<顔>

pressココロ上




 前にも書きましたが、新しく開店しますと「物珍しさ」から多くのお客様が来店します。皆さん「試しに買ってみよう」という気持ちからです。お店としましてはそうした中からいかにして顧客につなげるかが勝負ですが、それはともかく開店当初はいろいろなお客様がやってきます。
 自分で言うのもなんですが、僕の新しい店舗の立地環境はあまりよくありません。店の前を通る通行人の人数は前の場所に比べますと100分の1くらいでしょうか。そんな場所ですから当然駅からは離れていますし、スーパーのような人が集まる施設もありません。午後7時を過ぎますと1時間に通行する人数も数えるくらしかありません。
 そのような最悪に近い立地環境に出店したわけですからお客様の中には「不思議がる」人もいます。「不思議がる」人の中には嫌味っぽい人と純粋な気持ちから「不思議がる」人の両方がいますが、先日は純粋な人が来店しました。
 「もうちょっと目立つところだったらいいのにねぇ」
 と言う言葉の中には「頑張ってね」という雰囲気が感じられました。そしてその方は近くにあるラーメン屋さんを指差して言いました。
「あのお店お客が入ってるのを見たことがないのよ…」
 当店の近くにはラーメン屋さんがあるのですが、そこはカウンター席だけのこじんまりとしたお店です。1階が店舗で2階を住居にしています。近所の情報ではそのラーメン屋さんはもう30年も営業しているそうです。僕はそのお客様に答えました。
「でも、夜にはお客さんが入ってますよ。それに常連客がいるみたいですし…」
 実際、そのラーメン屋さんには1週間に必ず2度は車で来店する中年夫婦もいます。小さなラーメン屋さんですので当然駐車場などありません。違法駐車を承知でわざわざ来店しているのです。
 このように店の前を一瞬しか通らない人にはそのお店の本当の状況はわかりません。僕は一日中そのラーメン屋さんを見ているわけですから本当の来店状況がわかります。しかし、通行人でしかないお客様には「来店しているお客さんが全くいないようにしか」見えなくとも不思議ではありません。
 僕が営んでいたラーメン店は昼の時間帯も売れていましたが、一般的には小さな個人営業のラーメン屋さんは昼よりも夜の売上げに期待しています。ですから夜だけしか営業しない小さなラーメン店もあります。当店の近くのラーメン屋さんも開けてはいますが、お昼の時間帯はあまり期待していないのではないでしょうか。その時間帯に通る通行人の人が「お客が入っていない」と思っても当然です。
 そのラーメン屋さんも当店同様立地環境が悪いのですが、きちんと固定客を掴んでいることが30年も続いている理由です。
 テキストにも書いていますが、どんなお店でも固定客はつきます。問題はその人数です。もっと正確に言うなら店舗の家賃や水道光熱費など固定費と生きて行くための生活費を上回るだけの売上げを確保できる人数です。その人数さえ確保できるならお店を続けることができます。つまり生活費を切り詰め店舗の家賃などの固定費を低く抑えることができるならそれだけ固定客の人数も少なくて済むことになります。
 今、固定費と生活費を切り詰めると書きましたが、もし固定費と生活費が重なり合う生活様式の場合はもっと少ない固定客で済みます。具体的には店舗付住宅の場合です。当店の近くのラーメン屋さんのような場合です。
 このようなケースでは店舗の家賃という固定費が生活費の一部分も兼ねていますのでそれだけ生活費を節約することができます。飲食店ですと食費も節約できます。このように住居付店舗のケースは店舗と住居が別の場合に比べて固定客はとても少なくて済みます。飲食店を長く続けるなら店舗付住宅が最適です。ただし店舗付き住宅にもそれなりに難しい問題はありますが、それはテキストに書いてるとおりです。
 それにしても30年も営業しているのは尊敬できる年数です。僕のように飽きっぽい性格ではできる芸当ではありせん。生まれた子供が30才になっているのですからその月日の長さがわかろうというものです。いくら固定客が少なくとも続けられる条件とはいえ簡単にできる長さではありません。
 では、その理由はどこにあるのでしょう?
 答えは「顔」です。イケメンかブサイクかの「顔」ではありません。そのお店が醸しだす雰囲気が「顔」です。そしてその「顔」は店主の人柄が作ります。当店の近くのラーメン屋さんも店主が作り出す「顔がいい」ことが長く続けられている大きな要因です。
 普通に考えて、大企業とまでは言わなくともある程度の大きさの企業と個人営業店ではいろいろな原材料や備品などの仕入れ値が違います。もちろん個人営業店のほうが高くなります。それは購入する数量が違うことが理由ですが、最近の言葉で言うなら「バイイングパワー」が違うからです。仕入れ値が違うのですから自ずと売価も高く設定せざるを得ません。つまり売価では個人営業店は企業に太刀打ちできないことを意味します。それでも30年続けているラーメン屋さんがいるということはその売価差を補ってあまりある「顔」がラーメン屋さんにあるということです。
 店の「顔」を作り出す店主の人柄は「いい」に越したことはありませんが、人間には性格による「好き」「嫌い」があります。性格的に「合う」「合わない」はどうしようもない要素です。この「合う」「合わない」は大切ですが、実はその前にもっと重要な要素があります。それは「合う」「合わない」の対象となる店側の人間がいつ行っても同じ人間であるかどうかです。
 ほとんどの企業おいてお客様と接する現場ではパートさんかアルバイトさんが仕事をしています。お客様にしてみますと時間帯や曜日により対応する店側の人が違っていることになります。つまり「合う」「合わない」の前にそのように感じる対象となる人間が定まっていないのです。
 それに比べ個人営業店は店主が現場でお客様と接しているのですからお客様が接する店の人間は必ず店主となります。または店主でなくともその奥さんか子供さんですのでこうした場合も店主と同じ役割を果たすことができます。個人営業店が企業に勝てる要素は正しくこの点しかありません。
 しかし、「言うは易し行うは難し」のことわざどおり店主ひとりで、もしくは近親の家族だけで店を営業しつづけることは容易ではありません。長時間労働、肉体的労働、細かな事務処理など大きな負担を覚悟しなければなりません。親類に不義理をすることもあります。これらはとてもとても辛いことです。そうしたことを考え合わせますと当店の近くのラーメン屋さんの凄さがわかろうというものです。
 ところで…。
 先日、問屋さんに電話をしました。商品について知りたいことがありましたので問い合わせの電話をしたのです。電話に出たのは、声の感じからして、僕と同じくらいの年令と思しき男性の声でした。つまりオッサンですね。
 いろいろな質問をしたのですが、それに対する返答の仕方が感じがよくありませんでした。全体的に「面倒くさそう」な雰囲気がしました。僕は早々に電話を切ったのですが、後味の悪いものでした。
 電話はもちろん顔が見えませんので声だけが相手に自分の印象を与えます。この男性はもしかしたら本当は親切な人かもしれません。しかし電話では声だけしか伝わりません。同じ返答をするのでも実際に会って返答するときとは趣が変わってきます。例えば声の感じが悪くとも顔の表情がよければ声の感じの悪さも気になりません。しかし電話では声だけが相手に与える印象になってしまいます。この問屋さんの男性は気がついていないのですね。電話では
「声が顔になる」
 じゃ、また。

紙.gif4コマ漫画
ジャーック!




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