<傷つくところ>

pressココロ上




 青い空、白い雲、強い陽射し…。やはり夏は暑いのがよろし。
 …などと兼好法師気分でのんびりと歩道を歩いていましたら、反対側車道を走って来る車からクラクションが聞こえました。威嚇するようなクラクション音ではなくあいさつをするような音です。クラクションを鳴らした車を見ますとタクシーでした。そして運転手の人は私の後方あたりを見ながら笑顔で右手を軽く上げ合図のような仕草をしていました。私がうしろを振り返りますと、そこには自転車に乗った小学校低学年くらいの女の子がいました。女の子はタクシーに向かって「ニコッ」と微笑んでいました。
 タクシーが走り去って行きますと女の子は私をゆっくりと追い抜いたのですが、そのとき私は声をかけました。
「お父さん?」
 女の子は一瞬、戸惑った表情をしたあとに照れたような顔でうなづきました。
 タクシーの運転手として働いているお父さんが勤務中に娘を見かけ手を振り、それに気づいた娘もうれしそうに反応する。あの光景には「あの親子の仲のよさ」が凝縮されていました。
 先週はボクシング亀田選手の世界戦がありましたが、判定について物議を醸しています。マスコミ報道では「判定に対して批判的」な意見が多く、私もその一人です。しかし判定は別にして私は解説者としてテレビに出演していた鬼塚氏のコメントが心に残りました。
「19才の選手が世界戦で第一ラウンドにダウンをとられ、それでも冷静に立ち直り12Rフルに戦ったことがすごいことである。これは練習をしっかりとやっていた証拠である」
 私も結果は別にして、少なくとも亀田選手が世界戦を戦えるレベルに達していることは証明できたと思っています。
 若い読者の方につけくわえますと、実は解説者の鬼塚氏も初めての世界挑戦で似たような戦いをし、そして似たような判定結果で世界チャンピオンになったのでした。当時のマスコミは「疑惑のチャンピオン」などと書きたてていました。そうした自分の経験がありましたのでさきほどのようなコメントが出たのはないでしょうか。マスコミなどから批判されることの辛さは本人にしかわからないはずです。因みに、私の選ぶボクシング名試合ベスト5には中島俊一VS鬼塚勝也の日本タイトルマッチが入っています。
「チャンピオンベルトをオヤジに渡せてよかった」
「オヤジのトレーニング方法が正しかったことを証明できてよかった」
 これらの言葉からは亀田親子の絆の強さが伝わってきます。これに対して、先週は全く正反対の親子関係が想像される新聞報道がありました。奈良県の放火殺人事件です。新聞には医師である父が少年と面会した内容が細かく書かれていましたが、その中で父が少年に「暴力をふるってすまなかった」と謝っています。この文章を読んだとき私は亀田親子のことが頭に浮かびました。
 マスコミから伝えられる亀田選手の育てられ方はスパルタ式のようです。だとするなら暴力もあったと想像して当然です。にも関わらず、亀田選手はあそこまで父のことを思い尊敬しています。
 奈良県の親子と亀田親子の違いはどこにあるのでしょう。
 亀田親子を見ていますと、「親が子供に暴力をふるうこと」が必ずしも「子が親を憎むことにはつながらない」ことがわかります。つまり、子が親を慕う理由はわかりませんが、少なくとも「親が身体的な暴力をふるうこと」と「子が親を嫌う憎むこと」に因果関係はないようです。奈良県の事件ももしかすると「身体的な暴力」が原因ではないかもしれません。だとしたなら「精神的な暴力」…。
 ここでむかーしの歌を思い出しました。ジュリーこと沢田研二さんは全盛時代に歌っていた「時のすぎゆくままに」の歌詞の一部です。
♪♪身体の傷なら直せるけれど
♪♪心の痛手は癒せはしない
 結論。亀田選手は父から身体的にはスパルタでビシビシやられて傷ついたことがあったかもしれないけれど、心的には一度も傷つけられたことがなかったのである。いやむしろ、心的にはずっと癒され励まされていたに違いない。そうに違いない! 親は子に身体的に傷つけることがあっても決して心的に傷つけてはいけないのだ!
 亀田選手の一ファンとしてはあの親子関係がいつまでも続くことを願っています。人間って年令とともに変化するのが常なのだから…。
 あっ、また違う歌を思い出した。やっぱりむかーしの歌で、シグナルというフォークグループが歌っていた「二十歳のめぐり合い」の中にあった歌詞です。
♪♪手首の傷は消えないけれど
♪♪心の痛みは僕が癒してあげるやさしさで君のためなら
 さて、あなたはどちらの歌詞を支持しますか?
 最後に大切なことを書かなくちゃ…。
 あのときの女の子へ。
 僕は「危ないオジサン」ではありません。
 じゃ、また。

紙.gifジャーック!




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