<歯車>

pressココロ上




ダウンタウンのハマちゃんが「体調不良により一時休養」と報じられました。相方の松ちゃんが不祥事で活動休止になる中、ひとりで頑張っていただけに本人も残念な思いがあるのではないでしょうか。早く体調が戻って復帰できることを祈っています。

僕が見ているハマちゃんの番組は「芸能人格付けチェック(以降:格付け)」と「プレバト」です。どちらも芸能人の「素」が見えるところが魅力です。特に「格付け」は「違いがわかる」をウリにして「通ぶっている」芸能人の化けの皮が剥がれていくのが見ていてとても痛快です。このような番組が生まれたのも「ハマちゃん」の功績のように思っています。

俳優の内藤剛志さんはハマちゃんよりも年上なのですが、大ファンであることを公言しています。内藤さん曰く「尊敬している」とまで言っています。その理由として「本質を見極める目があるから」と話しているのですが、「上辺だけで繕っている芸能界にいる人たちが許せない」という思いがあるように勝手に想像しています。そうした人間性が音楽バラエティー番組『HEY!HEY!NEO! MUSIC CHAMP』内で「ハマちゃんに叩かれたら売れる」という風説につながっていたように思います。

そのハマちゃんだからこそできた「格付け」ですが、芸能人は「一般の人よりも感性が優れている」ことを芸能人としての誇り・魅力・ウリにしているはずですから、ひと昔前であったならこのような番組は成り立たなかったでしょう。ハマちゃんの登場と時代の変化がちょうどいい具合でマッチしたことが成功の大きな要因です。

「格付け」はテレビ朝日で放映されているのですが、テレビ朝日と関西出身の芸能人の関係で忘れられない映像があります。大阪で大成功を収めた「やしき たかじん」さんが東京進出を狙ってはじめた番組でした。鳴り物入りではじまったのですが、ちょっとした制作側のミスに対する制作側の対応がよほど癪に障ったのか、放映中に制作側に対して怒りを爆発させていました。その怒り具合が尋常ではなく、「おそらく関西では『天皇』としてふるまっていたんだろうなぁ」と思わせる映像でした。結局、やしきさんはそれ以降東京では見かけなくなりましたので、東京進出をやめたのかもしれません。

これは僕の勝手な想像ですが、テレビ局側も関西の芸能人を使うときはそれなりに神経を使っているように思います。そんなことを思わせたのが、僕が初めてダウンタウンを見た番組「夢で逢えたら」です。この番組はまだ若手だった頃のダウンタウン、ウッチャンナンチャン、清水ミチコさん、野沢直子さんが出演していた番組でした。まだこの頃は全員が若手で同じスタートラインに立っていたはずですが、ハマちゃんが番組を完全に仕切っていました。ハマちゃんは存在自体に迫力があったからかもしれませんが、東京という場所でいうなら本来ならウッチャンナンチャンが仕切ってもよかったはずです。しかし、完璧にハマちゃんが番組を仕切っていました。存在感の大きさがわかろうというものです。

そもそも、番組で一番力を持っているのはプロデューサーです。ですので、若手の芸人さんたちはプロデューサーにペコペコしているのが普通です。その時代に、おそらくプロデューサーと対等に接していたのではないでしょうか。そんな気がしています。そのハマちゃんと松ちゃんを比べたとき、僕からすると「なぜか」という副詞がつくのですが、松ちゃんのほうに「天才」という評価がついています。

たまたま僕が深夜に見たトーク番組に放送作家の高須光聖さんが出演していました。その高須さんが具体例を挙げながら、松本さんの「天才ぶり!」を話していたのですが、高須さんの話をそのまま鵜呑みにすることはできません。なぜなら、高須さんは松本さんの昔からの知り合いで、しかも松本さんの周りを固めるスタッフの一人だからです。ですので、高須さんが褒めちぎるのは当然ですが、そうした評価が世の中全般に行きわたっていることに対して、正直僕は首をかしげたくなります。なぜなら、僕は「ハマちゃんのほうが天才だと思っている」からです。そのハマちゃんが一時休養することになりました。

ネット情報に寄りますと、ハマちゃんは週8本のレギュラーを持っているそうですが、それらすべてにハマちゃんが出演しなくなります。おそらく制作サイドは各局とも苦労していることは想像にがたくありません。中には番組がなくなることを心配している向きもあるかもしれませんが、心配することはありません。なぜなら、ハマちゃんがいなくなっても番組は続くからです。仮に、視聴率が低迷して終了することがあったなら、それは「ハマちゃんがいなくなった」ことが原因ではなく、その番組自体に魅力がなくなったからにすぎません。

思い出してください。例えば、島田紳助さんが芸能界を引退したときです。当時の島田さんは超売れっ子のお笑い芸人で芸能界で大きな力を持っていました。今のダウンタウンに劣らぬ人気・実力を持っていました。当然レギュラー番組も数多く持っていましたが、それでも代わりの人を充てて今でも続いている番組がたくさんあります。

松ちゃんが芸能活動自粛したときも同様です。代わりの芸人さんが松ちゃんに劣らぬ話術で番組を続けています。そもそも、番組とは出演者だけで成り立っているわけではありません。番組制作に携わっているいろいろなスタッフの力を総結集して作られています。ですので、出演者が一人いなくなったくらいで番組としての魅力が変わることはないはずです。もし、視聴率が悪くなったならそれは出演者云々ではなく番組自体に魅力がなかったということです。

僕がラーメン店を営んでいたとき、「一国一城の主」という自負がありました。サラリーマンのように「組織の一歯車」ではなく「自分ですべてを決めることができる」という思いが強くありました。まだ30歳になったばかりという若さゆえですが、恥ずかしながら傲慢な思いもありましたし、自負心もありました。「俺は歯車とは違うんだ!」という勘違いです。

その後コロッケ店を営んだり、いろいろな仕事に従事してきましたが、それらはすべて個人事業主という立場でした。正直、最初の頃は「歯車に対する反抗心」があったからですが、年を重ねるうちに「歯車にさえなれない」という気持ちに変わっていきました。企業にとって個人事業主の立場だった人ほど使いにくい従業員はありません。変に自我が強く、上から言われることに対して素直に従えない性分が身体に染みついているからです。

「歯車にさえなれない」と考えるようになった僕が今思うのは「歯車の重要性」です。チャップリンは映画『モダン・タイムス』で組織の歯車になることの悲哀を描きましたが、実は、「人はみな社会の歯車」に過ぎないのではないでしょうか。そして、それは悪い意味ではありません。

個人事業主の場合は1日でも休めば収入が1日分減ります。ですので、頑張って無理して働きづめになるのですが、それはあくまで個人の問題です。確かに、収入の面では個人事業主のほうが多くなる可能性がありますが、あくまで可能性です。売り上げが悪ければ収入は「組織の歯車」よりも悪くなるどころか赤字になることさえあります。

次に、サービスを受ける側の視点で考えてみます。ラーメン店で考えますと、個人事業主の場合は事業主が体調が悪く休んだときはそのお店のラーメンを食べることはできません。しかし、お店が「組織・企業」の場合は一人が休んでもその一人は「歯車」ですので、代わりの人が代わりを務めることができます。こうすることでお客さんはラーメンを食べることができます。ラーメン店だからいいですが、これが命にかかわる病院となりますともっと深刻です。個人で開業している医師が休んだときはその病院の治療を受けることができなくなるのです。それに対して、大きな病院ですと代わりの医師に診てもらうことができます。個人事業主よりも「歯車」の集まりである「組織」のほうが圧倒的によいサービスを受けることができます。

おそらくハマちゃんが休養しても、絶対に代わりの人が出てきます。しかもハマちゃんとそれほど変わらない話術で番組を盛り上げてくれます。ハマちゃんの例に限らず、たとえ誰か一人が休養しても、必ずその代わりの人が現れるのが世の常です。このように考えますと、世の中は歯車の集まりです。だからこそ多くの人が暮らしやすい世の中になっているのです。

「代わり」の有無の話になりますと、自然と純愛の話になりそうです。「この人だけ」という純粋な思いは、「愛」の理想形のように見えますが、実は、どんな「純愛」も「代わりの人」っているんだよなぁ、って言ったら嫌われるかしら。

じゃ、また。




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする