<偶然>

pressココロ上




 先日の新聞に小さな扱いでしたが、興味を引かれる記事が載っていました。それは、有線放送業界についての記事で「違法配線が改善された」という内容でした。今頃になってそのような記事が出てきたのが不思議な気もしますが、たぶん、6月に「有線音楽放送事業の正常化に関する検討チーム」の調査報告書が発表されたことと無関係ではないでしょう。それはともかく、僕はその記事を見て、ラーメン店を開いたときの面白い体験を思い出しました。体験記では軽くしか触れていませんが、お店に有線放送を導入したときに「偶然」が起こした面白い出来事をお話したいと思います。
 プロといわれる人でも、新規開店に際してはとても忙しいものです。それを素人が開店するとなると尚更です。開店までにやらなくてはいけないことが山のようにあり、その一つ一つをこなすだけで精一杯です。ですから、本来は開店前に終えておかなければならないことを忘れることもあります。その一つが有線放送の申し込みでした。
 開店日間近になり、僕は「有線放送への申込み」を忘れていることに気がつきました。すぐに有線放送会社に電話で問い合わせをしましたところ、営業の方が訪問してくれることになり、日にちも決めました。
 さて、訪問日当日、既に開店日を過ぎていましたので、営業担当者を「今か今か」と待ち焦がれていました。すると予定の時間近くに、営業マンらしき男性が「あのぉ、有線放送なんですけど…」と店のドアを開けました。僕はうれしさを一杯に表し招き入れました。
 営業マンから契約内容について説明を聞き、申込書に印鑑を捺し、工事日を決め、営業マンは帰って行きました。僕は安堵していました。
 営業マンが帰ってから20分ばかり経った頃でしょうか。また違う営業マンらしき男性がドアを開けました。そして、こう言ったのです。
「先日、お電話をいただきました有線放送の者ですけど…」
「えっ?」
 僕は思わず驚きの声を発しました。そして、言いました。
「さっき、申し込みましたけど…」
 僕の返答に、僕以上に驚いたのはその営業マンでした。そして、焦った表情で事情を尋ねてきました。
 僕がことの次第を話し、それに対してその営業マンが状況を説明をし、そしてようやっと僕は「契約する会社を間違えていた」ことがわかりました。
 その営業マンの話によりますと、この地域で営業している有線放送会社は2つあるらしく、僕は「電話で問い合わせた有線会社」とは別の有線会社と契約をしていたのでした。僕にしてみますと、どの有線会社と契約しようと音楽さえ流れてくればよいわけですが、やはり、電話で問い合わせた会社と契約するのが道義上、適切な対応だと考えました。そこで、僕は間違って契約をした有線会社に連絡をとり、事情を話し解約をしてもらい、無事に「電話で問い合わせた有線会社」と契約をしなおすことができました。
 それにしても、偶然とは奇妙なものです。僕が訪問を約束していたその日時に、たまたま偶然にも別の有線放送会社の営業マンが訪問してきたのです。僕の早とちりで契約をした有線放送会社の営業マンも「やけに話が早いな」と不思議な気分にはなっていたようで、そうしたことが不満を表すこともなく解約に応じてくれた理由のようでした。
 先に書きましたように、僕にとっては「どの有線会社でも構わない」のですから、あとから来た「電話で問い合わせた有線会社」の営業マンは「自社と契約してもらおう」と必死に営業トークを展開しました。実は、僕が有線会社を契約しなおしたのは、「道義上」の理由以外に、この営業トークにも影響された部分があります。
 その営業マンの話では、僕の早とちりで契約した有線会社は「違法配線」をしている会社なのだそうでした。これはあとからわかったのですが、その有線会社は堂々と「違法配線」をしていることで有名な会社でした。やはり、違法配線の会社ではのちのちトラブルが発生しそうだったので変更することにしたのです。
 しかし、さらにずっとあとになってわかったことですが、実は、当時はほとんどの有線放送会社が「違法配線」をしていたのでしたが…。
 ここで簡単に「違法配線」について説明しますと、有線ですから電柱を使うことになりますが、その電柱を本来の所有者であるNTTに無断で使用したり、同様に許可なく道路を使用したりすることです。違法ですから犯罪にあたることで、実際、昔のことですが、最大手の有線放送会社の社長は逮捕されてもいます。それでも、違法状態は改まることなく現在まで続いていたことを、冒頭の新聞記事が伝えていました。
 今週の本コーナーで紹介しています「カリスマはいらない」はその有線放送会社の社長である宇野康秀氏について書かれた本です。ちょうど新聞記事を読んだあとに、偶然にもブックオフでこの本が目に止まり、手にした次第です。
 僕が宇野氏に注目したのは「有線放送の違法状態を正常化した」という記事を数年前に目にしたときでした。僕自身の経験から、有線の違法状態は頭の隅に残っており、それの正常化は並大抵ではない、と思っていました。考えてみてください。全国に展開している有線放送ですから、違法状態で使用している電柱の数は尋常では考えられないほどの量のはずです。ですから、それをやってのけた宇野氏に関心を持つようになっていました。
 では、宇野氏をご存知ない方のために、宇野氏について簡単に紹介したいと思います。
 基本的に、宇野氏は「いい人」と僕は感じています。もちろん、会ったことも話したことも握手したことも全くありませんが、様々な報道に接し、総合的に判断して「この人、いい人」と思っています。しかし、本コーナーで「カリスマはいらない」を紹介するにあたり、amozon を見たところ、レビューでは宇野氏に対して批判的なコメントが多数ありました。ですので、僕は擁護の側面から宇野氏について書きたいと思います。
 宇野氏は人材派遣企業であるインテリジェンスの創業者です。いわゆる、昨今流行りの若手起業家でした。しかも、「イケメン」として有名でした。若手起業家に出会うと、リクルートかIBM出身者に当たると言われますが、宇野氏も元リクルート社員でした。しかし、ほかのリクルート出身起業家と違い、宇野氏は広告代理業のリクルート本体ではなく、リクルートコスモスという不動産関連の企業出身と知ったのは、「カリスマはいらない」を読んでからです。
 宇野氏はインテリジェンスを軌道に乗せたあと社長の座を譲り、父親が創業した有線放送会社の経営を引き継ぎました。しかし、引き継ぐ時点での有線放送会社の状況は決して芳しいものではなく、「違法配線」のほかに財務的にも厳しい状態でした。そうしたマイナスのスタートから始め、現在では社会からも認められるIT企業に発展させたのですから、その経営手腕は賞賛されてもいいように思います。
 僕が初めて宇野氏の顔を見たのは今から6~7年ほど前のサンデープロジェクトというテレビ番組です。司会の田原氏が若手起業家を集めて対談する企画でした。番組には宇野氏のほかに2名の宇野氏と同年代の起業家が出席していたのですが、宇野氏の受け答えはほかの2名とは違っていました。
 宇野氏には、若手起業家にありがちな気負いや過信といった雰囲気が全く感じられませんでした。実際、宇野氏以外の若手起業家には自らの能力に対する自信や自らが演出するカリスマ性が見え隠れしていました。それに対して、宇野氏の受け答えは常に落ち着いた口調で上滑りな言葉を発することがなく淡々としていた印象があります。特に、目が澄んでいたように思います。因みに、番組に出演した宇野氏以外の起業家はのちに問題を起こしてマスコミから糾弾されています。
 今週は、ちょっと宇野氏を褒めすぎたかなぁ。でも、まぁ、新聞でたまたま有線についての小さな記事が目に止まり、そのすぐあとにブックオフで偶然に本を見つけたので、「偶然」ということでお許しください。たぶん、読者の皆さんが、僕のコラムを読むようになったのも偶然ですよねぇ。
 ところで…。
 多くの若手起業家が「カリスマ」になりたがる傾向がある中、敢えて「カリスマ」を否定する宇野氏の姿勢に僕は好感なんですよね。それにしても、amazon で批判コメントが多かったのは予想外でした。でも、昔なにかで読んだんですけど、「批判が多いということは、それだけ成功した証」だそうです。そうかもしれないですね。だって、僕、批判されることがほとんどありませんから…。
 じゃ、また。
 追伸:妻以外には…。




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