トランプ大統領の暴走が止まりません。トランプ大統領を支持している人は「暴走」とは考えないかもしれませんが、僕にはそう映ります。就任するやいなや大統領令を乱発していますが、とにかく前政権の政策を全面否定することが目的であるかのように見えます。たとえば、関税は「まるでスマホ」かと思いまがうほどの「かけ放題」ですし、ガザやウクライナでは「公平」というよりも「ディール(取引)」を目的にしているようにさえ見えてしまいます。大国の大統領とは思えない「米国第一主義」があまりにあからさまです。
僕が今一番同情しているのはウクライナです。ニュースを見る限り、トランプ大統領はウクライナを侵攻しているロシアに対して非難する姿勢をあまり見せていません。このままでは武力で侵攻を受けたウクライナが領土を奪われたまま戦争が終結してしまいそうです。米国の支援がなければウクライナは防戦できないのが実情です。世界がウクライナを見放さないことを願っています。
こうした状況を見ていますと、日本も「軍備の重要性」を考えずにはいられませんが、このようなことを書きますと、「戦争反対派」の人たちから批判の声が上がりそうです。しかし、軍備を充実させていないと他国から侵略される可能性が高まるように思えて仕方ありません。「戦争反対派」の人たちは他国から侵攻されそうになったとき、どのように対処するつもりなのでしょうか。
それはともかく、強烈な個性の持ち主であるトランプ大統領と石破首相が初会談をしました。事前の報道ではあまり芳しくない予想が言われていましたが、結果を見ますと、そつなくこなした印象です。もちろん一部では批判的な意見もありますが、全体的なマスコミ論調としては、「大」がついてもおかしくないくらいの「成功」という評価だったように思います。
安倍首相はトランプ大統領とゴルフを一緒にしたりなど親密度を前面に出していました。その安倍首相とはタイプが違う石破首相でしたので不安視する向きもあったのですが、予想に反してトランプ大統領には好意的に受け止められたように思います。こう言ってはなんですが、外見も含めて「鈍クサイ」ところが逆にトランプ大統領に好印象を与えたのではないでしょうか。僕はそんな気がしています。
会談の成功に関して、僕が一番思ったことは石破首相の努力もさることながら、石破首相をサポートしていた周りの人たちの仕事ぶりです。僕は政界の内情を詳しくは知りませんが、いろいろな記事などを読みますと、石破首相をサポートした人たちの努力なしには今回の石破・トランプ会談の成功はなかったように思います。特に印象に残っているのは、石破首相がトランプ大統領の前では安倍氏を称賛していたことです。
長期安倍政権時代、石破氏は安倍政権を批判していました。それゆえに石破氏は傍流に追いやられ疎んじられていたのですが、その石破首相がトランプ大統領の前では安倍氏を讃えていたのは、一にも二にもトランプ大統領と安倍元首相が親密だったからだろうと想像します。当然そこには、ソフトバンクの周東ではなく官僚の用意周到な作戦があったはずです。
昔から官僚については批判的な意見が出ることが多いですが、官僚にもいろいろな人がいます。当然、そうした人の中には「善人」もいれば「悪人」もいることになります。「悪人」とは国家の繁栄ではなく出世欲だけで仕事をしようとする人たちです。そうしたあまりよろしくない官僚として思い出すのが森友学園問題での公文書改ざん事件です。
憶えている方も多いでしょうが、森友学園問題とは用地買収に関して財務省が公文書を改ざんした事件です。この事件には当時の安倍首相もかかわっているのですが、そのことがこの事件を大きくしたと思っています。詳細は省きますが、改ざんを強いられた近畿財務局職員の赤木俊夫さんが改ざんを苦に自死しました。この事件が起きたあと赤木さんの奥様はご主人の意思を継いで「国に関連文書の公開」を求める裁判を起こしていました。
この裁判は1審では奥様が負けており控訴していたのですが、先日「不開示は違法」という画期的な判決が出ました。しかも、財務省は控訴をしないことを明らかにしていますので、赤木さんの奥様の勝利が確定したことになります。実は、この裁判では財務省は文書の存否さえ明らかにしていなかったのですが、判決後加藤財務大臣が会見で「文書の存在」も認めています。これもものすごく画期的なことです。
僕はこのニュースに接したときほど、石破首相の誕生意義を思ったことはありません。もし総裁選挙で石破氏が敗れてほかの候補が当選したなら今回の決定はなかったと思います。安倍首相に反旗を翻していた石破首相だからこそできた今回の裁判に対する対応です。あと一つ僕が重要と思っていることは加藤財務大臣の存在です。
加藤財務大臣は総裁選挙にも立候補しましたが、僕は総裁にふさわしい人と思っていました。結果は最下位でしたが、実力・資質的には総理に十分にふさわしい政治家だと思っています。加藤財務大臣で思い出すのはコロナ時の厚労大臣としての対処です。コロナ時に「対策推進会議」が開催され、その議長に就いていたのは尾身茂氏ですが、国民生活に制約を求めるなどいろいろと批判される立場でした。時には官僚から批判されることもあったのですが、そうしたときに尾身氏の側について「サポートしてくれていたのが加藤大臣だった」とのちに尾身氏が感謝の気持ちを語っていました。
大臣の中には官僚の言いなりになっている人がいます。実力がないばかりに言いなりになるしか術がないからですが、本来はそういう政治家は大臣という要職に就くべきではありません。しかし、中には褒賞的な意味合いで大臣になっている政治家もいます。たまに会見で誤った表記などの読み方をしたときにマスコミに大きく報じられることがありますが、僕にはこうした報道は、マスコミが「実力がない大臣」と暗に批判しているように感じていました。
本来の大臣は官僚を上手に使いこなすことが役割ですが、だからと言ってパワハラまがいの言動をしていては政治家以前に人間としての資質を問われます。以前、外務省の偉い人が外交の大切なことは「継続」と話している記事を読んだことがありますが、外交に限らず米国のように政権が変わることで政策が大きく変わることがあってはやはり問題です。そこには一定の歯止めが必要かもしれません。
民間企業では「改革」などといって、これまでのやり方を180度変える手法で企業を蘇らせる例を見ることがありますが、公務員の世界では簡単ではありません。民主党が政権をとったとき、厚労大臣に就いたのは長妻昭氏でした。長妻氏は「年金の長妻」と異名をとるほど年金に精通しており、「年金改革をする」と意気込んでいたのですが、結局なにもできないまま民主党政権も終わってしまいました。
長妻氏がなにもできなかったのは、官僚全員を敵に回したからです。いくら素晴らし考えを持っていたとしても、実際に動く官僚に無視されてはなにもできません。政治家はいかにして官僚を上手に動かすかが手腕の見せ所です。
今週、どうして官僚の話を書いたかと言いますと、TBSのドラマ「御上先生」を見ているからです。このドラマは文部官僚のドラマでもあるのですが、かなり「攻めて」いる内容です。漫画に原作があるのかと思い調べたのですが、オリジナル脚本のようです。
結構、文部省を批判的に描いているのですが、大丈夫かなぁ。そう言えば妻が見ているテレビ朝日の「相棒」も政治家を批判していることが多いんですけど、マスメディアがんばれ!
じゃ、また。