<利益>

pressココロ上




 先週は忌野清志郎さんの訃報が報じられ、マスコミなどで特集が組まれていました。僕は熱烈なファンというわけではありませんが、好感は持っていましたのでNHKの特番を見ました。僕が知っていた曲は「スローバラード」くらいでしたが、その番組を見ていて僕が印象に残ったのは、会場に詰め掛けていたファンの人たちの眼差しです。
 僕が忌野さんに好感を持ったのはあるトーク番組を見たからです。忌野さんは番組の間中ずっとギターを抱えていました。トーク番組ですので歌を歌うことはなくお話をするだけです。なのにギターを抱えている姿に不思議な感じがしていたのですが、途中で疑問が解けました。忌野さん曰く「ギターを持ってないと気持ちが落ち着かないというか、恥ずかしい」。僕は忌野さんの人柄に詳しいわけではありませんが、外見が派手そうに見えながらも内面的にシャイな人はきっと「いい人に違いない」と思った次第です。
 そんな忌野さんのファンが忌野さんの一挙手一投足を見つめるのも当然といえば当然ですが、ファンの人たちは男女を問わず瞳がキラキラしていました。好きで好きでたまらない、といった気持ちが画面から伝わってきました。そこには損得を越えた純粋なファン心理が溢れていました。
 よくコンサートなどでチケットを買えなかったファンがダフ屋からチケットを買う光景が見られますが、正規の値段より高いのをわかっていながら買うのですから損得を越えた行為です。損を承知でお目当てのアーティストと同じ空気を共有したいという気持ちには計算高さのかけらもありません。
 たぶん、そうした気持ちはアーティストの方も同じではないでしょうか。楽曲が売れて儲けたいという動機もないことはないでしょうが、それ以上にファンと感動を分かち合いたいという気持ちが強いように思います。そうでなければ、功なり財を成したアーティストが音楽活動を続けるはずがありません。そこには利益よりも大切なものが存在しているように思います。
 米国の自動車業界ビッグスリーが苦境に立たされています。利益が出ないからです。クライスラーは破産してしまいましたが、政府の支援を受けて再建を目指すようです。そのクライスラーについて先週の経済誌に興味深い記事が載っていました。
 現在のクライスラーの筆頭株主が全米自動車労組(UAW)になったという記事です。本来、労働組合は企業から労働者の利益をできるだけ多く奪い取ることが目的ですが、その労働組合が企業の筆頭株主になってしまいました。「企業は誰のものか」は昨今、論議を呼んでいますが、第一義的には「企業は株主のもの」と考えられています。その前提で言いますと、クライスラーの現況は労働組合が自分たちの利益を多く取ろうとすればするほど株主としての利益を失うことになります。まさに、タコが自分の足を食べるようなものです。
 僕は、従業員を人とも思わない経営者には嫌悪感を抱きますが、同時に企業の業績を全く顧みることなく労働者の利益だけを要求する労働組合にも異議を感じます。大切なのは経営側、労働組合側双方が相手の立場を慮る気持ちで対処することです。その点では日本の企業は割合にうまく機能しているのではないでしょうか。細かいところではいろいろな問題もありますが、全体的には労使協調がうまくいっていると思います。
 それに比べ、米国の自動車業界は労働組合が強すぎる感があります。現在の米国自動車業界の苦境はこの弊害が積もり積もった結果といっても過言ではないように思います。以前読んだ経済誌の解説記事によりますと、ビッグスリーはUAWの要求に譲歩を重ね労働者の待遇をあまりに優遇させてきたようです。例えば、退職者年金などは日本とは比べ物にならないほど高額な金額を払う条件になっているそうです。その分を負担しなければいけないのですから、自ずと車の価格は高くならざるを得ません。そのような条件で日本車との競争に勝てるはずがありません。もしUAWが企業の業績にも関心を持ち対処していたなら現在のような苦境には陥らなかったのではないかと思えてきます。
 日本は労使協調がうまく機能していると書きましたが、日本の問題点は下請けに対する締め付けの強さにあります。いわゆる下請けいじめですが、経営側、労働組合側がお互いに強い要求をしない代わりに下請けに対して厳しい要求をしています。大企業が下請け企業に納期の短縮や納品価格の低価格化を押し付ける例はよく聞く話です。これは下請けに無理な要求を押し付け、そうして得た利益を労使で分け合っている構図です。この構図の根底でつながっているのが、昨今問題となっている非正社員への悲惨な待遇です。正社員が非正社員の人たちの待遇にまで思いを馳せるなら非正社員の問題はこれほど大きくならないように思います。
 こうした問題が日本で起きるのは労働組合の構成が米国とは違っていることも要因の一つです。米国の労働組合は日本のように企業単位ではなく産業別ですので大企業であろうが中小企業であろうが関係なく産業としての労働者待遇の改善を求めています。労働者としてはこのほうが公平な待遇を得られやすいでしょう。
 話がそれてしまいましたが、日本の問題点である下請けいじめも親会社が自分たちだけの利益を考えていることが原因です。こうした構図をもっと大きな視点で見るなら、近年問題視されている格差社会にも当てはまります。お金持ちが自分たちだけの利益を考えるのではなく、社会の底辺にいる人たちの利益についても考える気持ちになるなら格差社会も解消されるのではないでしょうか。みんなが自分たちだけの利益を追い求めるのではなく社会全体の利益を考えるようになることが社会の閉塞感を打ち破ることにつながるような気がします。
 先日テレビを見ていましたら、神社にお参りに行った帰りのおばあさんにインタビューをしていました。インタビュアーの「なにをお願いしたんですか?」という質問に対しておばあさんはこう答えていました。
「なにか御利益(ごりやく)があればいいなと思って…ハハハ」
 儲けを意味する「利益」(りえき)と神さまから恵まれる「御利益」(ごりやく)は、漢字は同じですが意味は全く違うように感じます。宗教に詳しいわけではありませんが、「御利益」(ごりやく)のほうは自分たちだけいうよりもっと広い意味での「みんなの幸せ」といったニュアンスを感じます。今後はどんな場合でも「利益」を「りえき」ではなく「りやく」と読むようにすれば世の中が平和で生きやすい社会になるような気がしたんですけどどうでしょう…。
 ところで…。
 忌野さんのファンは若い人だけでなく中高年の人たちも少なからずいました。こうした人たちはちょうど中高生の頃に忌野さんのファンになった人たちでしょう。そうしますと20年以上ファンを続けていることになります。
 特集番組では二十数年前の忌野さんの映像も流れていました。驚くべきは忌野さんの体型です。昨年あたりの映像と全く変わっていませんでした。つまり二十数年以上体型を維持していることになります。もし忌野さんが二十数年後に肥満などになっていたならファンも離れていったのではないでしょうか。
 そんな忌野さんに感心しながら映像を見ていましたら、妻がお風呂上りの格好で部屋に入ってきました。お風呂がよほど気持ちよかったとみえて顔を上気させ「フゥー」と大きく息を吐き無造作に立っている姿がそこにはありました。その姿には二十数年前の面影はかけらもありませんでした。
 じゃ、また。




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