<バックストーリー>

pressココロ上




久しぶりに柔道という競技が注目を集めました。世の中にはスポーツがたくさんありますので、マスコミに関心を持ってもらうのは大変です。関心が集まってこそ、選手はやりがいを感じ、それがレベルを上げることにもつながります。

昨年はラグビーの世界大会があり、ラグビー人気が高まりましたが、いろいろな戦略を練ってこそのラグビー人気でした。しかし、人気を集める一番の要素はレベルです。サッカーの人気が高まったのも、ワールドカップに出場できるほどの実力がついたからです。大衆に認知されるには実力が絶対に必要です。

昔もラグビーに全く人気がなかったわけではありません。新日鉄釜石と神戸製鋼の7連覇の頃は人気が沸騰していました。しかし、盛り上がるのは一時期だけというのが否めない現実でした。一時期だけで終わっていたのは、やはり国民全体からしますとファンの数が少なかったからです。昨年のラグビー世界大会のときに「にわかファン」という言葉が使われていたことからもわかるように、本気のファンは少なかったのです。

その人気が高まったのは強くなったからです。実力があることは人気が集まるための基本です。総合格闘技で人気のある朝倉未来さんはyoutuberとして有名ですが、youtuberとして成功しているのは一にも二にも強いからです。弱かったならこれほどまでに成功はしなかったでしょう。

もちろんそのほかにも理由があります。朝倉さんの場合はその生きざまが普通の人では経験できないような凄まじさだからです。しかも、そうした経験を自慢するような素振りが全くなく、飄々としているところがさらに人気を上げています。ちなみに、どんな凄まじさかと言いますと、喧嘩に明け暮れていたことから少年院に入り、出所してから格闘技で成功している人生です。

競技こそ違いますが、まるで「あしたのジョー」のような人生を現実に生きていますので人気が出ないはずはありません。僕が子供の頃は「あしたのジョー」とか「巨人の星」といった根性スポーツ物語が人気を集めていましたが、いつの時代もアウトローな生き方は若者の心を掴みます。

「巨人の星」は「あしたのジョー」に負けないくらい人気がありましたが、その理由は物語の中でいろいろな人生が綴られていたからです。主人公・星飛雄馬は貧乏な家に生まれていますが、もっと貧乏な家に生まれ、しかも幼い弟や妹がいた左門豊作の人生にも心が揺さぶられました。

彼らとは正反対の環境に生まれたのが花形満です。親が大金持ちのため高級スポーツカーを乗り回し、前髪はいつもかっこよく三日月のようにきれいに整っていました。どんなに激しく動こうが、前髪はきれいに決まっていました。

今はタレントとしてのほうが有名になっていますが、身長が190センチ以上もある川合俊一さんは元バレーボール選手です。そうした理由で身長が高いのですが、川合さんは髪の毛を人一倍、というより異常に気を配る選手でした。練習中はもちろん試合中であろうとも髪の毛が乱れることを「よし」としない性格でした。川合さんによれば、スパイクを決めるたび、ブロックを決めるたびに頭のセットを気にしていたそうです。

川合さんの名誉のために、ひと言つけ加えておきますと、川合さんが現役で活躍していたころ、日本は世界ランキング的には最も弱い時代でした。日本はミュンヘンオリンピックで金メダルを獲得したあと、長い低迷時代に入るのですが、川合さんの現役時代はそんな低迷していた全日本だったのです。

そんな中、一人気を吐いていたのが川合さんでした。「絶対ここで決めてほしい」といときは必ずスパイクを決めていましたし、「ここでブロックしてほしい」というときも必ず相手のスパイクを止めていました。天性の感があるようで、バレーボール選手として「持っていた」のは間違いない選手でした。

「巨人の星」に話を戻しますと、星飛雄馬よりも貧乏だった左門豊作には今でも忘れられないエピソードがあります。星飛雄馬が発明した大リーグボール1号は「バッターのバットの動きを予測してボールが勝手にバットに当たり凡打になる」魔球です。そこで、花形満は考えました。「向こうから勝手にバットに当たってくれるのなら、当たった瞬間にバットを強く振ればよいのだ」。そのためには強靭な体力が必要となり、花形は鉄球を鉄バットで打ち込む特訓をします。

しかし、その特訓のせいで花形は打撃の調子を崩し、レギュラーを降ろされてしまいます。そうした中、ついに花形は大リーグボール1号と対決する機会を得、そして見事ホームランを打ちます。しかし、体力のすべてを使い果たしていたためダイヤモンドを一周している途中に倒れてしまいます。それでも花形は地を這いながらホームベースにタッチしました。

この話を読んだとき、僕は花形選手の金持ちボンボンでありながらの根性に感動したのですが、左門選手にはもっと感激させられました。その試合をテレビで見ていた左門は、涙を流しながら幼い兄弟を両手で抱きしめてこう言うのです。

「この方法はオイも考えついとった。じゃが、幼い兄弟を養わなければいけない自分にはレギュラーの地位を捨ててまで練習することができんのじゃぁ」

いやぁ、「巨人の星」って深いよなぁ。

ついでといったらなんだけど、「あしたのジョー」の忘れられないエピソードも書こう。

ジョーのライバルと言いますと、なんといっても力石徹です。なにしろ力石が亡くなったときは実際に葬儀が行われたのですから人気ぶりがわかろうというものです。その力石が亡くなったあとジョーは極度の不振に陥ってしまいます。そんなときに対戦相手となったフィリピンの選手は食べるのもやっとで生きるか死ぬかという瀬戸際人生を生きてきたハングリーな選手でした。

試合前にその選手の生きざまを聞いたジョーはその選手に対して精神的に気後れしています。ジョーはそこまで悲惨な環境に育ったわけではなかったので、負い目を感じて閉まったのです。試合が始まってからその負い目はますます大きくなり、しかも相手の選手はジョーに対して見下した言葉で、落ち込ませていました。

その言葉にジョーは追い打ちをかけられ、完全に相手のペースで試合が進んでいきました。しかし、途中でジョーの脳裏に亡くなった力石の面影が思い浮かびます。ジョーは力石との死闘を思い出します。そして、気づきます。

「力石のほうが数倍もえらい!」

なぜなら、その選手は自分の意志でそうした苦境・苦難の状況になったわけではありません。しかし、力石は違います。ジョーと闘うためだけに自らの意志で苦しく困難な状況に追い込んだのです。それに気づいたジョーは気後れすることも負い目に感じることもなく戦うことができ、見事勝つことができました。

いやぁ、「あしたのジョー」も深いよなぁ。

というわけで、ようやっと冒頭の柔道のお話です。先週、柔道66㎏級の日本代表を決める阿部一二三選手と丸山城志郎の試合がありました。僕は阿部選手のことは前から知っていました。妹さんがいるのですが、兄妹揃って強いことで注目されていたからです。妹さん(詩さんといいます)はすでに代表に決定していたのですが、一二三さんは決まっていませんでした。その理由は、丸山城志郎さんという強力なライバルが現れたからです。

阿部選手は「天才」の名をほしいままに小さい頃から注目されていました。その評判のとおり17年までは阿部選手の2勝1敗だったのですが、その後3連敗してしまいます。これで代表候補から一歩後退したのですが、昨年阿部選手が勝ち二人は横一線に並ぶこととなりました。そこで今回のワンマッチ、一発勝負に決定がゆだねられたわけです。

盛り上がらないはずがありません。

「あしたのジョー」「巨人の星」の見方でいきますと、妹さんがすでに代表に決まっていますので、断然に阿部選手にバックストーリーがあります。ところが、たまたま丸山選手の密着取材をテレビで見てしまいました。なんと丸山選手には丸山選手を信じ応援する美しい奥様がいたのでした。天才が注目されていた中で献身的な奥様のサポートを受けながら腐らずに練習に励み、そして3連勝という離れ業をやってのけた努力が実った映像は心に響きました。

どちらにも感動を呼ぶバックストーリーがあるのです。どちらを応援してよいのか…。どちらも苦しい日々を送っていたのは想像に難くありません。天才と言われるがゆえのプレッシャー。また日の当たらない場所にいたがゆえの悔しさ。どちらも人にはわからない苦労を背負ってきています。いえいえ、苦労というありふれた言葉では言い表せない…、…。

試合は延長に次ぐ延長で、結局24分過ぎに阿部選手が大内刈りを仕掛け優勢勝ちとなりました。見どころは、そのあとです。試合場を降りてきたときの阿部選手の涙でいっぱいになりクシャクシャになっていた表情です。どれだけのプレッシャーがあったのか、あの表情でわかります。

対して、丸山選手の会見も立派でした。涙を浮かべながらもしっかりと「自分が成長できたのは、阿部選手のおかげ。自分ひとりではここまで成長できなかったと思う」と答えていた表情には清々しいものがありました。なんと素晴らしいコメントでしょう。これこそスポーツマンシップの鑑のような対応です。どこかの国の前大統領とは月とスッポンです。

丸山選手は会見の中で奥様への感謝も話していましたし、阿部選手も妹さんと並んでいる映像を見ました。どちらにも感動的なバックストーリーがあったのが、印象的な戦いでした。

いやぁ、スポーツっていいですね。

じゃ、また。




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