<人間離れ>

pressココロ上




大谷選手の快進撃が続いていますが。まさに神がかりと言ってもいいのではないでしょうか。なにしろ、並み居るメジャーリーグの猛者たちを差し置いてホームラン数、打点でトップを走っているのですから尋常ではありません。しかもホームランに関しては、フェンスギリギリではなく余裕の飛距離をかっ飛ばし、メジャーの一流選手たちでさえ驚くほどです。

僕が言うまでもありませんが、大谷選手がすごいのはバッターとしての活躍だけではないことです。ピッチャーとしても一流の成績を残しています。話は少しばかり変わりますが、今からちょうど10年前、日本のプロ野球では楽天イーグルスが優勝しているのですが、その年の田中将大投手も神がかり的な成績を残していました。なんと24勝0敗1セーブです。24勝もすごいですが、一つも負けずに達成しているのですから「どれほどすごいか」がわかります。

その田中投手は最後の第7戦9回に締めくくりのピッチャーとして登場するのですが、実はその前の第6戦にも先発して160球を投げていました。それにもかかわらず締めくくりに出てきたのです。そのときに解説をしていた工藤公康さんは「前日に160球投げた投手が翌日も投げるなんて考えられない」と話していました。工藤さんの話では「常識的にはピッチャーが160球も投げた場合、翌日は身体中が疲労で痛みを感じ、とてもじゃないが投げられる状態ではない」そうです。そのような肉体的負担があるにもかかわらず志願した田中投手の心意気に感激した記憶があります。

このようにピッチャーが登板するということは、かなり肉体的に疲労するはずですが、大谷選手はそうした疲れをものともせずバッターとして毎試合出場し、好成績を残しています。これを「神がかり」と言わずなんと言いましょう。大谷選手はエンゼルに守られた神なのかもしれません。

日本の新聞などでは、優れた成績を残したスポーツ選手を「日本人離れした」と表現することがありますが、大谷選手はそれを越えて「人間離れした」活躍をしています。侍ジャパンの監督を務めた栗山監督は大谷選手がプロ入りをしたときの日ハムの監督でもありますが、栗山監督がメジャーリーグを目指していた大谷選手を説得したのは有名な話です。その栗山監督は入団当初より「翔平には、これまで誰も歩んだことがない道を進んでほしい」と語っていました。今の大谷選手はまさにその道を歩んでいます。

まだ大谷選手が高校生だった頃、テレビカメラが取材をしていたのですが、その中でチームメイトが「その身体に生んだ親に感謝だな」と冗談めかして話していました。確かに体格的には外国人に比べて小さめな日本人に生まれながら190センチを超えているのですから、「日本人離れ」という表現にふさわしい体格をしています。筋肉は鍛えることで大きくできますが、身長はそうはいきません。チームメイトの言葉は的を射ています。

野球をするうえで身長は重要な要因ですが、絶対に必要な要因でもありません。大谷選手の活躍で最近はメジャーリーグの試合をyoutubeで見る機会が多いのですが、大谷選手よりも身長が低い選手もたくさんいます。野球というスポーツは「投げて」「打って」「走る」スポーツですので身長以外にも重要な要素があります。

それに比べてバレーボールは身長が絶対必須要因です。ネットを挟んでボールを相手のコートに打ち込む競技ですから身長が勝敗を決めると言っても過言ではありません。ですので、体格的に外国人に劣っている日本が世界のバレー界で上位に入るのは容易ではありません。

実は僕は身長が低いにもかかわらず高校時代バレーボール部に所属していました。理由は「身長が伸びる」と誰かから聞いたからです。僕は中学に入学するときに136センチしかありませんでした。当然、整列しますといつも先頭になるのですが、そんな僕が入部したのはバスケットボール部でした。そのおかげか僕は中学3年間で20センチも伸びたのですが、当時またまた誰かから「バレーボールは身長が伸びる」と聞き、バレー部に入りました。

しかし、バレーとバスケの違いは身長がプレーに及ぼす影響度です。少し考えるとわかりますが、バスケットボールはバレーボールのネットのような、動きを制限するものがありません。ですので、コート内を自由に動きまわることができます。つまり、身長が低くてもそれなりに活躍の機会・場面があることになります。

それに比べて、先ほども書きましたようにバレーボールにはネットという自チームと相手チームを隔てるものがあることで、動きに制限があります。ということは、身長がチームの勝敗に大きくものをいうことになり、身長が高いほうが絶対的に有利なスポーツです。そうしたことを身をもって体験しているだけに、今の日本男子バレーの快進撃は衝撃的でした。バレーボールに興味のある方はご存じでしょうが、実は今、男子バレーはバレーボールネーションズリーグという世界のトップチームが戦う大会で唯一の8連勝を飾りトップの位置にいます。

残念なことに、日本の男子バレーは1972年のミュンヘン五輪で金メダルを獲得して以降ずっと低迷が続いていました。「ミュンヘン五輪での金」については十年以上前ですが、このコラムで書いたことがあります。ミュンヘンで金メダルを獲得したのは当時の監督・松平康隆さんの8年越しの計画の賜物でした。その松平さんが最初にやったことは身長が高い選手を集めることでした。平均身長が低い日本人が世界で勝つには身長が高い選手が絶対に必要だったからです。

松平監督の努力が実った末、結果をだした男子バレーですが、それ以降の男子バレーは世界に通用しない時代がずっと続きました。今年が2023年ですからおおよそ40年です。その間、いろいろな監督が再建を試みましたが、だれも結果を出すことができませんでした。そうした低迷時期、日本代表チームでは選手を海外に派遣することなども行っていましたが、如何せん短期では、本当の意味で武者修行とは思えない印象を受けていました。

ですので、たまにニュースでイタリアで活躍しているバレーボール選手の情報が流れてきても、所詮「一時的なもの」という思いがしていました。ところが、石川選手がイタリアのチームで「主将を務めている」と知ったとき、本当に驚きました。主将になるには、まずはチームメイトから信頼される必要があります。腰掛気分でイタリヤにやってきてプレーしている選手が主将になれるはずはありません。日本という実力的にレベルの低い国からやってきた、あまり身長も高くない選手が主将にまで上りつめたのですから、いかにチームに溶け込み、信頼されているかがわかります。

画面から感じる石川選手のイメージは「朴訥」で「素直」で「誠実」ですが、決して自分が「前に前に」という押しの強いタイプではありません。しかし、気持ちの底には強い意志があり、並々ならぬ精神力を持っているのでしょう。そうでなければ海外のチームで主将など務まるはずがありません。

かつて「一番じゃないと、いけないんですか?!」と絶叫した議員がいましたが、大谷選手にしろ石川選手にしろ、世界で、いや地球上で一番を目指したからこそ今の活躍があります。もし、「日本で一番なら、世界で一番でなくてもいいや」などと考えていたなら今の両者の活躍する姿はありません。

この二人を見ていますと、上を目指すことが本人の成長を促すことがわかりますが、「日本人離れ」ならまだしも、「人間離れ」まで行ってしまいますと、人間でなくなっちゃう不安はないのかなぁ…。

じゃ、また。




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