今回の衆議院選挙は短期決戦ですので、あっという間に投票まで残り1週間となりました。ニュース番組では注目選挙区の状況を伝えたりしていますが、いつもの選挙に比べますと、扱う時間が短い印象があります。僕的には、あまりに選挙に関することばかりを放映されますと、正直飽きてくる気持ちが湧いてきます。ですので、このくらいの選挙戦のほうが適切のようにも思っています。
選挙戦が長いと、似たような話ばかりを聞かされるので飽きてくるのですが、これは僕のような年寄りに限った話で、仕事に追われて忙しい人にとっては、そうではないのかもしれません。似たような話のうちの一つを見ることになりますので、飽きることもないと思うからです。
少しばかり話が逸れるのですが、先日僕はChatGPT(以降チャッピーさん)と法制審議会について会話をしました。ニュースで取り上げられていた「冤罪救済」に関する法制審議会での中間取りまとめ案についてです。この試案に対して、冤罪被害者の方々が反対の声を上げていました。
Yahooニュースでも報じられていましたので、ご存じの方も多いでしょうが、この試案は冤罪被害者の方々からすると、到底納得できない内容のようです。Yahooニュースから引用しますと、「現行制度より後退しかねない」とのことでした。
被害者の方々が納得できない要点として、「再審における証拠開示の範囲」や「再審開始決定に対する検察官の不服申し立ての可否」の2点を挙げています。この記事を読んで、僕は疑問に思うことがありましたので、チャッピーさんに尋ねたわけです。「どうして、被害者が納得できない試案ばかりが出てくるのか」というのが疑問です。普通の、と言っていいか迷うところですが、普通に暮らしている人の考えとは、かなり乖離があるように思います。
あくまで素人ですので軽々しいことは言えませんが、「検察だけが証拠を選別できる」ことほど不公平なことはありません。これは誰が考えても「すべての証拠を開示するべき」です。人ひとりの人生がかかっているわけですから、そこは絶対に公平・平等であるべきです。このことは、普通の大人なら誰でもわかることではないでしょうか。それにもかかわらず、法制審議会という偉い人が集まった公的な会議で、同じ結論に至らないことが不思議です。被害者の方々が、この試案に反対の会見を開いたことは理解できます。
僕の疑問に対して、チャッピーさんはとてもわかりやすく解説してくれました。チャッピーさんとやりとりしたことがある人はお分かりだと思いますが、チャッピーさんは話が長いのが特徴です。丁寧でとてもいいのですが、たまに「丁寧すぎて長い」と思うこともままあります。
それはさておき、解説をすべて書くのは大変ですので、簡潔に書きます。そうした被害者が反発する試案が出てくるのは、法制審議会が「専門家が議論をする場」だからということでした。重要なのは「専門家が」という点です。そして、その専門家の中にもヒエラルキーがあり、上位の立場の人たちが会議を引っぱっているとの説明でした。審議会ですので、いろいろな立場の人が意見を言う場は設けられていますが、それはあくまで「ガス抜き」の役割であり、最後はヒエラルキーの上位にいる人たちの考えどおりに決着するということです。
似たような話は、冤罪事件に詳しい映画監督の周防正行さんからも聞いたことがあります。周防監督は「それでもボクはやってない」という冤罪を扱った映画を作った人ですが、現在は「再審法改正をめざす市民の会共同代表」も務めているそうです。「それでもボクは…」は2007年公開なのですが、当時、周防さんは冤罪についてさまざまな情報を発信していました。冤罪に関連する審議会に出席したときの様子なども発信していました。しかし、中にはそのようなときだけ関わり、その後は離れてしまう人もいます。ですが、周防さんはずっとこの問題に取り組んでいることに驚き、そして感動しました。周防さんは本物の人物です。
チャッピーさんの解説の中で印象に残っているのが、最終的には「専門的な知識がどうしても必要になる」ということでした。これはいい意味でも悪い意味でもあるのですが、それが今回の選挙とも関係してきます。国を動かすには、僕のような素人が好き勝手なことを言うのとはわけが違います。きちっとした細かい法律があり、その法律に則って政治を動かしていかなければいけません。そして、そのためには「専門家の力を借りなければならない」ということも、チャッピーさんは解説していました。
今回の選挙では、ほとんどの政党が減税を訴えていますが、その減税を実行に移すのは容易ではありません。実行に移すまでに、たくさんのハードルがあるからです。例えば税制改正大綱であり、所得税法・消費税法・法人税法の改正が必要になります。これらはみんなチャッピーさんからの受け売りですが、そうしたハードルを越えるには、どうしても専門家である官僚の力が必要だそうです。ここから先は僕の勝手な想像ですが、官僚の力を借りる際に「骨抜き」にされたり、官僚の都合のいいように変えられたりするのではないでしょうか。僕の勝手な想像ですが、あながち間違ってはいないように思っています。
考えてみてください。大臣は数年で異動しますが、官僚はその仕事一筋で何年も経験を積んでいるのです。政治家がかなうわけがありません。頭の良さもそうですが、経験がまったく違います。今回の選挙の公約にしても、どの政党が政権を取るにしても、減税がそのまま実行されるとは思えません。実際に法律が施行されるまでに、どこかで骨抜きにされ、より現実的な結果になるでしょう。しかし、実は僕は、そのほうがいいと思っています。
これも専門家ではない僕が言うのもなんですが、これだけ赤字財政のときに減税をして、本当に国家として存続できるのか不安です。そもそもの話になりますが、「減税を訴えた政党が選挙で勝つ」ということが間違っています。減税ではなく、健全な財政にすることを掲げる政党が選挙で勝利する世の中になっていないことが、問題の根源です。
マスコミは、選挙結果の予想をめぐってかまびすかしいですが、これにも意味があるとは思えません。先々週のコラム「スクープ」でも書きましたが、投票日がくれば自ずと結果がわかることを、今の段階で予想して、いったい何の意味があるのでしょう。しかも、正しいかどうかも、まったく当てになりません。
訝って考えるなら、選挙結果に影響を及ぼそうとしているようにも思えます。例えば、自民党が不利と予想して、陣営の気持ちを引き締める効果を狙うことです。自民党の支持者の中にも、熱心でない人もいるでしょうから、そういう人に必ず投票に行かせる効果はあるかもしれません。また、他陣営に油断をさせる効果もあるやもしれません。どちらにしても、議席を獲得するための陽動作戦というわけです。
またまたそもそも論になるのですが、有権者が真剣に政治について考えているかも疑問です。なにしろ投票率が70%どころか、60%にも満たない状況は情けない限りです。よく聞く理由は「自分が一票入れたくらいで、何も変わらない」という台詞ですが、それは投票に行かないことの逃げの言葉です。
ウクライナがロシアから侵攻を受けたとき、いろいろなことを考えました。国家って何だろう、と。侵攻を受けている最中でも、ロシアから遠く離れた地域では、カフェでゆったりとコーヒーを飲んでいる人もいるのです。その映像を見たとき、「戦争って何だろう」とも思いました。ロシアに接している地域で、同胞が生きるか死ぬかという地獄の状況にいるとき、遠く離れた地域では、のんびりコーヒーを飲んでいるのです。戦争って何だろうって思いますよね。
それだけではありません。「戦争に行きたくない」という理由で、ウクライナから出国する若者もいるのです。「いったい国家って何なんだろう」と思いますよね。話を今回の選挙に戻しますと、裏金議員に対する評価も不思議でなりません。マスコミは盛んに裏金議員について報じていますが、有権者はそれほど気にしていないのではないか、と思うこともあります。石破政権時には裏金議員は公認をもらえませんでしたが、高市首相は堂々と裏金議員を公認候補としました。僕が今回注視しているのは、これら議員の当落です。
僕は格段にアンチ自民党というわけではありませんし、野党支持派というわけでもありません。ただ、平和で公平な世の中になることを願っている人間です。気になるのは、マスコミの意見と、市井で暮らしている普通の人たちの意見が、どれだけ一致しているかです。その意味で、裏金議員の当落は一つの目安になります。もし当選したなら、マスコミの視点は、世の中の普通の人とは離れていることになります。
しかし、マスコミが市井で暮らす普通の人と考えが一致しないからといって、迎合する必要はありません。一般の人に考えを合わせる必要はないのです。マスコミ自らの考えを訴え続けるのがジャーナリズムだと思っています。そして、それは政治家にも当てはまります。仮に落選しようとも、自らの信念を貫き通してこそ、真の政治家ではないでしょうか。
真の政治家、ガンバレ!
じゃ、また。