<師走も押し迫り>

pressココロ上




今年もあと1週間ほどになりました。早いですねぇ。僕は今年の12月はいつもと違った感覚になっていまして、それは12月に入っても「師走を感じなかった」ことです。例年ですと、12月に入るとすぐに、「ああ、もう年末か」と感慨に耽るのですが、今年の12月はそれがありませんでした。不思議です。

ですので、いつもですと12月に入ってすぐにコラムには師走に関連する話題をちりばめるのですが、今年はそういった内容を書いていません。さらに思い返してみますと、11月もいつもと違っていたように思います。

僕の感覚では、例年ですと11月に入ってすぐに、街中をクリスマスなどのイベントが華やかに彩っていたように思います。ところが、今年はそうした風景が見られたのは11月の後半になってからだったように感じます。古い話で恐縮ですが、昭和の時代は11月に入りますとすぐに、各局で音楽祭がはじまり、「今年のヒット曲ランキング」などが発表されていました。

僕からしますと、「え? まだ2ヶ月もあるのに、もう1年を総括しちゃうの?」という気分でしたが、前倒しをするのがメディアの特徴ですし、また各局の競争がありましたので、前倒しがますます早まっていたように思います。そうした感覚を肌で感じていた昭和男としては、今年のように12月に入ってから年末の雰囲気がはじまるのは納得できる気分ではあります。

「今年のように」と書きましたが、もしかしたならこうした傾向は、最近数年のことだったのかもしれません。数年前からコロナが蔓延し社会活動が制限されていましたし、その影響で景気も悪くなっていました。そうしたことが僕に「師走を感じさせなかった」のかもしれません。もちろん、そうしたこととは関係なく、単に僕自身が年をとったことで、感性が鈍くなっただけの可能性もあります。正確なところはわかりませんが、とにかく今年も残りあと1週間です。

今年の出来事で一番衝撃的だったのは、イスラエルとハマスの紛争です。ロシアのウクライナ侵攻が収まっていない中での突然の紛争勃発でしたので驚きでした。誰もが想像したでしょうが、この新たな紛争で欧米のウクライナ支援が弱まることを懸念しました。ウクライナ側からしますと、世界からの注目が分散されることはマイナス要因です。

しかし、よくよく考えてみますと、ハマスが訴えているように、ガザ地区でのパレスチナ人迫害が世界から忘れ去られていたのは事実です。国連のグテーレス事務総長も演説していましたが、世界はガザ地区のパレスチナ人の不遇を忘れていました。もしかしたなら、「忘れようとしていた」のかもしれません。今回のハマスのテロ攻撃が、そうした状況を気づかせたことは間違いのないところです。

世界が忘れていたのですから、僕などが覚えているはずもありません。ときたまネットの記事でガザ地区でのパレスチナ人の悲惨な状況を知ることはありましたが、正直なところ緊迫感は持っていませんでした。そうしたときにいつも思うのですが、自らに起こっていることを世界に知ってもらうには、やはりマーケティングはとても大切です。

僕はこのコラムで「戦争広告代理店」の本についてたびたび取り上げていますが、世界で起きていることに接する際に、その情報の視点、出所、制作者のチェックはとても重要だと思っているからです。大げさにいうなら、僕は「戦争広告代理店」を読む「前と後」では物事の見方がガラリと変わりました。

「マーケティング」を超簡単に言ってしまいますと「広告」「宣伝」ですが、どんなに素晴らしい発明や発見があったとしても、それが世の中に知られなければ「発明」や「発見」はあったことになりません。いかにして世の中に「伝える」「広める」かが、成功の可否を決めるといっても過言ではありません。

とは言いつつ、ひねくれものの僕はそれに100%同意する気持ちにはなれない部分がありました。僕はコロッケ屋を開業しましたが、その際の目標は「できるだけ宣伝・広告をしないで経営を成り立たせるか」でした。そこに「お店が存在するだけ」でお客さんが来店し、生活できるだけの収入が得られる、というシンプルな店舗運営を目指していました。

つまり、立地条件が悪く、あまり目立たないようにお店を営むことでしたが、結局は5年後に廃業に追い込まれてしまいました。昭和の時代に当時の「丸井」創業者・青井忠治氏は「宣伝をしなくてもよいのは、造幣局だけ」と喝破していましたが、いつの時代にも通用する箴言です。

僕がマーケティングで一番に思い出すのはユニクロです。ユニクロは「フリースの爆売れ」で成功した企業ですが、その後「ユニバレ」という言葉で象徴されるように、一時期低迷した時期がありました。そうしたときに着手したのはブランドの確立でした。中高年の方は覚えているでしょうが、「たくさんの色を取りそろえ」をアピールするCMは印象的でした。僕は、あのCMにこれからのユニクロが目指す方向が示されているように感じていました。

現在、ユニクロの店舗に並んでいる商品は決して低価格ではありません。1万円以上のものがわんさか並んでいます。それでも売上高は絶好調です。ユニクロが消費者に認知されたときは低価格が「ウリ」でしたが、今は違います。品質の高さを「ウリ」にできています。それを可能にしたのはマーケティングの成功にあります。

ハマスとイスラエルの紛争もマーケティング合戦になっています。いかにして相手の非道と自らの正当性を世界に伝えるかが勝負になっています。しかし、忘れていけないことがあります。それは「同情は長続きしない」ことです。現在のウクライナを見ていてもわかるように、ロシアの侵攻があった当初はウクライナに寄り添ったサポートをしていた近辺諸国でも、2年近くなってきた現在では支援に及び腰になっています。繰り返します。「同情は長続きしない」のです。マーケティングは継続も重要です。

マーケティングでの視点で見ますと、現在のガザ地区の紛争は「ハマス有利」になっているようです。当初は、ハマスがなんの罪もないイスラエルの一般人を殺害したり捕虜にしたりなどして、「ハマス=悪」になっていました。ですが、現在は「イスラエル=悪」になりつつあります。ガザ地区の南部で途方に暮れている一般の人や建物・病院が破壊されている映像が世界に広がっているからですが、ハマスのマーケティング手法が成功しているように見えます。

大手マスコミではあまり報じないのですが、「ハマスがパレスチナ人を代表しているか」は難しい側面があります。ハマスがイスラエルを攻撃したのは、世界に「ガザ地区のパレスチナ人の惨状を訴えるため」としていますが、ハマスがテロ攻撃をする数か月前、ガザ地域では住民によるハマス統治に対するデモ行動があったそうです。

ハマスはパレスチナ住民に対して食料品の配布など支援をする組織とされていますが、そうとばかりは言い切れない一面もあるそうです。普通に考えるなら、ハマス戦闘員が一般人に紛れ込んでいる可能性はありますし、さらに言うなら一般人を盾にして戦闘員が活動している側面があっても不思議ではありません。極端に考えるなら、北朝鮮の統治のやり方をとっていることも想像できます。

このように考えてしまいますと、ハマスの惨状を伝える映像もマーケティングの一つという疑念まで湧いてきます。こうした状況下においては、結局のところ情報の精査が最も重要です。日本では自民党の政治資金疑惑が大きく報じられていますが、最初にそれに気づいたのは大手マスコミではなく「しんぶん赤旗」です。あれだけ政治家に近い立場にいながら、全く気がつかなかったことを大手マスコミは恥じるべきです。

一般の人は、情報でしか世の中で起きていることを知ることはできません。その情報が誤っていたり偏っていたりしては、真実に触れることはできません。そのことは、正しい判断ができないことにつながります。来年はいろいろなところで選挙が行われますが、情報の正しさに注意を払うことが最も大切です。

ということで、今回が今年最後の「じゃ、また」となります。

読者の皆様、今年一年ありがとうございました。

来年もよろしくお願い申し上げます。

じゃ、また。




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