<阿部ちゃんとトオル君>

pressココロ上




 僕、お得意の人物対比コラムですが、今週は俳優の阿部寛さんと風間トオルさんです。お二人とももう50才前後ですが、ファッション雑誌のイケメンモデルから俳優に転進した足跡は同じです。
 あえて二人をわけるなら阿部ちゃんが大器晩成型で、トオル君が早期出世型でしょうか。どちらの人生が成功なのかは本人の気持ち次第ですが、現在も芸能界という厳しい世界で生き残っているのですから、どちらも立派な勝ち組です。
 実は今回、この二人を取り上げるきっかけになったのは、先日風間トオルさんが幼少期の極貧生活をバラエティ番組で話している、と妻から聞いたからです。それで今回取り上げるに際して調べたところ、最初に極貧生活を披露したのはもう4年も前の徹子の部屋でした。あれから4年も経つのにまたその話で注目されているのはちょっと違和感ががなくもありませんでしたが…。
 僕は、以前から阿部ちゃんという人にいい意味で興味を持っていました。そんなときに本屋さんでたまたま「阿部ちゃんの悲劇」という本を手に取りさらに好感を持ちました。
 僕が阿部ちゃんを初めて見たのは、もう今から30年くらい前のことです。当時、金曜深夜に山田邦子さんがMCを務めていた「いきなりフライデー」という番組がありました。現在では深夜とは言わないかもしれませんが、毎週仕事から帰って家に着いた深夜の1時ころ晩御飯を食べながら妻と見ていました。ほかの出演者は渡辺徹さんと森末慎二さんでした。のちにゴールデンに進出してKANさんの「愛は勝つ」などのヒットソングを輩出しますが、そのころはまだテスト段階といった感じで深夜に思いっきりやりたいことをやっていた感じでした。
 因みに、番組の冒頭に流れていたのがデビューしたばかりのBoowyです。曲名は忘れてしまいましたが、ポップでリズミカルなメロディーと氷室さんの歌い方は衝撃でした。
 その番組にある日、新人の俳優として出演したのが阿部ちゃんとトオル君でした。どちらもモデルから芸能界に転進したということで注目されて出演していたように記憶しています。ですから、先ほど「俳優」とは書きましたが、活動の場をファッション雑誌から芸能界に変えたというのが実際のところで、その時点ではまだ俳優になれるかどうかも定かではなかったのではないでしょうか。
 僕が阿部ちゃんに好感を持ったのはそのときの雰囲気でした。山田邦子さんはお笑いタレントですから、よくあるように「私、いい男大好き~」とはしゃいでいましたが、そんな言葉に浮かれることもなく、そしてでしゃばることもなく、うつむいてただはにかんでいるだけでした。
 それに対して、トオル君はそつなく言葉を返し、ときにはユーモアを交え、その場を盛り上げる術を知っているような器用な人という感じでした。トオル君をそれ以外の番組でも見たことがありますが、どの場面でも受けるところは受け、言葉遣いもファッション同様におしゃれで、プロデューサーなどスタッフに受けるポイントがわかっているように映りました。
 ですから、この時点では阿部ちゃんは外見とは似つかわしくなく、雰囲気もおしゃれではなく空気の読み方もよくわからない感じに映り、芸能界には向いてないような印象さえ受けました。でも、僕は、そこが好きだったのですが…。なんていいますか、世の中に「擦れてない」ところが好感でした。
 阿部ちゃんの本によりますと、ファッションモデルは30才までが限界のようで、その年齢以上になると使い物にならないそうです。ですから、それ以降の仕事は自分で探す必要があるそうでした。ファッションモデルから転進した当初は、珍しさと新鮮さがありいろいろな番組に呼ばれますが、一通り回りますとそれで終わりです。そのときになにかしらスタッフに印象の残る場面を作らないとそれで終わりです。これは今も変わりませんが、幾つか引き出しを持っていないと消えていくことになります。
 こうした状況はどこの世界でも同じで、スポーツ界を見渡しても同じ状況がおきています。スポーツの世界は、常に引退する選手が出てきますから、解説者として使ってもらうのも容易ではありません。解説者という立場を確保するのにも不断な努力が必要です。
 さて、阿部ちゃんのお話。
 皆さん、お気づきかどうかわかりませんが、阿部ちゃんはここ数年ずっとCMに出演し続けています。これはすごいことで、たぶんたくさんいる芸能人の中から選ばれるのは並大抵のことではないはずです。
 ですが、阿部ちゃんの本によりますと、それを可能にしているのは事務所の社長の力だそうです。社長は「芸能人は、どんなときでも優雅にデンと構えていなければいけない」という考えの持ち主で、俳優としての仕事がなくて「みみっちぃ人間にならなくていいように」CMの仕事をとってくるそうです。なんと素晴らしい社長さんでしょう…。そうした事務所社長の方針が今の阿部ちゃんの活躍を支えているように思います。どのようにしてとってくるかまでは書いてなかったのが残念です…。
 もちろん、阿部ちゃん自身の努力もあってのことでしょうが、それと同じくらい阿部ちゃんの資質も関係していると思います。阿部ちゃんの素朴で真面目な性格が社長を動かしたのではないでしょうか。もし、阿部ちゃんが下手に器用で世の中の立ち回りがうまい性格であったなら、現在の成功はなかったように思います。
 先日、ラジオを聴いていましたら、現在はゴーストライターのような仕事をしている、という男性が一般人として電話で出演していました。そのときに興味深かったのが、その方が今から7~8年前に小説家を目指していたときの話です。
 ちょうど同じ時期に、現在ベストセラー作家になっている百田尚樹さんが小説を書いていたそうです。百田尚樹さんは現在映画もヒットしている「永遠のゼロ」の著者です。百田さんは一昨年あたりからベストセラーを連発していますが、7~8年前に「永遠のゼロ」を出版社に持ち込んだところ、どこも「こんな話は絶対に売れない」と相手にされず、出版を断られたそうです。
 この男性が言うには、「僕は生活のために小説を書くのをあきらめたのに、そのまま続けるだけの資産があった百多さんがうらやましい」というお話でした。それにしても、現在累計で400万部以上売れている本が、出版社から全く相手にされていなかったというのは興味深い話です。出版社って売れる本を見抜く目利きがないことを示しています。
 僕は、ときたますごくハマる歌に出会いますが、また出会ってしまいました。下田逸郎さん作詞作曲の「泣くかもしれない」です。詞が秀逸で涙なくしては聴けません。
 下田逸郎さんと聞いてどれくらいの人が知っているでしょう。
 幾度か書いていますが、僕は特に音楽に詳しいわけではありません。ですから、マニアックなシンガーを知っているわけではありませんが、たまたま下田さんは印象が残っています。それはシンプルな歌を歌う人というイメージがあったからです。年代でいいますと、吉田拓郎さんとか山下達郎さんと同年代です。
 僕の中では山下達郎さんとシンクロしています。名前が似ていることが理由ですが、どちらも独特の感性を持っていてヒットを狙うというよりは音楽性を追求するタイプです。僕が中学高校の頃に音楽雑誌といえば、週刊明星の付録としてついていたヤングソングという小雑誌です。この雑誌にギターコードが書かれていて、そのコードを見ながら歌を歌うのが青春でした。
 山下達郎さんは有名なヒット曲がたくさんあり有名ですが、下田逸郎さんはマイナーです。しかし、売れることを自分から拒否している節が僕には感じられます。アーティストの生き方には大きなタイプがふたつあり、ひとつは有名になって売れる歌を作る方向へ進むタイプで、あとひとつは売れることよりも自分のやりたい音楽を作り続けるタイプです。
 阿部ちゃんにしてもトオル君にしても芸能界への出発点は同じでもその後の生き方はさまざまです。自分の力だけではどうしようもできないこともあるでしょうし、自分の気持ちに正直に生きるかどうかによっても違ってきます。
 ただ言えるのはすべては「棺を蓋いて事定まる」ということだけです。
 あ、そういえば護煕さんと純一郎さんはどうするのでしょう。どちらも人生の後半になって手を携えることになるとは想像もしてなかったでしょう。
 じゃ、また。




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