あれよあれよという間に、解散総選挙の流れになってきました。僕が聞いた範囲では、最初に報じたのは9日(金)の読売新聞オンラインだったようです。実は、最初にその情報に触れたときは「フラグ」だと思っていました。違う言い方をするなら「観測気球」と言ってもいいかもしれません。さらに勘ぐった言い方をするなら「ガセネタ」です。それほど真実味を感じさせませんでした。それが、冒頭に書きましたように、「あれよあれよ」という間に確定されていきました。
それからの報道を見ていて、どうも納得できないのは「高市首相の独断」という解説です。石破元首相も支持基盤が弱い政権でしたが、高市首相もその点では同じです。だからこそ、総裁選の終盤では麻生氏を頼みとしていました。高市内閣の人事を見ていますと、それは想像がつきます。そのような状況で「高市首相が独断で」決めたとは、どうしても思えません。ですが、ここ数日のネットも含めたいろいろな記事を読みますと、「独断」という言葉があふれています。僕はそれがどうしても合点がいきません。
自民党の幹事長という党の要職は、麻生派の鈴木俊一氏が務めています。これはおそらく、総裁選時の支援の条件だったのでしょう。繰り返しますが、内閣の重要な人事は、麻生派や旧茂木派といった党内で力を持っている人たちが押さえているのです。そのような状況で「独断」したとは、どうしても思えません。よくあることですが、こういった情報は、ある程度時間が経ってから「実は、あのときは……」と真実が伝えられることが多いので、実際のところは、少し時間が経ってからでないと分からないように思います。
それはともかく、現段階ではマスコミの流れは完全に「解散」に振れていますので、解散総選挙という前提で話を進めます。そこで真っ先に思うのは、「なぜ今?」という疑問です。この疑問には、多くの人が想像しているように「高市政権の高支持率」があると思います。「今の高支持率の間にやっちゃえ!」ということですが、素人の僕でさえ考えるようなことを、選挙のプロである政治家が考えるのか、という思いがしないでもありません。
確かに高市政権の支持率は高いのですが、自民党の支持率は決して高いとは言えません。「高い」どころか「低い」のが実際のところです。高市首相はそのことが気にならなかったのでしょうか。それが疑問です。周囲でけしかけた人物がいると推測する向きもありますが、違う視点も考えられます。それは、高市首相の師匠である「安倍首相の手法」です。それを間近で見ていたことも、影響しているように思います。
高市氏が首相に就任したとき、いろいろなメディアが経歴を報じていました。その中で、松下政経塾出身ということを知りました。実は、松下政経塾には、僕の学生時代のバイト仲間のK君が第1期生として入塾していましたので、少しばかり興味を持っていました。K君は早稲田の学生だったのですが、やはり何かしら強い信念を感じていました。強面ではないのですが、がたいがよく、眼光鋭い印象がありました。「自信にあふれている」という表現が最もふさわしいと思います。やはり、そのくらいでないと、松下政経塾に合格するのは難しいはずです。
僕が大学を卒業する年に、ちょうど松下政経塾の第1期生の募集があったのですが、普通の就職活動でもアップアップしている僕に比べて、もっと次元が高く、広い世界を見ていたK君に驚嘆しました。当時、学生の間では松下政経塾は政治家になるための登竜門という認識でしたが、K君によると、「進路が政治家に決まっているわけではない」と教えてもらいました。
卒業後の音沙汰は知りませんでしたが、僕がラーメン店を営んでいた頃、深夜のドキュメント番組で「世界なんとか団体の日本側の責任者」としてK君がインタビューに答えているのを見たときは、たまげました。政治家にはならず、世界に貢献する仕事に就いていたのです。毎日、麺を茹でるだけで一日が終わっていた僕からすると、違う世界の話で、尊敬するばかりでした。
K君は政治家の道に進まなかったわけですが、高市首相は政治家の道に進みました。そして、政治家の最高峰である首相の地位にまで上りつめたわけですが、今、その専権事項を行使しようとしています。それをスクープとして報じたのが、発行部数世界一の読売新聞でした。僕はそれが納得できないのです。「こんなことがスクープか?」と思ってしまうのです。
以前書いたことがありますが、河野太郎衆議院議員が、子ども時代の思い出を雑誌のインタビューで話していました。当時、父である河野一郎氏は自民党の要職に就いていたのですが、新聞記者は独自のニュースを取ろうと躍起になっていました。ある日、お風呂に入ろうとしたら、そこに番記者の一人が隠れていたそうです。ほかの記者が帰ってから取材をする意図だったのですが、そのようにまでしてスクープを取るのが、有能な新聞記者の仕事だったからです。
似たような話は、警察に関することでも読んだことがあり、記者は「夜討ち朝駆け」が当然だそうです。そのくらいの気概がないとスクープも取れないし、本音も聞けないと、先輩記者から教えられていたそうです。僕はそこに違和感を持ちます。取材対象者に取り入って情報を得ることが、スクープにつながるとは思えません。今、紹介したスクープ合戦は、「早さ」の競争でしかないからです。時間がくれば公になることを競って、何の意味があるのでしょう。しかし、今のマスコミは「早さ」の競争に血眼になっています。
他社よりも「早く」伝えるために、取材対象者と親しくなろうとするのですが、親しくなったからといって、真実が伝えられるとは限りません。それどころか、一つ間違えると、取材対象者と一蓮托生になる危険があります。親しくなることで、取材者をかばおうとする気持ちが芽生えることもあります。
1972年、米国でウォーターゲート事件がありました。共和党のニクソン大統領が、民主党のビルに侵入して盗聴しようとした事件です。この事件を暴いたのは、若い新聞記者の2人ですが、もし、この記者たちが大統領もしくは側近の政治家と親しかったなら、不正を暴くことはできなかったでしょう。批判的な視点を持つためには、取材対象者と一定の距離を保つことが必要です。
今回の解散情報は、読売新聞が最初に報じたわけですが、仮にそれが「フラグ」もしくは「観測気球」だった場合、その報道行為は、読売新聞が高市首相の同胞となったことの証になってしまいます。言い換えるなら、高市首相をサポートするための新聞ということになります。正直なところ、その疑念を持たずにはいられません。
かつて、読売新聞の渡辺社長は、中曾根首相のブレーンの一人と言われていました。報道機関のトップが政権の内部で行動を共にしていて、いったいどうやってジャーナリズムを担保できるのでしょう。こう書いてきて、あることを思い出しました。
それは、石破前首相が退任するときの、読売新聞の号外です。昨年の7月のことですが、僕の記憶では、「石破首相が退任を決めた」という号外が出たとき、石破首相はすぐさま、その号外を否定しました。ですが、結局、それがきっかけで退任の流れが始まったように思います。この二つの報道から、僕が勝手にうがった想像をしますと、読売新聞の誰かと、自民党の保守派の誰かが通じている光景が、頭の中に浮かびます。
あくまで、僕の勝手な、うがった想像の世界ですが、読売新聞は自民党の保守派と結託して、世の中の流れを決めようとしているように思います。最後に書きますが、「スクープとは早さを競うこと」ではありません。スクープとは、埋もれている事実の中から、社会にとって伝えるべきものを掘り起こす行為です。
じゃ、また。