僕はいつもはこのコラムを日曜日に書いているのですが、2日の日曜日は8年ぶりに学生時代の友人と会うことになっていますので、今回のコラムは前日の土曜日に書いています。基本的に僕の自由になる曜日は金曜日だけなのですが、その日は妻と出かけることに決めています。このように僕の1週間はスケジュールが決まっていますので、例えば今回のように友人との待ち合わせや家電修理の業者依頼など普段とは違うことが発生してしまいますとスケジュールの調整が必要になってきます。
基本的に僕は友人を持たない性格ですし、ずっと個人事業主で生きてきましたので、家族以外の人と会う機会やイベントなどはほとんどありません。ですので、普段は困ることがないのですが、今回のように通常とは異なる用事が発生してしまいますと、意外に大変です。「大変」と感じるのは、僕はできるだけ同じ行動パターンを繰り返すのを好む性質ですので、パターンが変更されることに抵抗感を持つ性分も影響しています。
話は少し逸れますが、「いつものパターンが変更される」ことに対する抵抗感は悪徳宗教のカモになりやすい性格に通じるものがあります。よくあるパターンが「あなたの前世に悪いことがあったから」などと言って「インチキ壺」や意味もなさそうな「お札」を高額で買わせたりする商法ことです。人が持つ心のこだわりにつけこんで精神的に追い込む常套手段です。ジンクスという言葉がありますが、ジンクスもそれに似た部分があり、あまりにジンクスにこだわり過ぎるのも考え物です。
それはともかく、なぜ今回のコラムを「土曜日に書いている」とわざわざ説明しているかと言いますと、先ほどトランプ大統領とゼレンスキー大統領の「会談決裂」のニュース映像を見たからです。そのニュースについて書きたいのですが、このコラムを公開する予定なのは明日ですので、それまでに事態が動く可能性もあります。本心では「事態が収拾する」ことを願っているのですが、書いている内容が実情と違ってしまう可能性を考えて、注釈のつもりで書いています。
僕が目にした「会談決裂」の映像は、トランプ大統領とゼレンスキー大統領の激しい言葉の応酬でした。普通、首脳同士の会談でこのような事態になることはありません。首脳同士が会談する前に周りのスタッフが事前に調整を済ませているからです。仮に意見の調整がつかないなら会談は中止になるものです。しかし、今回の会談ではマスコミの面前でトランプ大統領がゼレンスキー大統領を罵倒していました。その映像があまりに悲しくて淋しくて今回書かずにはいられなくなりました。
僕は政治の専門家でも外交の専門家でもありませんので詳しいことまではわかりません。単にいろいろなメディアの情報に触れている平凡なおじさんでしかありません。あ、オジイサンの一歩手前でした。そんな僕の考えであることを承知の上でこれから先をお読みいただきたく思います。
トランプ大統領はウクライナに対して、突然「これまでに支援したお金を返せ」と言ってきました。これはあまりに酷い仕打ちです。トランプ大統領はゼレンスキー大統領に対して「前(バイデン)政権を凋落してお金を引き出してきた」というような言葉まで発しています。これが僕には納得いきません。基本的に米国は欧州を支援する姿勢をずっととってきました。これは民主党・共和党に限らずで、冷戦構造があったからです。レーガン大統領はソ連を「悪の帝国」とまで非難していたほどです。
朝鮮戦争にしてもベトナム戦争にしても米国は西側民主主義陣営を守るために支援をしてきたはずです。その延長線上にウクライナ支援もあったはずで、例えば、韓国やベトナムに「これまで支援してきた戦費を返還しろ!」というようなものです。「誰が考えても非常識」、と僕は思ってしまいます。
と書きつつ、トランプ大統領の考えを全否定できない気持ちがあるのも事実です。これも以前少し書きましたが、もしかしたら「トランプ発想」がこれからの米国の主流になり、あながち間違いでもなくなるのではないか、と思いつつあるからです。もちろん僕の理想は違うのですが、米国がいつまでも覇権国家でいられるとは限りません。
先日読んだ記事に、「現在米国の経済は昔ほどの繁栄ではないが、それでも米国は経済的にも軍事的にも世界最強」と書いてありました。しかも「圧倒的に」だそうです。米国の底力がわかるというものですが、その米国が「米国第一主義」のトランプ氏を大統領に選んでいます。この結果を見ていますと、「米国は最強」と言われながらも普通に暮らしている国民、特に白人労働者はその「最強」を享受できていないことの証左と思ってしまいます。そのような米国になっているのですから、いつまでも西側諸国全体のために経済的・軍事的に支援することができなくなってきているのも事実と思えます。完璧にトランプ大統領の側に立って考えてみますと、トランプ大統領のゼレンスキー大統領に対する対応・態度も理解できなくもない、と思う僕もいます。
でもやっぱり、だからと言って過去のことまで持ち出して「支援金を返済しろ!」はあまりに理不尽です。当時は紛れもなく米国自身の利益ための支援金という側面もあったはずです。代理戦争という言葉がありますが、「他国の人たちに東側陣営と戦わせていた」と批判する意見もあります。かつて湾岸戦争のときに日本は「人的な貢献をしなかった」と世界から非難されました。「お金だけだしてほかはなにもしない」という非難ですが、自国民を兵士として出しているほかの国からしますと「卑怯者」と映るのも当然です。
このような視点で考えますと、米国が「支援金を出した」ことは自国民を出したわけではありませんので、決して損をしたことにはならないはずです。「損をした」どころか「得をした」と考えることもできます。それを今頃になって「支援金を返せ!」はないと思います。もちろんこれからは「支援金を出す」ことが当然でなくなるかもしれません。今後は「支援金」なのか「投資」なのかはっきりと区別される可能性があります。
そういえば、先日トランプ大統領がフランスのマクロン大統領と会談したときに言及されていたのですが、「EUがウクライナに供与している戦費はすべてが支援金ではなく、幾らかは貸付になっている」そうです。僕はこれまで特に意識したことがありませんので、驚いたのが正直なところですが、こういう点も僕がトランプ大統領の発想に理解を示すことになったことと関係しています。
それにしても、トランプ大統領の発想はこれまでの米国の行動とはまったく異なっています。「いい」「悪い」で言いますと、僕の考えでは「悪い」となりますが、あくまで日本で暮らしている市井の一市民の考えです。米国民は違っても当然です。シンプルに例えるなら、「大金持ちが、自分に余裕があるときは困っている人に余っているお金をあげていたけど、余裕がなくなって『あげるのやめた』金返せ」ということです。
『あげるのやめた』までは理解できますが、「昔あげたお金をかえせ!」はやはり言ってはいけない言葉です。そこで僕の批判の矛先は民主党に向かいます。支援金を喜んで「あげていた」民主党から「異議」の声が上がらないのが不思議といいますか納得いきません。米国はトランプ大統領の独裁国家ではないはずです。トランプ大統領を批判するデモは起きているようですが、マスコミから報じられる限りは大きなうねりにはなっていません。そうなりますと、民主党の政治家に期待するしか術はないのですが、どうしたことか民主党陣営から「トランプ大統領を批判する」の声が日本にはまったく聞こえてきません。
「批判」ではなくとも、せめて「諫める」くらいの発言があってしかるべきです。もしかしたなら、実際には民主党関係者が強い反対の声を上げていて、それが単に日本では「報じられない」だけの可能性もあります。僕はそうであることを願っています。
僕は今回、トランプ大統領とゼレンスキー大統領が言い争う映像に衝撃を受けて、このコラムを書きはじめたわけですが、先に書きましたように本来首脳同士の会談の前には周りのスタッフが事前に地ならし・調整をしているのが普通です。
その役割を担っていたのはキース・ケロッグ・ウクライナ担当特使という方でした。このケロッグ氏はどちらかと言いますと「ウクライナに対して好意的な人物」と解説している記事を読んだことがあります。これは僕の勝手な推測ですが、そのケロッグ氏が功を焦って「調整を詰め切れていない」段階でトップ会談を実現させた可能性があります。侵攻された側の大統領が「マスメディアの前で非難される光景」はあまりに理解しがたいものがあります。
夜にNHKでトランプ大統領とゼレンスキー大統領の会談の様子を全編見ました。僕が見た印象では、どちらかと言いますと、途中までは険悪な雰囲気はなく、ゼレンスキー大統領もどうにかやり過ごしている感じがしていました。しかし、その間もその表情にはなにかしらをこらえているようでもありました。
そのような状態だったのですが、記者からの質問に答えていく中で、それまでの「なんとかこらえていた感情があふれ出た」という印象です。
僕はゼレンスキー大統領が不憫でなりません。世界に月光仮面はいないのか!
でも、月光仮面って調整は苦手そうだよな。
じゃ、また。