日産とホンダの経営統合が「破断になる」との報道がありましたが、おそらく多くの人がこの結果を予想していたのではないでしょうか。現在、フジテレビでは中居さん問題でスポンサー離れが起きていますが、その代わりに流れているのが公共広告です。その中の一つに「スタートライン編」がありますが、その広告に出てくる女の子がつぶやきます。
「スタートラインは、みんな同じだと思ってた」。
そもそも日産とホンダでは統合に際する基本的なスタートラインが違っています。ですので、日産の内田社長が会見で話していた「どちらが上とか下ではなく…」には無理があると思っていました。破断の理由は、ホンダからの「子会社化の打診」に対して日産が反発したことにあるようですが、僕は1990年代の日産の苦境時代を思い出しました。
40代以上の方は憶えているでしょうが、当時、日産は経営危機に追い込まれており、当時の塙社長が提携先として、ようやっとフランスのルノーを見つけてきて危機を脱した過去があります。のちに背任で起訴されることになるカルロス・ゴーン氏が送り込まれてきたのもそのときです。
第一線を退いたあとに塙氏が雑誌インタビューで話していましたが、「ルノーと提携できなかったら、日産は倒産していた」そうです。日産は塙氏が社長に就任した時点ですでに経営危機に瀕していたとのことですが、その一番の理由は「プライド」です。「技術の日産」というプライドにこだわっていたことが大きな要因と言われています。
僕には、今の日産を見ていますと、あれだけの苦境を経験しながら、また同じ轍を踏もうとしているように見えます。「プライド」ほどやっかいなものはありません。「プライド」には正しい判断を誤らせる魔力があります。
以前、ホリエモンこと堀江貴文さんが「お寿司」の職人さんについて持論を展開していたことがあります。一般的にお寿司の世界では、一人前になるためには「飯炊き3年、握り8年」の修行が必要と言われているそうですが、おそらくそこにあるのは寿司職人としてのプライドです。「そんなに簡単には職人の腕前がついてたまるかい」というわけです。しかし、ホリエモンさんは「何年も修行するのはバカだ」と当時のツイッターに投稿し、物議を醸しました。
もちろんホリエモンさんも「誰でもいい」と言っているわけではなく「センスがあれば修行の必要はない」ということです。実際、「3ヶ月で江戸前寿司の職人になる」とうたっている専門学校もあり、受講生の中には現実にお店を開業している人もいるそうです。
僕の体験談でも書いていますが、僕がラーメン店を開業した40年前も「おいしいラーメンを作るには修業が必要」などと言われていました。しかし、僕が加盟したチェーン店では「数週間で開業させる」ことで加盟者を集めていました。詳しくは体験談を読んでいただくとして、僕は数週間どころかわずか数日の研修で開業する羽目になってしまいました。
包丁を持ったこともなければ材料の名前もわからないままで開業したのですが、いろいろな困難・問題に遭いながらも結局14年弱続けることができました。「修行」などしていなくてもこれだけ長期間続けることができるのです。ほとんどが5年以内で廃業に追い込まれている中で僕が14年も続けられたのは「修行の成果」ではなく、「運」です。個人的には、「自分の努力の賜物」と言いたいところですが、「運」が80%以上占めているのが実際のところです。
ホリエモンさんは「センスが必要」と話していましたが、寿司店を開業するとなると経営者としての「資質」や「運」も必要です。ですが、職人さんになる分には「センス」だけで十分です。もちろん当時も反論が山ほどツイートされていましたが、僕には今一つ説得力に欠けていたように思えました。
それこそ30年くらい前、あるドキュメント番組で銀座の高級すし店の店主を紹介していました。その店主も変わった方のようで堂々と「修行は何年もしているわけではない」と公言していました。ただ一つ必死に身につけようとしたのが「身のこなし」と「振る舞い」だったそうです。鏡を見ながら何度も何度も勉強したそうです。僕はそのときに「見た目」の重要さを思い知らされました。
そのドキュメント番組は、8年も修行しなくとも高級寿司店を営むことができることを証明していましたが、そうなりますと「修行ってなんだろう」と思ってしまいます。回転寿司は今や「回転しない」寿司店になっていますが、そこでお寿司を作っているのは職人さんではありません。いわゆるパートさんやアルバイトさんの素人の人たちです。この人たちは「修行」をしている人ではありませんが、食べるに十分なおいしいお寿司を作っています。
僕は立ち食いそば店で働いたこともありますが、たまたまそこに回転寿司店で働いていた人がいました。50半ばくらいの男性でしたが、驚くことに、その人は回転寿司で働く前は自営で寿司店を開いていたそうです。ですが、経営的に続けることが困難になり回転寿司でパートさんとして働くことにしたそうです。そのような経験の方がどうして「立ち食いそば店」で働いているかと言いますと、なまじっか職人の腕を持っていたがために「パートさん以上の重要な仕事を任されていたから」と愚痴をこぼしていました。「重要な仕事を任されていた」と聞えはいいですが、包丁も十分に使えない素人と同じ時給で、パート以上の大変な作業を押しつけられていたことになります。それが嫌で立ち食いそば店に転職していたのだそうです。
たまたまその方は元「寿司職人」として回転寿司店側から重宝されていたわけですが、回転寿司店にいつもそういう腕前の人がいるわけではありません。繰り返しになりますが、ほとんどは素人です。それでも回転寿司にはお客さんがたくさん入っています。僕も月に一度の頻度で妻と回転寿司に行っていますが、僕は「違いがわかる男」ではないことを自認していますので、まったく問題なく十分おいしさを堪能しています。回転寿司業界の繁盛ぶりを見ていますと、僕のような人のほうが多いはずです。
そうなりますと、「寿司は職人が作る必要はない」ということになります。そして、それはつまり職人と素人の境目がなくなることにもつながります。僕はたびたびテレビ朝日系列の番組「芸能人格付けチェック」について書いていますが、一流人ぶっている芸能人が本物を見分けられない姿は本当に痛快です。GACTさん以外の人は「本物を見分けられない」のが実情です。
そうした中で職人と素人の違いってなんなのでしょう。こんな僕でも、味の違いがわかることはあります。僕がラーメン店時代、「おいしさ」についていろいろと調べている中で、とても腑に落ちた言葉があります。それは
「誰が食べてもおいしい味はないが、誰が食べてもまずい味はある」
という言葉です。本来「違いがわからない僕」ですが、そんな僕でも「まずい味」はわかります。そのような低レベルの味の違いはさておいて、一定以上の味に優劣をつけることにはあまり意味がありません。食べるときの体調もありますし、周りの雰囲気、同席している相手などほかのいろいろな要素が絡んで味は作られています。一定以上の味であるなら、あとは好みの問題です。
このように食べる側にとっては、味の違いはほとんど意味がありませんが、提供する側にとっては事情が違います。1~2年しか料理経験のない人と40年料理を作っている人とでは、たとえ同じ味を提供するとしても、提供する人の心の持ちようが違います。
職人と素人の一番の違いは「プライド」です。
じゃ、また。