僕は最初に開くポータルサイトを「Yafoo」に設定しています。「Yafoo」はニューストピックスが項目別に並んでいますので、それらを順に見ながら、興味を持ったトピックをクリックしてその記事のあるサイトに移動します。この構成が自分には合っていて、「国内」や「経済」から「エンタメ」まで、それぞれ分野ごとに分類されているのでとても見やすく、内容も比較的的確だと感じています。
毎晩、NHKのニュースサイトもチェックしているのですが、こちらも同様に「社会」「政治」「経済」「国際」などと項目が分かれていて、読みやすい構成です。新聞の「社会面」「経済面」「スポーツ面」といった構造を踏襲していますので、僕のような昭和世代にも親しみやすく感じられます。
一方で、ポータルサイトの中には、トップページに小さなサムネイル画像と見出しがずらりと並び、そこから各記事へと誘導する構成のサイトもあります。こうしたサイトにおいては、往々にして「見出し」が大げさです。週刊誌の表紙に並ぶ見出しを連想させるような印象で、その目的は言うまでもなく「自サイトへの誘導」にあります。
実は僕、こうした見出しによく引っかかってしまいます。最初に開くのは「Yafoo」なのですが、何かを検索したいときには新たにタブを開いて検索するようにしていて、そのときに表示される初期ページは「msn」のポータルサイトに設定しています。いろいろなポータルサイトを見ることで、異なる視点のニュースに触れられると思っているからです。ただし、この「msn」のポータルサイト、なかなかのくせ者です。
ご存じの方も多いでしょうが、「Yafoo」と違って、「msn」はサムネイル画像と見出しがかなり雑然と並んでいます。そして、その見出しのつけ方が実に巧妙で、思わずクリックしたくなってしまうような文言が並んでいます。
今日、僕が引っかかったのは、
【大谷翔平が「1番・DHで出場 後半戦初ア…】
というものでした。
これを見た瞬間、思わず「えっ、後半戦初アーチ打ったの?」と思ってクリックしてしまったのです。ところが、記事を開いてみると、「初アーチに期待」という内容。「期待」って、あなた…。もう、これじゃほとんど詐欺じゃないですか!
まぁ、慣れてる人ならそんな見出しには引っかからないんでしょうが、分かっていながらクリックしてしまう自分が情けないです。よく言えば好奇心旺盛、悪く言えば「おっちょこちょい」なだけ。ポータルサイトの皆さん、僕のような純真なオジサンをたぶらかすのはやめてください。(笑)。
そんなことを考えていましたら、ふと「もっと見出しで釣っているもの」があることに気がつきました。「選挙公約」です。
各政党が掲げる「減税」や「給付金」などのスローガン。どれも似たり寄ったりに見えますし、つまるところ議席を獲得するための“おいしい話”ばかりが並んでいる印象を受けます。選挙公約とは本来、国民にとって耳の痛い話であっても正面から語り、丁寧に説明して理解を得る努力こそが政党の本質であるべきです。
もちろん、そうした真っ当な姿勢は政治家自身が自らを律することが前提ですが、それをクリアしているのであれば、たとえ厳しい内容でも国民は支持するはずです……と、ここまで書いておいてなんですが、正直、半信半疑でもあります。なぜなら、政治というのは突き詰めれば「調整」の仕事だと思っているからです。
「国民」と一言で言いましても、若い人、高齢者、会社員、公務員、自営業者、フリーランス、年金生活者、そして無職の方まで、立場は実にさまざまです。そうなれば、当然、意見が食い違うのも当たり前。その対立や矛盾を調整していくのが政治家の仕事であり、そうでなければいけません。その象徴的な例が、昨今の米価の高騰問題です。
消費者から見れば、お米は安いに越したことはありません。一方で生産者にとっては、高く売れる方がありがたい。両者の利害が真っ向からぶつかる中で、誰をどう支援し、どこに軸足を置くかを決めるのが政治の責任です。
仮に一般企業であれば、市場に任せれば自然と価格は落ち着きます。しかし、農業はそう単純な話ではありません。消費者は所得によって好みのお米を選べますが、生産者、とくに零細農家は、構造的に不利な立場にあります。大規模農家とでは、生産コストも販売力も違います。
すべての農家に支援を行うのが理想ではありますが、それでは財政が持ちません。結局、どこかに焦点を絞るしかなくなり、支援を受けられない層が出てきます。その歪みに誰が責任を持ち、どう説明するのか。これが、政治の役割です。
僕の好きな言葉に、経営学者ピーター・ドラッカーの言葉があります。
「変化はコントロールできない。できるのは変化の先頭に立つことだけだ。」
50年ほど前、大手スーパーが台頭して、個人商店が淘汰されていきました。小さな店が消えていったのは、時代の変化でもあり、消費者のニーズに応えられなかった結果です。社会はその変化を受け入れ、今の暮らしがあります。
同じことが、今の農政にも当てはまるように思えます。既存の農業制度が時代に合わなくなり、変化が求められている。その中で小泉農水大臣は、農協をはじめとした保守的な抵抗勢力に改革を突きつけています。おそらく、選挙後には彼に対して大きな逆風が吹くことでしょう。その風をしのげるかどうかが、農政改革の成否を分ける分岐点になるはずです。
残念ながら、かつて父・純一郎氏が行った郵政改革も、時間をかけて骨抜きにされ、今年に入り骨抜きが完了してしまいました。進次郎大臣には、あの轍を踏まずに乗り越えてほしい。今後の動向をしっかり見ていきたいと思います。
さて、見出しの話に戻りましょう。
「キャッチーな見出し」は、大衆の関心を惹きつけるには効果的です。しかし、それだけでは真実には届きません。たとえ面倒でも、その先にある本文にたどり着き、自分の目で確かめることがとても大切です。
たとえば、冒頭の【大谷翔平が「1番・DHで出場 後半戦初ア…】という見出しを見て、僕のように勝手に「ホームランを打った」と思ってしまえば、それは誤情報を信じたのと同じことになります。しかし、本文まで読めば「期待されている」だけだったと分かる。それで防げた誤解です。
問題は、もっと巧妙な、いわば“ステルス”のように仕組まれた印象操作や誘導です。パッと見ただけでは気づかない、でも知らず知らずのうちに偏ったイメージを刷り込まれてしまう──。そんな情報が、今はネットにも政治にもあふれています。
今の時代、SNSを通じて情報が爆発的に広がります。だからこそ、「見出し」に対する注意力はかつてないほど求められています。言葉だけに踊らされず、自分の頭と目で真実に触れようとする姿勢が、これからの僕たちに必要なのだと思います。
「見出し」だけに踊らされる人を「見出し坊」と呼びましょう。
じゃ、また。