国民民主党の勢いがやや失速してきている印象を受けます。玉木代表が備蓄米を「動物の餌」と表現したことで顰蹙を買ったことも一因でしょうが、参院選の候補者選びでも物議を醸しています。「動物の餌」発言のあと、すぐに謝罪した姿勢は評価できますが、その後、「手取りを増やす」という一度成功したフレーズを再び前面に押し出したのは少々いただけません。まるで、「手取りを増やす」と言えば支持が得られると考えているかのようで、国民を軽んじている印象を受けました。
一方で、現在人気を集めているのは小泉農林水産大臣です。さまざまなメディアやニュース番組に積極的に登場し、次々と政策を打ち出しています。それは、農林族の政治的な力の強さを熟知しているからこそでしょう。なにしろ、与野党の双方に農林族の議員が存在しており、少しでも隙を見せればすぐにつけ込まれてしまいます。先週も触れましたが、小泉大臣の父・純一郎氏があれほど力を注いだ郵政改革も、今では揺り戻しが起きている状況です。いかに族議員が根強く、影響力を持っているかが分かります。
農林族の強大さを理解しているからこそ、小泉大臣も農政改革の難しさをよく分かっているはずです。専門家や識者の中には、小泉大臣のやり方に対し「強引すぎる」と釘を刺すような発言をする人もいますが、この分野においては、強引さがなければすぐにひっくり返されてしまうでしょう。反対派が小泉大臣を批判するのは理解できますが、立場を明確にしていない中立的な人々が異を唱えるのは、農林族の影響力の大きさを理解していない証左ではないかと感じます。
小泉大臣は、一見すると刺激的な言葉を繰り返しているように見えるかもしれませんが、実は慎重に練られた言葉遣いをしていると私は感じています。おそらく相当な準備をして臨んでいるのでしょう。もちろん、石破首相も同様です。石破氏もかつて農林水産大臣を務めており、農林族の手ごわさを身をもって知っている人物です。農林部会長を経験した小泉大臣と石破氏がタッグを組めば、農林行政改革が前進する可能性もあるのではないかと期待しています。
さらに、「農林族のドン」と呼ばれている森山幹事長が、現時点では小泉大臣を擁護するような発言をしています。この「重し」をどう動かすかが今後の鍵となりそうです。森山幹事長は「消費税の減税」については、断固として反対する姿勢を崩していません。「政治家生命をかける」とまで明言しています。その強い覚悟に、私はある種の頼もしさを感じています。
選挙を考えれば、どの政治家も「消費税減税」を訴えた方が得票につながるのは明らかです。誰しも税金は安くしたいと思うものですから。実際、野党はこぞって消費税減税を主張し、自民党の中にも同じことを言う議員がいます。こうした主張は、参院選を見据えた“人気取り”にすぎません。そんな中で、森山氏は一線を画し、減税に反対する姿勢を貫いています。
彼の信念の背景には、恩師である「ミスター税調」こと山中貞則氏の影響があるといいます。以前、ある記事で読んだのですが、森山氏は「政治とは、一部の利益ではなく、国家全体の利益を考えて行うものだ」という山中氏の信条を深く受け継いでいるようです。
そうでなければ、政治的に得るものの少ない「消費税減税反対」など唱えるはずがありません。
政治家にはさまざまなタイプがいますが、私利私欲に走る者ばかりではありません。一部の人だけの利益でなく、弱者の立場に立って政治を行おうとした政治家も確かに存在したのです。私が強く印象に残っているのは、1980年代後半、経世会が自民党内で実権を握っていた時代です。当時の経世会には何人かの幹部がいて、メディアは彼らを「七奉行」と呼んでいました。その中の一人に梶山静六氏がいました。梶山氏は「武闘派」としてその名を知られていました。
「武闘派」と呼ばれるほどですから、近寄りがたい印象もあったのですが、彼が亡くなった後、ジャーナリストの筑紫哲也氏が、ある雑誌で梶山氏の別の一面を紹介していました。一言でいえば、「弱者の味方だった」という内容です。「弱い人の声には親身に耳を傾け、それを政策に反映させようとしていた」と書かれていて、私は深く心を動かされました。
その記憶があるからこそ、息子である梶山弘志氏が菅政権で経済産業大臣に就任した際には、密かに期待を寄せていたのです。
さて、それはともかく、私はこう思っています。政治家は、弱者の味方でなければならないと。強者は、そのままでも生きていけます。しかし、弱者は立場が弱いからこそ、普通に生きることすら困難な状況に追い込まれます。自然界であればそれは摂理ですが、人間社会は違います。弱者でも普通に生きていける、そういう社会こそが「人間社会」だと思います。
今週、小泉大臣はある大手集荷業者に対して、名指しこそ避けながらも、批判のトーンを強めました。中でも注目を集めたのが「対前年比500%の増益」という発言です。この発言は遠回しながら、ある大手が売り惜しみにより過大な利益を得ていることを指摘したもので、誰のことかはもう明らかでしょう。農協です。
小泉大臣は、農協を通さず備蓄米を流通させることで、5キロ2,000円という価格を実現させました。逆に言えば、前任の江藤大臣時代には、政府が放出した備蓄米が農協の倉庫で眠っていたということになります。農協の影響力の大きさを物語る事例ですが、もともと農協がこれほど強大だったわけではありません。
私が中学生だった頃、50年以上前のことですが、公務員は“安月給”の代名詞でした。当時、お風呂のないアパートに住んでいたのですが、隣の部屋には教員の共働き夫婦が住んでおり、夜中にお金のやりくりで口論する声が聞こえてきたのを覚えています。それほど公務員の給料は低かったのです。
この状況を変えたのが田中角栄氏です。彼が首相に就任してから、公務員の給与が引き上げられ始めました。なぜこの話をするかというと、農協が強大化した時期と重なるからです。それまでは収入が低く、安定性に欠けていた農民の声が政治に届くようになったのが、ちょうどその頃。田中氏が政権を掌握し、農民票を基盤に政治力を拡大していった流れと密接に関係しています。つまり、農協の強大化は偶然ではなく、田中氏の政治手法の延長にあるのです。
小泉純一郎元首相が在任中によく口にしていた言葉に「既得権益」があります。文字通り「すでに得をしている権利・利益」であり、それを持つ人々は手放すことに強い抵抗を示します。とはいえ、社会全体の利益を考えたとき、不合理な既得権益は見直されるべきです。しかし、当事者にとっては生活の糧を失うことになるため、簡単には受け入れられません。
農協もまた、かつては弱者にとって不可欠な組織でした。農民にとって命綱のような存在だったのです。しかし、時代は変わりました。たとえば現在、農家が農協に卸す米は全体の30~40%にとどまると言われています。販売ルートが多様化した現代において、農協の役割は大きく変容しています。「農協はすでに使命を終えつつある」と言っても、決して言いすぎではないのではないでしょうか。今の米の価格高騰を見ていますと、私はどうしても「農協が生き残るための方策」に見えて仕方ありません。
――と、偉そうにあれこれ書いてきましたが、最後に大切なことを申し添えます。
ご存じのとおり、私は専門家でも評論家でもありません。そんな私が最後に付け加える一言は、これです。
知らんけど。
じゃ、また。
校正:ChatGPT