<マタハラ>

pressココロ上




 ラーメン屋を営んでいた頃、30才前の主婦が働いてくれていました。まだ結婚して1年くらいで新婚の部類に入る方でした。ご主人は大手自動車のディーラーに勤めている方でお二人が知り合ったのも職場だったそうです。
 そのパートさんの言葉でとても印象に残っている言葉があります。それは御自身のキャリアウーマン時代の言動について反省している言葉でした。それは同姓に対する自分の言動に対するものでした。
 飲食業の重要な戦力は間違いなく主婦の方々です。飲食店は正社員はほんのわずかでほとんどを非正規社員で運営するのが基本です。そして非正規社員といいますと、学生さんか主婦の方です。そして学生さんが働けるのは学校が終わる夕方からですのでそれまでの時間帯は主婦の力に頼るしか術はありません。飲食業は人がいなければ成り立たない業種です。
 しかし、一口に主婦といいましても年齢の幅があります。このときに経営者として最も安心できるのが中年以上の方です。理由はお子さんの世話が関係してくるからです。
 テキストにも例を上げていますが、小さなお子さんがいる主婦の方は雇用する側としてはとても不安です。小さなお子さんが病気になるなどして突然に休むことがあるからです。繰り返しますが、飲食業は人が命です。人員が揃わなければお店を回すことができません。そのときに「突然の休み」はとても困る状況になります。現在どんな種類であっても飲食業の店長の主な役目は人員を確保することやスケジュールを調整することになっているはずです。
 また、雇用する側が主婦を採用するときに不安に思うのは懐妊を理由に辞められることです。僕も経験ありますが、働きはじめて1ヶ月で懐妊を理由に退職を願いだされたときはとてもショックでした。雇用する側としてはやはり最低半年は続けて欲しいと願うものです。
 冒頭に紹介しました主婦はまさに不安の対象にぴったりな方でしたが、小さな個人店では応募者を選別できるほど余裕があるわけではありません。
 このパートさんは仕事的には真面目な方で作業も早く性格も明るく素直で申し分ない方でした。しかし、案の定4ヶ月を過ぎた頃に妊娠を理由に退職を願い出てきました。そして、退職するまでの間に印象に残る言葉を聞いたのでした。
 やはり女性は妊娠をしますと体調がすぐれなくなります。いわゆる”つわり”などが起き、万全な状態ではいられないものです。…と書きながら、僕は男性ですので実際のところはわかりませんので正確には「…もののようです」です。
 この女性も”つわり”の辛い症状などについて僕に話すことがありましたが、その中で印象に残る言葉が出てきました。
「私、前の職場で妊娠していた後輩なんかに『妊娠は病気じゃないだから…』と仕事に対して甘くならないような厳しいことを言っていた」
 人間は生きていますと、印象に残る言葉に出会うものですが、僕にとってはこの反省の言葉はそのひとつです。
 人間って、「自分が体験しないと本当のことはわからない」ということ感じさせられた言葉でした。この女性はその働きぶりからキャリアウーマンとして有能な方だったと想像できます。それほど有能な方でも”つわり”の本当の辛さまでは想像することはできなかったのです。所詮、人間の能力などたかがしれているということになります。
 今週、このエピソードを紹介しましたのは新聞でマタハラに関するニュースを読んだからです。厚生労働省がマタハラの実態調査を行いその結果を公表したのですが、僕が注目したのがマタハラの加害者として男性よりも女性のほうの割合が高かったことでした。
 僕が紹介したエピソードがそれをまさに物語っています。調査によりますと、女性でも上司の立場の人が加害者として上がっています。上司ということは出世していることを意味しますが、調査ではその女性上司の未婚既婚までは報じていません。もし未婚で出産の経験がない人であるなら冒頭に紹介したパートさんと同じ発想で部下に接していた可能性があります。まだ男社会の企業の中で女性が出世するのは並大抵の努力ではできません。結婚を犠牲にして出世の道を選んだかもしれません。そのような女性にごく普通の女性の気持ちや体調を推し量ることはできないでしょう。
 もし、結婚もし出産もしている女性上司がマタハラの加害者であるなら、そうした女性は参考にはなりません。なぜなら、ごく普通の女性よりも優れた能力の持ち主ということになるからです。世の中で働いている女性の圧倒的な割合は「優れた能力の持ち主」ではなく「ごく普通の能力」の女性です。
 今回の調査は「ごく普通の能力」の女性たちがマタハラを受けないような社会を目指すことを目的としたものです。ですからマタハラをする人たちに考え方を改めてもらうことが必要ですが、このときに大切なのは個人の考え方を責めるのはなく、マタハラがおきないようなシステムを考えることです。
 マタハラをする人は批判されることが一般的ですが、マタハラする側にも一理はあります。例えば、”つわり”を理由に急に仕事を休んだり放棄してしまってはその分を誰かが穴埋めしなければなりません。たまになら我慢もできますが、頻繁にそのような状況がおきますと、苛立つのも理解できます。なぜなら、サポートする側にも自分のための時間が必要だからです。調査結果では、上司ではなく同僚からマタハラを受けた経験も報告されていまました。
 単純にマタハラをする人を批判するのは筋が違います。妊娠した女性が関わることによって仕事に支障がおきるなら企業として回らなくなってしまいます。それは業績の悪化、究極的には倒産ということもあり得ます。もちろん、だからといってマタハラを容認することはできません。
 マタハラについて考えるときに僕は沖縄の米軍基地を連想してしまいます。現在、沖縄は米軍基地を普天間から辺野古への移設について国と対立しています。この対立も元をたどれば沖縄に米軍基地が集中していることは原因です。
 政府を批判するのは簡単なことです。しかし、政府を批判するときは沖縄の米軍基地を本土が受け入れるくらいの覚悟が必要です。それなくして批判だけするのはマタハラをする周りの人たちを批判するのと同じです。国が回らなくなってしまいます。
 フランスでまたしてもテロ事件がおきました。テロが起きる原因の元をたどるなら世界的な格差に行き着きます。単にテロに報復するだけではいつまで経っても戦いは終わりません。
 しかし、だからといってテロを容認することはできません。犯罪は犯罪です。犯罪が起きないように対処することは必要です。他人を苦しめる行為を容認しては社会が崩壊してしまいます。マタハラも同様です。妊娠している女性にハラスメントする行為はなんとしてもやめさせなければいけません。
 そして同時に、ハラスメントをしなくて済むようなシステムを考えることが大切です。テロも同じです。テロが起きないような社会になるように考えることが大切です。
 じゃ、また。




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