<責任の所在>

pressココロ上




 僕はほぼ毎日夕方に妻とふたりでマックにコーヒーを飲みに行っています。今の文章に「仲良く」を入れようかとも考えましたが、結婚して35年も経っており今さら「仲良く」もありませんので控えました。
 この生活パターンになってかれこれ4年半くらいになりますが、「ほぼ毎日」なのは理由があります。買い物のついでに行くからです。ですので大手スーパーのフードコートに入っているマックです。ほぼ毎回注文するものは同じです。コーヒーの「S」サイズです。このときほかのお客さんと少し違うことがあります。それはコーヒーにつける砂糖とミルクの数です。妻が普通の人より図々しいのでそれぞれひとつ多くもらいます。ですから、コーヒー2つに対して砂糖もミルクも3つずつもらっています。
 「ほぼ毎日」行っていますので店員さんたちは妻の顔を見ますと、注文を受ける前にコーヒー2つと砂糖とミルク各3つを出す準備に入ります。店員さんたちの動きを見ていますと、それがわかります。
 ことしの3月くらいだったでしょうか。ちょっと小太りで身長が高く黒縁の眼鏡をかけた20代後半とおぼしき男性が新人として働くようになりました。制服から推測しますと、社員ではなくアルバイトのようでした。実際、入店する時間帯はいつも夕方からでした。
 この男性は一見するとドンくさい感じがしましたが、案の定入店当初の働き方はやはり素早い動きとはいえませんでした。彼のことを僕たちはふたりの間で「木偶の坊(でくのぼう)」から「デク」と命名していました。しかし、1ヶ月が過ぎ2ヶ月が過ぎる頃には見違えるほどテキパキと動くようになっていました。今では新人さんに仕事を教える立場になっています。
 妻の注文を新人さんが受けるときがありますが、そのときにデクさんはさりげなく砂糖とミルクを3つ用意します。その手際のよさには感心することしきりです。
 それほどの立場になっていますので現在では曜日によっては責任者にもなっているようです。社員の身分ではないようですが、責任者になっているのは間違いありません。なぜなら、社員がひとりもいない状況でデクさんと若いアルバイトさんだけの人員構成のときもあるからです。
 マスコミで伝えられていますが、現在のマックの業績はあまり芳しいものではありません。ニューストピックスでは売上げが25%も減少していることを伝えていたほどです。そんな中、僕たちが行っているマックは売上げが持続しているはずです。4年以上通っていますのでお客さんの並び方でだいたいの業績は予想することができます。
 このようにそれなりに忙しい店舗でありながらアルバイトさんやパートさんだけの人員構成で店舗を運営させています。今の時代は小売業や飲食業でよく見かける光景ですが、普通に考えるならすごいことです。
 ですが、ここで疑問に思うこともあります。それは責任という観点からです。もしなにかしら問題が起きたときに「その責任を負うのは誰か」という問題です。最終的には企業が負うのは当然でしょうが、現場の責任者という観点も必ず生ずるはずです。そのときに社員でない人間が責任を負わされるのは適当ではありません。働く側からしますと、アルバイトの身分で働いていて重い責任まで負わされるのではたまったものではありません。
 大手宅配便会社を定年退職した方と話す機会がありました。そのときに業務内容についていろいろな角度から話を聞いたのですが、気になったことがあります。それは正社員がアルバイトの人たちに正社員と同じ業務内容および業務姿勢を求めていることです。ごく普通にそうした感覚になっているようでした。
 例えば、アルバイトもサービス残業をするのが当然という感覚です。仕事には真剣に取り組むべきという発想からでした。いい悪いは別にして今の時代は正社員がサービス残業するのは当たり前という風潮があります。しかし、それを社員より待遇が低いアルバイトにまで負わせるのは問題があります。しかも会社側ではなく社員の立場の人間がその感覚になっていることが問題です。
 これではいつまで経っても従業員の環境が改善されることはありません。このような宅配業界の感覚は今の労働界の状況を象徴しています。現在の労働組合の組織率は25%くらいです。これでは労働者の代表とはいえません。この原因のひとつに非正社員の増加があります。そして、正社員の非正社員に対する上から目線があります。
 今最もニュースで注目されているのは大手不動産業者が販売したマンションが傾いている問題です。杭が正常に打ち込まれていないことが原因ですが、杭打ちを請け負った企業の幹部が会見をしていました。報道ではひとりの担当者に責任があるような流れになっており、また会見で幹部はその担当者の人物像についても批判的に発言していました。
 またニュースではその担当者は子会社から出向してきた契約社員だということを伝えていました。こうした構造こそ僕が問題と感じる点です。そのような重要な役割を正社員でない人物に任せることの是非を検討してほしいと思っています。建設業界に限らずどんな業界でも仕事というのは元請から下請けへとどんどん仕事を振られるのが一般的です。その中で下請け企業にだけ責任を押し付けるのであれば、元請企業など必要ないということになります。この元請けと下請けの関係は正社員と非正社員の関係に似ています。
 本来なら非正社員は正社員の補助の役割を担うべきものです。それを最近は正社員並みもしくはそれ以上の役割を背負わせるような構造になっています。繰り返しますが、それを求めているのは正社員です。俗な言い方をするなら、僕には正社員が自分たちが楽をしたいから責任を押し付けているように感じられます。これは労働者間の対立です。
 こうした状況は経営者側にとっては好都合です。労働者の分断が起きているからです。経営者にとって恐いのは労働者が団結することです。それを労働者自身が壊しているのですから経営者にとっては好ましい状況といえます。
 この状況を昔ふうにいいますと、正社員が非正社員から儲けを搾取していることになります。これではいつまで経っても労働者の環境は向上しません。正社員の人たちは自分たちの立場だけの向上を考えるのではなく、非正社員の人たちの環境についても心配りをすることが大切です。そうでなければ回りまわって正社員の中でも分断が起き、ほんの一握りの正社員だけが優雅な生活を送る社会になります。そうした社会がいつまでも繁栄をするとは思えません。繁栄どころか成り立つとは思えません。
 シリアや中近東からEUに向かって押し寄せている難民の映像を見ていますと、一部の人たちだけが繁栄する社会はいつしか崩壊するような気持ちにさせられます。ドイツでは難民流入を阻止する団体と歓迎する団体の対立があるそうです。僕が肝に銘じている箴言に「遠くにいる者ほど正義を叫ぶ」と「責任を負わなくていい者ほど優しくなれる」があります。ですから、安易に難民流入反対を叫ぶ人たちを非難する気持ちにはなれません。ただただよい解決策が見つかることを祈るばかりです。
 僕の近くの問題としては沖縄の基地問題がありますが、これも基地返還に関しては沖縄の県民自体が一枚岩ではありません。大切なことは本土の人たちも沖縄の基地問題を他人事のように思わないで自分の問題として捉えることです。
 じゃ、また。




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