<存在価値>

pressココロ上




 東京では30度を越える日が続いておりますが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか? 本日(19日)、ついに全国で梅雨明け宣言が出され夏本番です。子供たちも夏休みに入りいよいよ「ナツ~」です。
 そんな思いを抱きながら店頭に立っていました。ただでさえ売れない立地環境に店を構えていますが、この暑さでは尚更売上げが望めそうもありません。昔は、ラーメン屋さんなど飲食業は夏休みは1年のうちで最も売れていた時期でした。しかし10年くらい前からでしょうか、その傾向はなくなってしまいました。時代の流れでしょう。
 日中、店先を歩く人の姿は稀でホントに数えることができるほどです。はるか昔、環境の変化についていけず絶滅した恐竜の気持ちがわかるような気がします。
 先週のある日、クーラーなどない店内で首にタオルを巻き、数少ない通行人に「声出し」をしていました。どんなに暑かろうが「声出し」は商売の基本です。ないがしろにするわけにはいきません。実際、「買いそうもない」通行人の方が店先を通り過ぎたあと戻ってきて買ってくれることもままあります。そういうお客様はカウンター前に来ると言います。
「せっかく声をかけてもらったから」
 このようにして買ってくれる確率は運の調子のよいときでも20分の1。運の調子の悪いときで60分の1。平均すると58分の1くらいです。この確率は僕の感覚ではじき出した数字ですので正確ではないことをお断りしておきます。なにしろ先週のテーマが「数字」だったもので…。
 これほど確率が低くても声を出し続けるのはどこかで商売の神さまが僕のことを「ご覧になっていらっしゃる」と思うからです。地道にコツコツやっている者を神さまが「お見捨てになる」はずがありません。…たぶん。
 なので僕はどんなに暑く辛くても声を出し続けます。…そうは言いましても、怠け心がもたげてくることもあります。そういうとき僕の心の中では精進する心と怠け心が格闘しています。ややもすると精進する心は負けそうになることもあります。精進する心は常日頃鍛えていなければなりません。もし、「精進する心」用の大リーグボール養成ギプスがあったなら僕は必ず買います。
 そんな心の格闘を内に秘めながら店頭に立っていますと、60才過ぎの男性が通りかかりました。僕はすかさず「いらっしゃいませー」。すると男性は僕のほうを向き近づいてきました。
「暑いのに大変だねぇ」
 結論を言いますと、この男性はお客様ではありませんでした。地元の商工会の職員の方でした。商工会への勧誘だったのです。その日は簡単な商工会の説明だけでしたが、数日後また来ました。そのときは熱心に勧誘されました。僕的には商工会に入るメリットがある、とは思いませんので断ったのですが、その断り方には工夫が必要です。なにしろ相手は商工会の人ですから、地元でいろいろなことを吹聴されては商売に影響が出てきます。
 僕は、話題を商工会入会のことから少しずつそらしながら世間話に持っていきました。そうした中で「ラーメン店を営んでいたときの地元の商工会副会長」の話をしました。この話は以前このコラムでも紹介したことがありますので詳細は省きますが、簡単に言いますと「商工会副会長が経営していた会社が倒産したあとに、その社長婦人であった奥さんが寝込んでしまったご主人を支えるため保険外交員を始めていた感動話」です。感動話のあと僕は続けました。
「経営はどんなに一生懸命やってもうまくいかなこともありますよねぇ」
 僕としては、この話の要点は「元社長婦人の逞しさおよび精神力を称える」ことと「商工会の副会長だった人が潰れたのだから商工会の意味のなさ」の2つでした。僕の話が終わると、職員の方も話し出しました。
「私もね、知り合いの建設会社の社長が倒産してね、そしたらたまたま交通誘導員をやってるとこを見ちゃってさ。向こうも私に気がついたけどパッと目をそらしたんだ。私も声をかけなかったけど…。でも社長が交通誘導員になって…」
 職員の方には僕の意図が伝わらなかったようです。
 結局「職員の方を不愉快にすることもなくうまく断ることができた」と僕は思っているのですが、どうでしょうか。それにしても、職員の方が言うには「最近は会員がどんどん減って困ってる」とのことでした。その理由は個人事業主も含めて事業所の倒産、廃業が多いからだそうです。しかし、この傾向は時代の流れですから誰も止められないような気がします。
 ニュースを見ていましたら「漁船の全国一斉休漁」が報じられていました。昨年来のガソリン高騰が原因です。政府に対して対策を求める意図があるようですが、僕はニュースを見ていて疑問も感じました。
 この問題を考えるとき、食料自給率とも関係してくると思います。しかし、それはひとまずおいておきますと、問題の中心はガソリンの高騰です。ガソリンという経費が増大することが漁船の方々の経営を立ち行かなくしています。しかしガソリン高騰による経費増大、利益圧迫は漁船に限ったことではありません。トラック業やタクシー業など運輸業界も同様です。さらに言うなら当店の取引先である問屋業でさえトラックで配達しているのですから同様です。
 このようにガソリン高騰による弊害はほとんどあらゆる業界に起きています。そうしたときに漁船だけを優遇することが公平といえるのか、という問題が起きてきます。もちろん、全産業にガソリン高騰に対する補助を行うことは現実的ではありません。
 今から30年以上前、日本の繊維業界は米国への輸出で業績を伸ばしていました。しかしあまりにも日本からの輸出が増大したために、米国は国内の繊維業界を保護するために規制をしました。その結果日本の繊維業界は大打撃を受けたのですが、それでもいろいろな工夫をし新たな道を見つけて現在も生き残っています。「繊維を生産する」という単純な存在価値ではなくもっと高度な存在価値を見つける努力をした結果です。企業として新たな存在価値を創造した結果です。
 今回の「漁船一斉休漁」を考えるとき1つの疑問があります。それはガソリン高騰による経費増大を価格に転嫁できないのか? という疑問です。
 一般の企業は原材料が値上がりしたならその分を価格に上乗せしたり量を減らしたりして利益の確保に動きます。最近でも穀物を原料にした食品関係では多くの商品が値上がりしています。ならば漁業においても値上げをすれば…。
 ここで焦点となるのは「価格決定権」です。実は、僕もつい最近知ったのですが、漁業においては価格決定権は「魚を獲る」側にはないようでした。つまり流通構造がガソリン経費増大分を価格に転嫁できない構造になっていました。仕入れる側に言われるままに価格が決まってしまうのです。
 経済誌を読んでいましたら今回の「漁船一斉休漁」の影響について市場や小売業の方たちに行ったアンケートの結果が載っていました。それを読む限り「あまり影響がない」ようでした。その理由は輸入があるからです。
 先ほど、繊維業界の話をしました。繊維業界は米国の規制のあとも生き延びましたが、その後さらに試練に遭いました。それは東南アジアなど後進国による輸出攻勢です。日本より低賃金で作られた繊維製品がたくさん輸入されてきたのです。日本の輸出攻勢に困った米国と同じ立場に日本が置かれました。しかしその苦境も繊維業界は乗り越えて今も生き残っています。やはり新たな存在価値を創造することで生き残りに成功しました。東レや帝人は偉いのです。
 さて、結論。
 簡単ではないとは思いますが、漁業も新たな存在価値を創造することが生き残る唯一の道ではないでしょうか。
 ところで…。
 ある月曜日。僕が用事があり妻が先に店に行きました。僕が家にいますと妻から電話がありました。
「change(キムタク主演のドラマ)を録画準備するの忘れたからやってくんない?」
 僕は録画のやり方を知りませんでしたので妻が電話でこと細かく教えてくれました。普段は僕に話すときはいつも怒ったような声色ですが、こういうときは優しい乙女の頃のような声色になります。
 どうにか妻の指示通りに録画予定を終え、店に向かいました。僕は店に到着するなり開口一番「録画完璧!」と自慢しました。妻も満足そうな笑顔で応えてくれました。しばしの間の仲良し夫婦です。
 仕事を終え自宅に着くなり妻は僕たちの部屋に真っ先に向かいました。録画がちゃんと機能しているか確認するためです。
 しばらくすると妻が険しい表情で僕のところにやってきました。
「録画、できてない!」
 妻の怒ること、怒ること…。
 妻の興奮が収まったあと二人で晩ご飯を食べたのですが、その雰囲気の暗いこと、暗いこと…。
 僕としましても「申し訳なさ」を感じ、それを表すために正座をし背中を丸め身を縮めて食事をとっていました。妻も元気がなくときおり僕のほうを見てはため息をついたりしています。
 僕は恐る恐る上目遣いで妻を見ました。そのとき妻と目が合ったのですが、妻は目の表情までため息をついていました。
 録画もできない僕は、妻にとって存在価値がないのでしょうか…。
 じゃ、また。

紙.gif4コマ漫画
ジャーック!




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