<半世紀>

pressココロ上




 お盆休みの間、妻や子供たちは妻の実家に帰省し久しぶりの独身気分を味わいました。この期間、僕の住む界隈は静かな時間が流れていました。僕はこういう雰囲気が大好きです。お天気には恵まれませんでしたが、ほかのことを気にする必要もなく自分の思うままに過ごせるということはうれしいものです。
 そのある日。
 僕は幹線道路沿いの歩道を歩いていました。いつもは渋滞になっている道路もこの期間はスムーズに流れています。「やっぱり道路はこれくらいの通行量がいいよなぁ」などと思っていますと、止まった状態のおしゃれな小さい自転車に乗っている女性が僕のほうをチラッチラッと見ているのに気がつきました。飲み物を買おうとして見つけたコンビニと僕の中間に彼女はいました。
 年のころ、二十歳前後でしょうか。その女性はサドルに座ったまま自分の自転車の後輪と僕を交互に見ているのです。そしてその動きを繰り返していました。僕としては若い女性と視線が合うなんてことはめったにあることではありません。僕が「なにか」を感じても不思議ではありません。そう、「なにか」です。だって独身気分ですから…。
 そうは言っても声をかける勇気があるはずもなく、彼女の脇をなにも感じないふうを装いながら通り過ぎコンビニに入りました。
 ちょっとワクワクした気分。…久しぶり。あれは高校生のとき…。
 僕の初恋は高校一年の春。
 違うクラスにいたレイコさんでした。初恋をするくらいですからもちろんかわいいに決まっています。初めて廊下ですれ違ったときは彼女からオーラが見えました。もしそこに江原さんや美輪さんがいたなら僕と同じようにオーラが見えたと思います。しかしこの思いは誰にも知られることなく過ぎていきました。
 僕の初恋がなんの進展もないまま過ぎた二年生の夏。
 部活の仲間五人がそのうちの一人の家に一泊することになり集まりました。いつも先輩たちの厳しい練習に耐えている仲間が食材を買い揃え自分たちでカレーを作って食べることになったのです。
 食事のあと、誰彼ともなく恋の話になりました。そうなると自然と「好きな女の子は誰か」という話題になっても不思議ではありません。そのとき僕は「絶対言わない」と決めていたのですが、僕が「絶対言わない」と言うほどみんなは知りたがります。そのうち仲間の一人が僕を押さえつけもう一人がくすぐり始めたのです。ほかの二人ははやしてています。僕はくすぐりにとても弱いのです。結局、白状させられ僕の初恋の相手は知られてしまいました。
 翌日、学校に行きますと僕の好きな女の子の名前は友だちの間に知れ渡っていました。
 そして秋の文化祭。
 文化祭の最終日に食堂でうどんを食べていますと友だちがニヤニヤしながら近づいてきました。
「今日の四時に体育館の横でレイコさんに合わせてやるから告白しろよ」
 僕には青天の霹靂です。「そんなの無理だよ」僕がそう言うと友だちは続けました。
「ダメ。もうレイコさんには伝えてあるから」
 僕は行くべきか行かざるべきか悩みました。心はドキドキしています。そして午後四時…。
 僕が待っている体育館の横にレイコさんは来てくれました。オーラを発した笑顔のままで…。
 結局、僕の初恋は「告白した」というできごとだけで終わってしまうのですが、僕の高校生活は文化祭の数日後に実質的に終わっていました。なぜなら文化祭の数日後、僕は三階の窓からレイコさんがテニス部の男子生徒と楽しそうに下校する姿を目撃したからです。
 ああ、初恋の思い出…。
 コンビニから出てくると先ほどの女性がまだいました。そして僕と視線が合うと話しかけてきたのです。
「すみません。スカートが自転車にひっかかったんですけど見てもらえませんか?」
 僕が見ますとスカートの裾が後輪のブレーキの中に入り込んでいました。これでは自転車は動きませんし彼女も降りることもできません。僕は快く了承し時間はかかりましたが、無事に取ることはできました。彼女は何度もお礼を言い、深いお辞儀をすると走り去って行きました。僕も心の中でお礼を言いました。
「少しの間、ワクワクさせてくれてありがとう」
 実は、今日は僕の誕生日なのです。しかも節目の年令です。来し方を振り返ってみますといろいろなことがありましたが、「うまくいったこと」より「うまくいかなかったこと」のほうが多いように思います。なので、僕の場合は
「今日で、生まれてちょうど『反省紀』」
 じゃ、また。

紙.gifジャーック!




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