<リズム>

pressココロ上




日本シリーズは始まる前からソフトバンクの楽勝で終わりそうな下馬評がありましたので、3連勝した時点ではそのまま終了しそうな雰囲気も漂っていました。ですが、DeNAが頑張ってくれましたので盛り上がることができました。しかも、最後はサヨナラヒットという劇的な幕切れとなり、理想的な展開だったように思います。
ですが、昨日も9回裏に内川選手の一振りがなければソフトバンクの負け試合でした。その意味で言いますと内川選手の土壇場の粘り強さにはスゴイものがありましたが、僕はその内川選手よりも、その前の8回裏の先頭打者長谷川選手が試合の流れを変えたと思っています。
実は、僕はそれまで試合を見ておらずたまたまお風呂から上がってテレビを見ますと日本シリーズを放映していました。ですから、それまでの経緯を詳しくは知らなかったのですが、アナウンサーが「ソフトバンク打線が抑えられている」ことを伝えていました。DeNAは今永投手が投げていたのですが、ソフトバンクの選手は打ちあぐねていたようです。解説者の話では「タイミングが合っていない」とのことでした。
そんな状況で8回裏のソフトバンクの攻撃が始まったのですが、先頭打者は長谷川勇選手で左打席に入っていました。そのときに長谷川選手が面白い動きをしたのです。長谷川選手は全体的に身体から力を抜いているような雰囲気でした。そして、今永投手が1球目のストレートを投げたときも力なくバットを振って空振りをしました。本当に「打つ気がない」ような空振りで、もっと言うなら「やる気がない」と言ってもいいくらいの空振りだったのです。解説者の言っていたとおりタイミングが全くつかめていないような感じでした。
問題はそのあとの所作です。今永投手がキャッチャーからボールを受け取り、そして投球動作に入ろうとしたとき、長谷川選手は今永投手に「少し待って」と手で合図を送りました。まだ打つ態勢が整っていないから「ちょっと待って」という打者がよくやるポーズです。この動きがポイントでした。
それまでソフトバンクの選手は今永投手のリズム、タイミングで打席に立っていたのでしょう。それに気づいた長谷川選手が「今永投手のリズムを崩した」のです。たったこれだけでしたが、それまでのキャッチャーからボールを受け取って投球動作に入るという一連の流れが途切れたことで今永投手は自分のリズムが変わってしまったのです。そして、次のストレートをものの見事にセンターオーバーにはじき返されてしまいました。
あの場面、本来はキャッチャーがやるべきことですが、長谷川選手が間合いを開けたあとに打席に入ったとき、今永投手は一呼吸入れるべきでした。長谷川選手が間合いを開けた瞬間から長谷川選手のリズに変わっていたからです。
一呼吸入れられなかったのであれば、ストライクではなくボール球を投げるべきでした。バッテリーは長谷川選手が「力のない空振りをしたこと」でストレートにタイミングが合っていないと勘違いをしたのです。そして同じコースに1球目と同じボールを投げてしまいます。案の定、打たれてしまいました。僕は、長谷川選手のあの「力のない空振り」はブラフだったように思っています。それに引っかかったバッテリーです。
あの2塁打が8回の1点につながり、9回の内川選手の起死回生の同点ホームランを生んでいます。9回を迎えるときに2点差と1点差では大違いです。あの1球が残念でなりません。
スポーツの世界では「リズム」「タイミング」または「流れ」はとても大切です。それらのほんの少しのずれが結果に大きく影響します。僕が最初に「流れ」について意識するようになったのはミュンヘンオリンピック・男子バレーボールの監督だった松平康隆さんの言葉でした。松平さんが監督業を引退しテレビ解説をしていたときに、ある試合で「得点が9対6」のときは試合の節目になることが多いんですよ(当時は15点制でした)」と語っていました。それから意識するようになりました。
もうお亡くなりになっていますが、昭和の大横綱・千代の富士が連勝記録を作っていたときその連勝を止めたのは横綱・大乃国です。ですが、大乃国はそれまで千代の富士に全く歯が立たない状態でした。同じ横綱でありながら負け続けていたのです。その大乃国が千代の富士を破ったのもリズムでした。
大乃国は千代の富士との対戦で仕切りをしているときにわざとそれまでとは違うタイミングをとっていたのです。そうすることで自分のリズムで相撲を取ることができると考えたからです。のちに千代の富士関は「あのときは理由はわからないけど、なんかタイミングがおかしかった」と述懐しています。
昨日は、偶然にもほかのチャンネルで卓球の平野美宇選手を取り上げたドキュメンタリー番組を見ました。平野美宇選手はリオオリンピックではリザーブの立場でしたが、そのことに発奮して昨年から大活躍しています。昨年から今年にかけての成長ぶりは凄まじく様々な世界大会で優勝するほどになっています。昨日のドキュメンタリー番組では、そのときの心の変遷が丁寧に描かれていてとても興味深く見ることができました。
実は、活躍するようになってからそれまでの印象とは違った言動が気になっていたのですが、昨日の番組で「自分に魔法をかけていた」と告白しています。それが印象が変わった理由だったのですが、現在はその魔法が解けて苦しんでいると正直に話していたのが印象的でした。僕の想像では友人でもありライバルでもある伊藤美誠選手との関係も難しい部分があったはずです。そして、おそらくそれは伊藤美誠選にとっても同様のはずですが、そうしたことがプレーにも影響していたのは間違いないところです。番組ではリオオリンピックのあとに二人を映した映像がそれを示していました。そうしたことを経験してスポーツ選手は成長するのでしょうし、また人格を作っていくように思いました。
それにしても、強くなればなったことでまた新たな苦しみを受けることになるスポーツ選手の苦しさを見ていますと、その大変さが伝わってきます。まだ高校生という年齢でそういう体験をするのですから尊敬に値します。平野美宇選手の涙を見ていてそんなことを思いました。
日本シリーズで粘り腰のホームランを打った内川選手はDeNAから移籍してきた選手です。実は、移籍した当時内川選手は「セ・リーグよりもパ・リーグのほうが実力が上だから移籍してきた」と公言しています。移籍したとき既にセ・リーグで首位打者をとるなど一流選手の仲間入りをしていましたが、WBCに出場などの経験がそのような思いを強くさせ移籍を決断させたそうです。つまり、DeNAになる前の横浜時代はチーム全体に厳しさが足りず「優勝する」という気概に欠けていたそうで、そこに物足りなさを感じていたと吐露しています。
今回優勝したあとの手記を読みますと当時のことを意識したような箇所があり、当時の発言を気にしているのが読み取れました。ですが、交流戦の結果を見ていますと、「パ・リーグのほうがセ・リーグよりも強く実力が上」というのは変わっていないようにも思います。
スポーツの世界は冷徹ですから、強い者が勝ち弱い者が負けます。そして、実力差がありますと弱い者が強い者に勝つことは絶対にできません。どんなに運がよかろうと弱い者が強い者に勝つことはできません。ですが、実力があまり違わないときはやり方を工夫することで弱い者が勝つこともできます。その方法の一つが「リズム」「タイミング」「流れ」を自分のほうに引き寄せることです。
セ・リーグとパ・リーグの実力の差もあるにはしても絶対的な差ではありません。ですから、「リズム」や「タイミング」「流れ」を引き寄せることで勝つこともできるほどの差です。しかも、日本シリーズという短期決戦では尚更です。
弱いほうを応援したくなる僕としてはそれが残念でなりませぬ。
じゃ、また。




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