょう。来年こそと願いつつ今年を終わらせていただきます。

今年一年お読みくださいまして、ありがとうございました。

じゃ、また。




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