<思い込み>

pressココロ上




 いやぁ、今年もあと4日です。毎年同じ言葉を繰り返しますが、本当に1年の経つのは早いものです。昨年は心臓の手術をするという僕にとっては今までに経験したことのない一大事業がありましたが、今年はそういう重い病気になることもなく、無事に今年を終えられそうと思っていました。
 しかし…。
 先月の終わりのころです。夜中の3時ころに胸の痛みで目が覚めました。なんとなく心臓の鼓動が大きくなっているように感じます。僕は身体の向きを左に変えたり右に変えたりいろいろ試してみましたがなかなか納まりません。不安にかられながらもじっと我慢をしていますと、40~50分を過ぎたころでしょうか。少しずつ落ち着いてきました。
 昨年手術をしているだけに、やはり心臓のことが頭をよぎります。手術のあとの先生のお話では「再発の可能性がある」と告げられていました。しかし、そうした例もそれほど珍しいことではないらしく、再度同じ手術をすることで根治するということでした。
 そうした記憶がありましたので今回の胸の痛みは「それ」なのかな、と思っていました。僕のコラムを読み始めてまだ日が浅い人のために昨年の心臓の手術について簡単に説明いたします。
 心臓の病気にはいろいろな種類がありますが、基本は心臓が正常に動かないことです。そして「正常に動かない」症状のひとつに電気の異常発生があります。もちろん僕もそれまで知らなかったのですが、なんと心臓は電気を発生させて動いているのでした。
 僕の場合はその電気の伝達に異常がある症状でした。専門用語でいいますと、リエントリーというらしいのですが、電気が伝わる系統がなんらかの異常を起こし何度も繰り返すことでポンプとしての動きが通常の倍くらいになっていました。僕の感覚でいいますと、心臓のドキドキが激しくなり、脈拍が早くなり、息をするのも辛いどころか苦しくなる症状でした。
 これに対する手術というのは肩と足の根元からカテーテルを入れて電気の系統を焼き切ることでリエントリーの発生を抑えるものでした。簡単なケースでは40分くらいで終わるらしいのですが、僕の場合はその系統が多かったそうで2時間以上かかってしまいました。
 そのような経験がありましたので、やはり胸の痛みに対しては敏感にならざるを得ません。しかし、人間というものは不安から目をそらすことで不安な気持ちを遠ざけようと考える生き物です。ですからすぐに病院に行くことはせず、しばらく様子をみることにしました。
 最初のときは発作が起きるのは夜中の3時頃で、週に2回程度でした。しかし、その頻度が多くなり、最後は1日に3回も起きるようになってしまいました。この痛みというのは決して弱いものではなく普通に立っているのもできないくらいの激しいものでした。ですから、発作が起きたときはうずくまるか椅子に座って目を瞑ってじっと動かないでいるのが唯一の対処法です。ですから、1日に3回の発作はさすがに病院に行かざるを得ない状況ということになります。
 僕が手術をしたのは大きな大学病院ですが、術後に大学病院に通院するのはできるだけ避けたいと思っていました。なにしろ自宅からかなり離れていますので時間も電車代もかかりますし、一番悩みなのが待ち時間です。大きな病院の一番の難点は診察を受けるまでの時間の長さです。
 ですから、僕は術後の最初の診察で先生にお願いをしました。
「僕のかかりつけの診療所で診察を受けたいんですけど」
 この申し出を先生は快く受け入れてくれました。なんとなく僕の印象では、僕のような考えの人が増えることを望んでいるように感じました。ですので、僕の心臓手術のカルテなどはすべて僕のかかりつけの診療所に持って行っていました。
 ですから、今回の症状が出たときは自ずとその診療所へ向かうことになります。
「先生、去年手術のときと同じ症状が起きたのですが…」
 僕の話に先生は驚くふうもなく「申し送り書に手術の影響で心臓の血管が痙攣を起こす可能性があると書いてありました」と話しました。そして、3つの薬が処方されたのですが、そのうち2つは夕食後に服用するものです。問題は残りのあとひとつでした。
 ニトログリセリンです。
 この名前はこれまでに聞いたことがありました。以前、大学時代の友人が狭心症を発症したときに処方されたと聞いた薬です。突然に心臓が痛くなったときに発作を抑えるために飲む薬です。友人は命の危険と隣りあわせで人生を送っているようで、なんとなくドラマの世界のような感じがしていました。その薬をいよいよ僕も携帯することになったのです。僕もドラマの参加者の資格を得たことになります。ちょっと、うれしい気持ちがしないでもない…。
 先生や薬剤師さんにはニトロの飲み方を指南していただきました。決して飲み込んだり噛んだりしてはいけないらしく、舌の下に置いて溶かすのが正しい扱い方だそうです。舌の下で溶かすことですぐに心臓に効果が伝わるそうです。
 先生は「2種類の薬で症状は出なくなるはずですが、もしそれでも症状が出たときにニトロをすぐに飲むように」指示しました。効果は覿面のようで5分もしないうちに痛みが楽になるとのことでした。ですから、眠るときもすぐに使えるように枕元に置いておくように言われました。処方されたニトロは4錠です。
 これだけしっかりと教えてもらいましたので、不思議と心が楽になりました。僕の心臓のことも手術の内容も理解している先生がきちんと説明してくれているのですから、これほど心強いことはありません。僕の心の中では「たぶん、もう発作は起きない」という気持ちが起きていました。
 ところが、その夜のことです。悲しくも発作が起きてしまいました。僕はすぐにニトロを舌の下に入れました。
 ニトロが溶け出していくのが、なんとなくわかるような気がしていました。少しずつ少しずつ…。効果は2分もしないうちにあらわれるはずです。1分経ち、2分経ち…。
「あれ、? 効果があらわれない…」
 3分経ち、5分経ち…。本来なら痛みがなくなるはずです。ところが、なんの効果もありませんでした。結局、ただただ40分くらいじっと我慢して収まるのを待つしかありませんでした。
 こうした状況は次の日も次の日も続きました。つまり、薬に効果がなかったことになります。しかし、仕事がありますので気安く病院に行くわけにもいきません。僕は早く次の休みが来ることを願っていました。
 そして、いよいよ病院に行ける日の前日のことです。いつもと同じように発作起きたときにふと思いました。
「あれ、? もしかしたら脈が早くなっていないかも…」
 僕は最初に病院に行ったときに、先生に言いました。
「前回と同じ症状になってしまいました」
 僕は発作が起きているときに自分で脈を計ってみました。すると、どうでしょう。脈はいつもと同じ早さを打っていました。これはどういうことか…。
 冷静に考えてみますと、心臓の薬が全く効果を表さず、それで脈も正常であるなら、これは心臓の異常ではないことになります。僕はネットで調べてみました。すると、どうでしょう。狭心症と似た症状として逆流性食道炎という病気があることがわかりました。
 これだ!
 実は、2ヶ月ほど前から食事のときに食べ物を飲み込むときに咽喉にひっかかるものを感じていました。しかも、今の発作の症状も胸が痛いのと同時に咽喉の奥がヒリヒリする痛みがあることを自覚するようになりました。最初のときに心臓の異常と思い込んでいたために咽喉の奥のヒリヒリ感を自分自身で見逃していたのです。思い込みから開放されて初めて自分の感覚も正常に働くようになったのでした。
 次回、病院に行ったときにそうしたいきさつをお話して、最終的には逆流性食道炎という診断になり、薬を処方されて現在快方に向かっている状態です。
 今回の一連の出来事を自分なりに眺めてみたうえでの僕の今年最後の教訓です。
「思い込みはモノの見方を誤まらせる」
 読者皆様、今年一年、ありがとうございました。
 じゃ、また。来年~!




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