先週もトランプ大統領について触れましたので、今週も書くことには少しばかり躊躇する気持ちがありましたが、それでもやはり今週も触れらずにはいられません。なぜって、トランプ大統領が「あまりにもロシア寄りの言動」をすることが多いからです。事実とはかけ離れたコメントもありました。ゼレンスキー大統領の支持率を「4%」と言ってみたり、もっとひどいのは「独裁者呼ばわり」したことです。ゼレンスキー大統領およびウクライナの人たちがかわいそうでなりません。
僕はNHKの「映像の世紀バタフライエフェクト」という番組を毎週楽しみにして見ているのですが、先週は「プーチンとゼレンスキー ロシアとウクライナの100年」というタイトルでした。ロシアとウクライナの関係歴史を解説していた番組ですが、プーチン大統領がウクライナに固執する理由もわかりましたし、ウクライナの悲惨な歴史を知ることもできました。
もう少し簡略した歴史についてはこれまでに見聞きしたことがありましたが、どちらかと言いますと断片的だったように思います。それらを時系列で丁寧に説明していましたので、全体を俯瞰できてとても勉強になりました。それにしても、ずっと昔からウクライナはロシアから幾度も蹂躙されていたのですが、今回ロシアが侵攻するもっと前から世界はウクライナに寄り添うべきだったと思います。
と、ここまで書いてきて思い出した事件があります。2004年のウクライナでの事件ですが、当時のビクトル・ユーシェンコ大統領が、大統領選中に何者かに毒物を盛られ、後にダイオキシン中毒と診断された事件です。当時、ユーシェンコ大統領は親ロシア派の対立候補と争っていましたので、犯行はロシア派によるものと噂はされていました。結局は、真相はわからないままになっているのですが、僕がこの事件を憶えているのは、かなりのイケメンだったユーシェンコ大統領の顔が毒を盛られたことで激変していたからです。ゼレンスキー大統領も食事にはかなり神経を使っているでしょう。
僕はトランプ大統領に批判的ですが、それでも「米国民が選択した」ことは尊重されるべきだと思っています。一時期は「トランプ支持者たちは騙されている」とトランプ氏を選択した支持者たちに対して疑問を感じることもありました。正直に言いますと、「疑問」どころか「蔑視」する気持ちもありました。
「蔑視」は言い過ぎとしても、トランプ氏に「操られている」とか「ネット情報に騙されている」とは思っていました。こうした考えに至ったのはロシアの状況を見ていたからです。ロシアではプーチン大統領の支持率が80%を超えていますが、一部の若い人は別にして中高年以上の人たちは世の中で起きていることに対してあまり関心を持っていないように見受けられます。
1年ほど前、ロシア反体制派指導者ナワリヌイ氏が刑務所で死亡しましたが、ロシアではプーチン大統領を批判する人たちは迫害されています。そうした社会にしているのは紛れもなくロシア国民です。繰り返しになりますが、一部の若い人は別にして中高年以上の人たちがマスコミから伝えられる情報を自分で考えることはせず鵜呑みにしていることが要因です。ロシアのウクライナ侵攻後に、国営放送の一人の女性アナウンサーがウクライナ侵攻の真実を伝えようと、番組内で大きな紙を掲げてプーチン政権を批判した事件がありました。それでもプーチン政権を批判する大きなうねりにはなりませんでした。これがロシアの現実です。
そうしたロシアの現状を見ていましたので、トランプ氏が大統領に選任されたときも投票した人たちは「操られている」と思ったのです。しかし、そうとも言い切れないと思う出来事がありました。それは兵庫県知事選です。兵庫県の知事選は現在でも情報が錯綜していて、なにが真実かわかりにくいのですが、僕がただ一つ思っているのは、斎藤知事に投票した人たちが「ネット情報」に流されてもしくは騙されて一票を投じたわけではないことです。
知事選が決まった時にも書きましたが、60代半ばの女性が「ネットの雰囲気に流されたのではなく、自分でいろいろな情報を探し、真偽を確かめて投票した」とインタビューで答えていました。僕の中ではこのインタビューがとても衝撃的で、もしかしたら一般の人たちは中高年者も含めてマスコミ等で報じられるよりも、もっと上手にSNSやネット情報を使いこなしているのではないか、と思うようになりました。
こうした考えに至っているときに、米国の大統領選でも似たような記事を目にしました。最も印象に残っているのはトランプ氏に投票した男性が語っていた「人間性ではなく政策で選んだ」という言葉です。日本で米国選挙の情報に触れていますと、トランプ支持者たちは「情報に流されている」という印象を受けます。言葉を変えるなら「騙されている」となるわけですが、どうもそうでもなさそうです。
トランプ氏に投票した人の理由として、岩盤支持層を除外するなら、もっとシンプルに「自分たちの生活をよくしてくれそう」という言葉に集約されそうです。「自分たちの生活」ですからウクライナやガザに対しては「全然関心がない」とまではいきませんが、そこまで重要視しているわけではありません。大切なのは「自分たちの生活」です。そう考えますと、民主党が負けたのもうなづけます。
つまり、トランプ氏が大統領選に勝利した一番の理由は、生活に困っている人たちの「生活をよくすることを掲げた」ことに尽きます。それを思いますと、矢継ぎ早に大統領令に署名しているのも理解できます。日本では批判的に報じられる「大統領令に署名している映像」ですが、米国民全体からしますと割合は多くないのかもしれませんが、喜んでいる人がいるのも事実です。
そうした心情でトランプ大統領のロシアへの対応を見ていますと、もしかしたらすべてが「作戦なのでは?」という考えが頭をよぎります。「ロシア寄り」という言動も「ロシアを交渉に引き入れる作戦」とも見えますし、ゼレンスキー大統領を「独裁者呼ばわり」したのもロシア側に油断させる作戦とも思えます。
そう思っている最中に「停戦後にロシアが再度侵攻をしたら、ウクライナは自動的にNATO加盟する」という米国側の提案が報じられました。正直、僕は「なかなか素晴らしい案」と思ったのですが、このようにするなら現時点で「ウクライナのNATO加盟」に消極的な「NATO加盟国」も納得できますし、ロシアにしてもすぐに「NATO加盟」をするわけではありませんので受け入れられる内容です。
僕はこの案を「なかなか素晴らしい」と感動したのですが、朝のフジテレビの番組に出ていた教授は納得していませんでした。理由は、これまでになんども停戦を約束しながら反故してきた過去があるからです。その教授の指摘も説得力がありますが、今現在とりあえず侵攻をやめさせるにはこれしかないように思います。
実際、ウクライナの世論調査でも侵攻直後は80%くらいあった「領土を諦めるべきではない」という意見が、現在では55%前後に減少しています。人間だれしもそうですが、気持ちは時間とともに変化するのが常です。前にもこのコラムで書きましたが、そもそも侵攻されているウクライナの中でも戦争に賛成する人としない人で意見が分かれています。そこにつけこもうとしているのがプーチン大統領でしょうが、「映像の世紀…ロシアとウクライナの100年」を見た僕としては、とにもかくにもウクライナの人たちが不幸にならないことを願うばかりです。
そのような結果になることをトランプ大統領には望んでいるのですが、「本当はいい人」であのロシア寄りの言動は、「実は、作戦で、仮の姿だった」となることを期待しています。だって売れたじゃないですか、あの本。
「嫌われる勇気」。
じゃ、また。