<屁理屈>

pressココロ上




 今の政治の状況をまさに象徴していると思ったのが復興予算の使われ方でした。先月からマスコミ報道によって少しずつ表面化してきましたが、なんと復興予算が被災地以外に使われていたことが判明しました。この問題はマスコミが報じたことでなんとか回避されそうですが、マスコミのチェックが働かなかったことを想像しますと怒りを感じる意外に感想はありません。なにしろこの復興予算の原資は私たち国民の所得から徴収した税金です。この法案が成立するときにあまり反発の声が上がらなかったのは国民全員が東日本大震災の苦痛を共感しようという善意の気持ちがあったからにほかなりません。そういう善意を踏みにじるかのような税金の使い方に怒りを覚えない国民はいないでしょう。
 被災地以外に復興予算を使うことになった理由を聞きますと、思わず笑わずにはいられないような屁理屈が言われていました。本当に「理屈」ではなく「屁理屈」です。
 例えば、調査捕鯨に対する反捕鯨団体の妨害活動への対策費として23億円がばら撒かれ、核融合に関する研究拠点を青森県と茨城県に作るための費用として42億円がばら撒かれています。これらは普通に常識がある人なら誰でもが「被災地の復興に関係がない」と感じる内容です。たぶん小学校高学年の子どもでもわかることだと思いますが、現実にばら撒かれていました。
 それでも高学歴の官僚と日本をよくするために政治家になった方々が考えた法律ですから、百歩譲って「調査捕鯨は東北地方が少しは関係しているようですし、核融合の研究にしても今回の被害の多くが原発事故が大きな原因でしたから、まぁいいか」と無理やり納得することはできます。しかし、どう考えても「無理だろ!」と思えるのが「東京の荒川税務署の改修工事が復興予算で行われていたこと」です。これについて、城島光力財務相は「納税者の来訪が多い庁舎で、将来の巨大地震に備える必要がある」と説明していましたが、この説明にはただ笑うしか対処のしようがありません。大の大人が議員が集まる委員会の場で答える内容ではありません。本当に、本気でこのような理由を考えていたのでしょうか…。
 いろいろなマスコミの報道を読みますと、こうした屁理屈でしかない理由で予算を獲得できたのは復興基本法に問題があることが原因のようでした。つまりどう考えても屁理屈としか思えない理由であっても復興予算を使えるように書いてあるのでした。そうであるならば復興基本法に問題があるのですが、当時批判の声が上がらなかったことを思うと、誰も詳しく基本法の内容にまで踏み込んで調べた人はいなかったことになります。まさにどさくさにまぎれて作られた復興基本法といわざるを得ません。ですが、それとともに痛感するのは官僚と政治家の予算に対する自覚のなさです。
 自覚とは常識に対する自覚ですが、自覚があったなら被災地に関係のない事業に使われることに躊躇するはずです。しかし、そういった気配が全くなかったのですから自覚がなかったと断罪されても仕方ないはずです。現在、日本の国家予算は約半分が国債という借金で賄われていますが、借金が増え続けるのも当然のことと思わされる今回の出来事でした。このような自覚で国家予算を編成しているのですから赤字国債から抜け出せないのも当然です。
 いつから指摘されていたかも忘れてしまいましたが、借金を減らさなければいけないのに減らすどころか増やし続けている官僚と政治家は親の脛をかじりながら生活をしている甘ったれ放蕩息子のようなものです。少し前、ある製紙会社の会長がギャンブルに数十億円を負けてしまいその負け分を子会社から融通させていた事件がありましたが、借金をすることに麻痺している大人は大人の資格がありません。まさに官僚と政治家は同じようなことをしているのですから大人の資格がないように思います。僕たち国民は大人の資格がある大人を国会議員に選ぶ義務があります。
 話は変わって…。
 石原都知事が知事職を辞任をして新党を作るようですが、僕には驚きよりも悲しさしか感じませんでした。石原氏は80才だそうですが、そのような高齢者が日本という国の政治に責任を持てるのか、疑問です。石原氏がこのような行動を取れるのは自分に自信があるからでしょうが、いったいいつまでどこまで自分に対して自信を持ち続けられるのでしょう。僕からしますと、傲慢さとしか映りません。
 石原氏と一緒に会見を開いた平沼氏にしても体調的に政治家を続けるのは無理なような印象を持ちました。たぶん、多くの人が僕と同じ感想を持っていると断言できますが、僕も自信がありすぎでしょうか。
 石原氏たちは民主党と自民党以外の選択肢としての第三極を目指すそうですが、それも僕には理屈になっていないように思います。政策的にも必ずしも一致しているわけではなさそうですし、単に民主党でもなく自民党でもない三番目の選択肢であるならなんの意味もありません。しかも年齢的に無理がある政治家の集まりです。僕には第三極を作るという名目も屁理屈のようにしか聞こえません。本当の理由は、「もう一度政治の中心に立ちたい」というところにあるように想像しているのですが、僕は意地悪な中年おじさんかもしれません。
 それはともかく、復興予算の件も石原氏の件もどちらも僕からしますとその理由が屁理屈のようにしか思えないのですが、屁理屈の一番の問題はクサ~いことなんですよねぇ。
 ところで…。
 今さっき偶然にもりそな銀行の細谷英二元会長の訃報を知りました。細谷氏は僕が好きな経営者のひとりだったのですが、67才という年齢はあまりに若すぎます。原因など詳しいことは報道されていませんが、激務が原因のひとつであろうことは想像がつきます。
 復興予算の件はつまるところ人が持つ欲がその根本的原因ですし、石原新党も政治家としての欲がさせる行動だと僕は思っています。そうした人が多い中で細谷氏の私利私欲とは無縁な生き方を貫いていた姿が忘れられません。ご冥福をお祈りいたします。
 …じゃ、また。




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