<マスコミと検察とストーリー>

pressココロ上




またしても無差別殺人事件が起きてしまいました。しかも犯人が自殺していますのでやりきれない思いになります。犯人はわずか十数秒の間に犯行に及んでいるようですが、動機なども不明のままです。今のところ、「引きこもり」といった個人的な問題が取りざたされていますが、真相にたどり着くのはかなり困難なように思います。

今回の事件はその悲惨さもさることながら、事件に対するSNSの投稿について注目が集まりました。犯人は犯行後すぐに自ら命を絶っているわけですが、その行動に対して「死にたいなら、一人で死んで」という投稿が続きました。

そうした投稿に対して、ある著名人が精神的に病んでいる人の自殺を後押しすることになるので「『一人で死んで』とは言わないで」と投稿しました。すると今度は、その投稿に対する批判の投稿が上がりました。もちろん結論が出るはずもありませんが、支持・批判のそれぞれの意見が飛び交っていました。

被害者や遺族の方々の立場からしますと、なにも悪いことをしていないのに危害を加えられるのではたまったものではありません。ですので「一人で死んで」というのは真っ当な普通の感情です。そもそも自殺願望と他人を傷つけることは全く結びつくものではありません。

一方、自殺願望のある人に「一人で死んで」と言うのも間違った対応です。今回の事件は「自殺願望がある人」が「犯罪を犯した」ことになりますが、どちらに重点を置くかで答えが変わってきます。

結局、どちらが正しいかの答えは出るはずもありませんが、感情的な意見が社会にまん延するのを抑えるという意味では、正反対の意見が投稿されたことは意味があります。歴史を振り返りますと、人間は感情的になりますと特定の風潮に偏る傾向がありますので、それを防ぐ意味で反対意見が出ることは意義があるように思います。

事件に関する投稿であと一つ注目を集めたことがありました。それはマスコミの報じ方です。過激な表現を使っている人もいましたが、その人たちは「マスコミ」を“マスゴミ”と表していました。

それほど過激な表現を使うのは、マスコミが「真実を伝えないから」に尽きます。こうしたマスコミの問題点が表に出てくるようになったのは、SNSが発達したからです。SNSが出てくるまでは、一般の人はマスコミからしか情報を得ることはできませんでした。ですから、情報を伝えるマスコミを評価することができませんでした。しかし、今の状況は違います。一般の人でもマスコミの伝える内容の真偽を調べることが可能です。

今回、“マスゴミ”として一番やり玉に挙がったのは「テレビ・ゲームが部屋にあった」というニュース速報です。正確には次のように報じられました。

フジテレビ系ニュース
《警察は29日、岩崎隆一容疑者(51)の自宅に捜索に入ったが、部屋は整然と整理されていて、テレビのほか、ポータブルのゲーム機やテレビにつないで遊ぶゲーム機などもあったことが新たにわかった》

日本テレビ系ニュース
《警察が29日、岩崎容疑者の自宅を家宅捜索したところ、部屋からテレビやゲーム機が見つかったという》

こうした報道に対してネット上では
「だからそういう報道やめろって言ってるんだよ
テレビやゲーム機があったからなんなのさ。なんで暗に、アニメやゲームに関わった人間は殺人をするみたいに言うんじゃ。
うちにだってあるわテレビやゲーム機。

さらには、「まさか犯人の家には冷蔵庫もあったのでは?」「冷蔵庫と電子レンジがあることも判明した。寝るときは枕を使っていたようだ、とかも全部報道すればいい」と、ありふれた家電などを引き合いに出した皮肉も拡散。

ネット上の人々がこのような「皮肉」や「嫌味」を言うほど、マスコミは“マスゴミ”と思われています。マスコミに携わっている人たちは、そのことに気づいていないのでしょう。もし、気づいているなら「部屋からテレビやゲーム機が見つかった」などというバカげた報道はしないはずです。

こうした報道をしてしまう理由は、マスコミが「ストーリーを作りたがるから」です。そして、そのことに違和感を感じていないからです。さらに言うなら、マスコミで働いている人たちが「上から目線」で視聴者を見ているからです。そして、そのことがテレビの凋落傾向につながっていることに気づいていないのが問題です。

テレビに限らず新聞も「ストーリーを作りたがる」傾向があります。「ストーリー」とは「自分たちが思っている筋書き」のことです。自分たちの思っているようにニュースを仕立て上げるのです。犯人の部屋に「テレビやゲームがあった」と報じたのがよい例です。「無差別殺人をする人はテレビやゲームの影響を受けている」というストーリーが作られているからこそ報じられるニュースです。

安易です。あまりに安易です。

かつてはそうしたストーリーが通用していました。SNSが発達した今では通用しないことに気がついていないのです。ストーリーの一番の問題点は、「真実でないこと」です。一般市民は真実を知る権利があります。

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6月1日から「取り調べ可視化」が義務付けられましたが、公平な裁判が行われる点において大きな一歩です。「取り調べ可視化」が義務付けられた理由も、警察が「ストーリー」を作る傾向があるからです。これまでは、警察が考えた犯行に沿った供述を迫ることが可能でした。冤罪はそのようにして作られてきたのです。「取り調べ可視化」は冤罪が起きないようにするための第一歩です。

世の中で起きることを判断するには、真実を知ることが基本条件です。そして、真実を知るためにはオープンになっていることが必須要件です。多くの人の目に晒されていますと、簡単に悪いことはできません。人間の悪事は、いつも陰に隠れて行われます。

越後屋が悪代官と密談をしていたのが奥座敷だったことからもわかります。

じゃ、また。







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