<清掃業界、振りかえり>

pressココロ上




僕は50歳からコロッケ店を5年間営んでいたのですが、収益的に続けていくのが困難になり、廃業することにしました。今から13年前のことです。元々コロッケ店を営んだ理由は「“味”とか“マーケティング”などという小難しいこととは関係なしにお店を営むことは可能か?」を検証したかったからです。今の時代、といっても40年くらい前からですが、ざっくり言って、飲食店は「いかにして大衆に訴えるか」が成否の鍵となっていました。

例えば、「マスコミに取り上げられる」とか「有名人が紹介する」などです。SNSが発達した今ではインフルエンサーを活用することも大きな要因となっています。つい最近でも、メディアで活躍している著名人が、友人とたまたま入店したマクドナルドが「とってもおいしかった」と発信したことで、「そのお店に行列ができた」という話がネットで盛り上がりました。

ご存じのようにマクドナルドは「誰が作っても同一品質」であることを「ウリ」にしています。そのマクドナルドで特定の一店舗だけが「特別においしい」はすはありません。しかし、その著名人が発信した情報が行列を生みました。ちなみに、その著名人が最初にその情報を発信したのは3年前だそうですが、それが最近また注目されたことがきっかけで行列ができるようになったそうです。僕は飲食店は「味が命ではない」と思っていますが、それを裏づける一つではないでしょうか。

「コロッケ体験記(もう一つのFC体験記)」でも書いていますが、僕がコロッケ店をはじめた際はFCチェーンに加盟しました。加盟の際に本部の方とお話をしたとき、本部の方々が「飲食業に精通していないこと」はわかりました。ですが、僕が任せてもらえる店舗の立地環境がよかったので契約をした経緯があります。ですので半年後チェーン本部が倒産しましたときも、特段驚きはしませんでした。それどころか「好機」とさえ思いました。ロイヤリティを払わなくて済むようになるからです。

ただ一つ想定外だったのは、借りていた店舗の大家さんの態度が一変したことでした。それまでは好意的に対応してくれていたのですが、段々とお店の運営に支障をきたすような対応になっていきました。そこで、店舗を引っ越すことにしたのですが、その際も新しい挑戦をしたくなりました。それは、できるだけ「人通りの少ないところ」で営業することです。

「人通りの多いところで営業する」のが飲食店の常識ですが、僕はそれが気に入らなかったのです。昭和時代にあった街中の飲食店のように、「そこに店舗があり、地道にコツコツと営業する」ことだけで営業が成り立つことを夢見ていました。しかし、結局、僕の惨敗でした。詳しくは「コロッケ体験記(もう一つのFC体験記)」を読んでいただくとして、その後「移動販売」を経験したあとに「清掃業界」で働くことになります。

「清掃業界」の前に「移動販売」について少しだけ書きますと、一般の人が「移動販売」から受けるイメージは「移動しながら販売すること」だと思います。ですが、実は「移動販売」は「販売する場所の確保」が命運の鍵を握ります。つまり、「移動」と名前がついていますが、販売するときは「移動している」のではなく、必ずどこかで「停車」している必要があるのです。間違っても、お客さんが一緒に移動しながら買ってくれることなどあり得ません(笑)。売る時・買うときは「移動販売」と言えども必ず停まっていなければいけないのです。その「停まる場所の確保」が難題です。

しかも、「移動販売する人」が多くなればなるほど「停まる場所の確保」は困難となります。なぜなら「停まる場所」が売れる立地でなければならないからです。そして言うまでもなく、「売れる立地」は限られています。例えば、駅のロータリーや駅近くの路上などですが、その場所を巡っていろいろな諍いが起きます。「この場所は俺がずっと前から使っていた場所だ」などと言い争う場面を幾度か見ました。

また、諍いは「移動販売業者」同士の間だけで起きるわけではありません。近くで店舗を構えている同業者からクレームがくることもあります。ひどいときは警察に連絡をされます。皆さん、生活がかかっていますので必死です。悲しいかな、僕は「移動販売」をはじめる前はそれをわかっていませんでした。今でも「移動販売」を勧めているチェーン本部がありますが、「停車する場所の確保」には注意が必要です。

そうした経験のあとに念願(?)の清掃業界で働くことになるのですが、そのような思いになったのは50歳前後のときに読んだある記事がきっかけです。その記事には、「ある企業の部長がたまたま訪問したビルでの体験」が書いてありました。その部長はたまたま訪問したビルで、かつての上司で役員まで務めた方を見かけたそうです。作業員の制服を着て働くその姿に衝撃を受けた部長は思わず「どうして、また…」と声をかけてしまったそうです。その記事にはそのときの部長の複雑な気持ちが書かれていたのですが、その記事を読んで僕は「いつか清掃業界で働こう」と決めました。

清掃業界で働くようになってから幾つかの会社を経験しました。会社を選ぶ際はできるだけ自分の都合の融通が利く会社を選ぶようにしました。そうした中で出会った働き方が「請負」でした。「請負」形式は自営業と同じです。作業日も始業時間も終業時間も自分で決めることができます。しかも、現場へは自宅から直行直帰で、道具類も貸してもらえます。ただ一つの条件は「車の持ち込み」でしたが、僕からしますと普段使わない自動車を業務に使うことで収入がもらえることを意味しますので願ったりの条件です。これらを総合的に鑑みますと、僕の理想の働き方でした。

その清掃業での仕事に先週、区切りをつけました。今回このコラムというかエッセイで清掃業の体験について書くことにしたのは、契約を終了する旨を連絡した際の発注元企業の対応にあまりに感激したからです。その発注元には都合8年間お世話になったのですが、最終日にわざわざ僕が作業をしている物件まで足を運んでくださり、労いの言葉と花束などいろいろなものをくださいました。これまで請負契約を終了した経験は幾度かありますが、今回ほど心優しい対応をしていただいたのは初めてでした。ですので、感激もひとしおでした。

清掃の仕事をするようになって、現場で働く人に対する接し方も変わりました。元々心優しい僕ですが、一層心遣いをするようになったと思います。やはり、優しくされることのうれしさを身をもって体験したからです。大家さんや入居者さんが飲み物やお菓子類をくれることは想像がつくと思いますが、僕はまったく関係のない人から飲み物などをいただいたことが幾度かあります。例えば、僕が担当している物件の向かいの高齢の女性です。僕が行くと必ず家から出てきて、僕にジュースを振舞ってくれました。

その女性は僕が清掃をしている物件とはまったく関係のない方です。僕に飲み物をあげてもなんの得もありません。それにもかかわらず、毎回僕にくれました。「僕が来る時間を予想して、窓から見ている」としか思えないタイミングでいつも外に出てきてくれました。それだけでも感激ですが、ある日いつものその女性とは違う同年齢くらいの女性が出てきて飲み物をくれたことがあります。その人曰く「ここの人の頼まれたのよ」ということでした。自分が出かける予定があるときまで、わざわざ知人に依頼しているなんて、このときほど人の優しさを感じたことはありません。

そうした経験をしてきた清掃業ですが、最近は体力的に「キツイ」と思うようになっていました。それで決断したわけですが、今後については、実は「AI漫画を作る」ことを企んでいます。時間を見つけてはAIでイラストを作ることに挑戦しているのですが、「どのサービスを選べばよいのか」の段階で躓いているのが実情です。調べれば調べるほど、様々なサイトがあって本当に悩ましく思っています。まだ自分の理想のイラストが一枚もできていないんですよね。

この調子だと、いつかまた新たな仕事を探すのかぁ…。

じゃ、また。




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