<隣の空>

pressココロ上




 クリスマスにプレゼントをもらわなくなってかなり年月が経ちますが、そんな僕が24日のイブの日にプレゼントをもらいました。しかも、できたら欲しくないプレゼントでした。
 その日、車の荷台の使い勝手をよくするためにホームセンターで木材を買い込み帰宅する途中でした。そのときに「一時停止を怠った」という理由で違反切符を切られてしまったのです。とんだクリスマスプレゼントでした。
 もちろん反論はしましたが、「一時停止」は「止まった」か「止まらない」の感覚の差ですので、結局は水掛け論になります。僕は、このようなことで時間を取られることを無駄と考えるタイプですので少しばかり自分の意見を主張したあとお巡りさんの主張を認めることにしました。
 交通違反は実に久しぶりです。前回がいつだったか全く思い出せないのですが、免許はゴールドになっています。ということは少なくとも5年以上は経っていることになります。交通違反で悲しいのはやはり自動車保険料のゴールド免許割引が適用されなくなることです。
 しかし、僕は自動車保険の期間を3年に設定しており、昨年更新したばかりですのでゴールド割引があと2年半くらい適用されます。3年にしておいてよかったです。読者の皆さんもゴールド免許になっているなら契約期間を長期にしておくほうが得です。但し、なにかしらの理由で途中解約する際に手数料が発生しますのでそのことは留意しておきましょう。
 さて、今回が今年最後の<私のココロ>となります。個人的に一年を振り返りますと、やはり還暦を迎えたことが一番のできごとです。おそらく同年代の多くの人が僕と同じ感想を持っていると思いますが、自分に対して「へぇ~」という思いです。この「へぇ~」にはいろいろな気持ちが込められています。
 僕はサザンオールスターズの桑田さんより一才年下なのですが、その桑田さんがソロで出した楽曲に「真夜中のダンディ」という歌があります。この歌は人生について歌っているもので、自分自身をも見つめています。アーティストとして成功したあとの浮かれた気持ちを戒めてもいるような歌詞です。成功している自分に対してどこか反発している感じが伝わってきます。
 その歌詞の中に次のような一節があります。
♪愛と平和を歌う世代がくれたものは
♪身を守るのと知らぬそぶりと悪魔の魂
♪隣の空は灰色なのに
♪幸せならば顔をそむけてる
 僕にはこの歌詞は僕たちの世代より一昔前の世代を批判しているように聞こえます。マスコミなどでは昔から世代を端的な言葉で表すのが通例となっていました。僕たちの世代は「モラトリアム世代」と命名されていましたが、僕たちの一世代前の世代は「団塊の世代」と言われていました。またちょうどその世代は学生運動が盛んな頃で一部の過激な人たちを全共闘世代とも呼んでいました。
 桑田さんが団塊の世代を批判したのは、学生時代に「世の中を変える」と社会を批判し活動していたにも関わらず、社会に出た瞬間に社会に迎合したからです。実は、僕も同感です。
 「隣の空は灰色なのに」「自分が幸せならば顔をそむけてる」、この歌詞は秀逸です。今の時代は口先では正義感ぶったことを言っていても行動が伴っていないことが数多あります。いじめや差別、そして格差社会などがそれを物語っています。
 正規社員と非正規社員の格差は目に余るものがありますが、その根本には正規社員が自らの権益を守りたい気持ちがあるからです。「隣の空は灰色」なのに「顔をそむけて」いる最もわかりやすい例です。
 数週間前ですが、日教組の会長が不倫問題で会長を辞任しました。日教組とは教職員の労働組合ですが、そのトップがこのような失態を犯しているのですから昨今の労働組合の実態がわかろうというものです。労働組合は労働者のための組織ではなくなってきています。
 先週、NHKで吉田拓郎さんの特集番組がありました。言わずとしれた拓郎さんは団塊の世代のヒーローです。拓郎さんが最も輝いていたのは1975年にかぐや姫と行った「つま恋」での大規模なコンサートのころでしょうか。拓郎さんは日本の音楽界で伝説となるひとりですが、その拓郎さんも番組では年齢を感じさせていました。
 全盛期の拓郎さんはマスコミ嫌いで通っていましたが、番組のインタビューでその理由を話していました。当時、テレビ局の人たちが指輪をはめ髪の毛をオールバックにするなどチャラチャラしていたことが理由だったそうです。広島から上京して「東京の者に負けてたまるか」という思いが根底にあったとも話していました。
 拓郎さんの特集番組が放映された日、深夜に小田和正さんの2時間番組も放映されていました。こちらのほうは寝てしまったのでほとんど見ていないのですが、宇多田ヒカルさんが出演したそうです。この番組は毎年クリスマスの頃に2時間という長時間の枠を持っているのですが、小田さんのファンにはたまらない時間に違いありません。
 この番組はなにがすごいかといいますと、16年間続いていることです。僕も始まった当初は毎年見ていましたが、次第に見なくなってしまいました。年齢とともに「飽き」を感じるようになったのが理由です。
 僕は見なくなってしまいましたが、16年も続くということはそれなりの視聴率が取れていることになります。どんなに素晴らしい番組であろうとも最終的にはスポンサーにかかってくるのが民放の宿命です。
 スポンサーという縛りがありながらテレビ局が小田さんを説得したのは「良質な音楽番組を作りたい」という確固たる信念があったからではないでしょうか。また、それくらいの強い意志がなければ小田さんの承諾を得ることはできなかったはずです。小田さんも拓郎さん同様に容易にテレビ出演しないアーティストでした。
 拓郎さんや小田さんに限らず、この年代のアーティストの人たちは社会にメッセージを発していたように思います。それは哲学的なことであったり時事的なことであったりしていましたが、根底には口幅ったい表現ですが、平和や平等な世の中を目指す気持ちがあったように思います。
 なのに、世の中が平和にも平等にもならずに現在まで来ています。その理由は「隣の空」に鈍感だからです。いえいえ、見ないふりをしているからです。マザーテレサさんも言っていました。
「愛の反対は憎しみではなく無関心です」
 トランプ氏は人間が心の奥底に持っているパンドラの箱を開けることで人々の支持を獲得してきたように思っています。人は誰でもほったらかしにしておきますと、欲望に導かれるままに業の塊になってしまいます。そうした業を抑えているのが弱者に対するやさしさであり思いやりであり、心遣いです。困っている人や苦しんでいる人がいたなら手を差し伸べるのが人間と動物の違いのはずです。
 来年は世の中の雰囲気が「隣の空」に関心を持つような年になることを願っています。
 じゃ、また。来年~!。
 一年間ありがとうございました。




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする