9月のことになりますが、突然、「難聴」になってしまいました。「突然」の難聴でしたのでいわゆる「突発性難聴」ということになりますが、その日は土曜日の朝でした。朝食の準備をするためにテーブルを拭いていたのですが、そのときに突然、左耳の聴こえが悪くなってしまったのです。子どもの頃、プールに入ったときに耳の中に水が入り「聴こえにくくなる症状」がありましたが、そんな感じです。「こもっている」とか「遠くで聞こえる」、「閉塞感」といった表現が当てはまりますが、経験していない人に伝えるにはそうした表現がわかりやすいと思います。
マスコミなどで「アーティストが突発性難聴になった」というニュースを聞くことがありましたが、まさか自分がなるとは思いもしませんでした。しかし、ネットで調べますと高齢者にはそこそこある症状のようで、そして、「突発性難聴」の治療で最も大切なことは「早期に治療をはじめること」と書いてありました。しかし、そうしたことを知ったのはもっとあとのことで、最初に聴こえが悪くなったときは「気のせい」と思い込もうとする気持ちもなくもなく、しばらく様子をみることにしました。
実際、翌日になりますと「聴こえにくさ」が少し改善したようにも感じられましたので、まだ「突発性難聴」と断定することはできませんでした。そこで、ちょうど次の週に耳鼻科に行く予定がありましたので、そのときにお医者さんに診てもらうことにしました。以前から書いていますように、僕は「嗅覚障害」を患っており定期的(2~3ヶ月に1度)に耳鼻科に通院しています。ですので、その日についでにと言ってはなんですが、効率的な面からいっても好都合と思った次第です。
「嗅覚障害」のときに書いたと思いますが、僕はこの耳鼻科の先生をとても信頼しています。この先生に出会うまでに3~4つくらいの病院に通ったのですが、どこも嗅覚を復活させることができませんでした。この病院はネットで調べて見つけ、車で30分くらいの距離ですが、僕はこの先生に出会って嗅覚を復活させることができました。当時の感動を今でも憶えています。
しかも、この先生のよいところは患者の話を丁寧に聞いてくれるところです。年齢は50代半ばといったところでしょうか。接し方も偉ぶったふうな態度がまったくなく、僕が出会った医師の中で「一番の先生」と信頼しています。その先生に「聴こえが悪くなった」症状について話しますと、鼻を診てから耳の中も診てくれました。しかし、「う~ん」とつぶやいたあと、こう言いました。「少し様子をみましょう」。
この先生の言葉には僕の「症状の伝え方」も影響しているような気がしています。それは「翌日に大分戻ったんですけど…」という言葉をつけくわえたことです。実は、病院に行くときは「どのように伝えるか」はとても重要です。下手に大げさに伝えますと、余計な検査をされたり間を開けずに来院を求められたり、薬を多めに処方されたりなど、僕は素人ではありますが、素人なりに「不要な」と感じる対応をされることが間々あります。これは心臓の手術をしてからいろいろな病院に行くようになり、それなりの人数のお医者様と接するようになって学んだことです。ですので、症状の伝え方はとても重要です。
そのときも、事前に話し方や説明する際に使う言葉を慎重に選んだりして用意周到で治療に臨んだのですが、その結果が「少し様子をみましょう」でした。僕の中では「突発性難聴」と診断してもらい、適切な薬をすぐに処方してほしかったのですが、「様子をみましょう」に従うしかありませんでした。
ところが、「聴こえの悪さ」は強まったり弱まったりでやはり「難聴」が改善される兆しもなく、また先生から「3日~4日しても症状が治まらなかったら来週すぐにきてください」とも言われていました。実は、先生が「様子をみましょう」といった理由について、あとになって妻から指摘されました。
それは「耳の中が汚い」ことです。妻に言わせますと僕の耳の中は「耳毛」と「耳垢」にまみれているそうです。実際、僕はあまり耳掃除をしたことがありません。理由は、「耳垢はほっておいても自然に外に出てくる」とネットに書いてあったからです。信頼できそうなきちんとしたサイトの耳鼻科の先生が解説していましたし、しかもたくさんのサイトで同じように記されていました。僕が「耳垢掃除をしなくなった」理由を理解してもらえると思います。
あと一つ理由があります。実は、以前といっても10年くらい前までのことですが、その頃まで僕は妻に「綿棒」で耳掃除をしてもらっていました。妻の膝に横向きで頭を乗せ、ベビーオイルをつけた綿棒で耳の中を掃除してもらうのです。最初のうちはとても気持ちよかったのですが、次第に力の入れ具合が強くなってきました。しかも、耳毛を指で抜くようになったのです。これが痛いのなんのって…。
あまりに痛いので文句をいったところ、それ以来「耳掃除」をしてくれなくなったのです。ですので、「突発性難聴」になった当時の僕の耳の中は「耳毛と耳垢でまみれていた」はずです。僕はそのことにまったく気づいておらず、先生が耳の中を診たとき真っ先に思ったのは「耳の中が汚いから聞こえにくい」だったのではないでしょうか。僕はそう推測しています。
ですが、いつもは2~3ヶ月に1度の頻度で来院する僕が翌週すぐに来院しましたので先生は「突発性難聴」を疑ったようです。すぐに聴覚検査を行い、その結果「突発性難聴」と診断が下されました。実は今の時代はネットで「治療方法および処方される薬」も調べることができます。先生が示した治療方法ならびに処方した薬はネットで調べた内容とまったく同じでした。こうした対応は僕に安心感を与えてくれます。
「難聴の検査」は初めての経験でした。左右別々に行うのですが、狭い部屋に入れられ、ヘッドホンをつけ「音が聞こえたらボタンを押す」システムです。音もいろいろな種類があり、それらを聞くことにより「どの種類の音が聞こえるか、もしくは聞こえないか」を調べるようです。
やはりどんな検査でもそうですが、初めての検査は緊張するものです。「まったく聞こえなかったらどうしよう」という不安がもたげてきます。しかし、正常な右耳からはすべての種類の音が聞こえてきました。ですが、残念なことに難聴になっている左耳はあまり聞こえてきませんでした。先生はその聴こえの状況をグラフにした表を僕に見せながら「突発性難聴」と診断を下しました。単に口で説明されるよりもグラフで見ますと理解をしやすく、自分に聞こえにくい音があることが不思議でした。
その後、その耳鼻科に行く機会がありましたが、やはり耳の状況を話す際には注意を払いました。「突発性難聴」は発症原因がまだ完全に解明されておらず、治療をしても「完全に治る人の割合は3~4割」と説明されていたからです。僕の場合も治療を開始してから1週間後に診察を受け、再度「聴覚検査」をしたところ、確かに聴覚力は改善していましたが、完全に元に戻ったというよりは90%くらいの回復具合でした。先生の口ぶりから「これが限界」と感じましたので治療も終わることになりました。
それから2ヶ月経ったあとの診察でしたので言葉を慎重にしたわけです。僕が選んだ言葉は「安定しています」でした。僕の言葉を聞いて先生も納得したらしくそれ以上は聞いてきませんでした。その日は結局、いつものように鼻の治療だけで診察を終えました。
現状はまだ聞えが悪くなることもあるのですが、生活に支障をきたすほどではありません。年齢も年齢ですからこの状態に慣れることも必要かと思っています。
あ、そうそう。今では僕の耳垢掃除を妻にやってもらえるようになりました。僕が一生懸命に謝ったこともありますが、一番の理由は妻の「突発性好機嫌」のタイミングを狙ったからです。
じゃ、また。