<党内融和の位置>

pressココロ上




いよいよ高市内閣が始動しましたので、今回のコラムは政治の話を書こうと思います。高市総理の所信表明演説を聞いていて、安倍政権時代を思い起こした人も多いのではないでしょうか。僕などは、まるで安倍さんが乗り移ったのではないかと思うほど、保守色の強い印象を持ちました。僕は自分ではリベラルでも保守でもないと思っています。ですので、いわゆる中道ということになりますが、どちらかに偏るのは危険だと思っているからです。

僕は防衛に関しては保守的で、武力を持っていなければどこかの国に侵略される可能性が高まると思っています。そうした観点から考えますと、他国からの侵略に備えるために「それ相応の武力は持っているべき」だと考えます。反面、人権に関してはかなり敏感で、個人の権利を少しでも規制するような動きには賛成できません。ですので、僕は中道となります。

高市総理誕生に際し、高市氏に関する記事がいろいろと出ていますが、その中で立憲民主党の小西洋之議員の記事が印象に残りました。小西議員は高市氏が総務大臣時代の対応を批判しているのですが、詳細はネットで検索していただくとして、僕はその記事を読んで当時の「言論の自由・報道の自由」に対する危機感を思い出しました。

高市氏が総務大臣だった当時(2015年)、放送法の「政治的公平」解釈の変更が行われました。端的に言えば、マスコミをコントロールしようとしたのです。実は、安倍政権を継いだ菅政権でも似たような動きがありました。例えば、会見に出席できるマスコミを選別しようとした動きなどです。

つまり、マスコミに圧力をかけていたわけですが、こうした動きは今のトランプ大統領も似たようなことをしています。先日は、国防省が「メディアが国防省に関する記事を公表する際には、事前に国防省の承諾を得なければならない」という誓約を全メディアに迫っていました。このような前近代的なやり方は民主主義の根幹を揺るがすものであり、民主国家がやることではありません。

僕の好きな言葉に「自由とは常に、異なる考えを持つ者の自由である」という箴言があります。ポーランド出身の思想家ローザ・ルクセンブルクの言葉です。同じ考えの人に自由を与えるのは誰にでもできます。自分の考えに同調する人なのですから。しかし、世の中にはさまざまな考えを持つ人がいます。中には反対の意見の人もいるでしょう。そうした人たちにも自由を認めてこそ、平和は訪れるのです。

安倍政権から菅、高市政権と、似たような考えの人が続いていることに僕は不安を感じます。石破首相はそうした考えとは一線を画していましたが、結局は短期間で退陣することになりました。自民党はつまるところ保守色の強い政党ということになります。よく「自民党の強みは左右の翼が広いこと」と言われますが、こうした流れを見ていますと「左翼の幅」がどんどん狭まっている印象を受けます。

短期間で終わった石破政権時、江藤農水大臣の失言により新たに就任したのは小泉農水大臣でした。小泉農水大臣の功績は大きく、小泉大臣のおかげで米の高騰を抑えられたと思っています。このように小泉大臣は新たな農政に挑んでいましたが、結局わずか4ヶ月で退任することになりました。

その小泉大臣の後ろ盾は菅元総理と言われていますが、僕はそれが不思議です。先ほども書いたように、菅総理はマスコミをコントロールしようとした人ですが、そのような民主主義を否定するような考えの人と小泉氏が相性がいいとは思えないからです。

その小泉氏は高市内閣では防衛大臣に就任しましたが、そのことにも僕は疑問を感じています。防衛大臣への就任自体ではなく、新たに農水大臣に就任した鈴木憲和氏が小泉大臣の示してきた政策を否定する発言をしている点です。小泉農水大臣は「米の増産」を指示していました。しかし新しい鈴木大臣は「需要に見合った生産」と方針転換を表明しています。

鈴木農水大臣を任命したのは高市総理です。ということは、高市総理が小泉農水大臣時の政策を否定していることになります。自分が考える政策を否定するような高市政権に入閣していることが、僕には不思議で納得できません。小泉氏は総裁選の際にしきりに「党内統一」を訴えていましたが、それも僕は少し違うのではないかと思っています。

このように高市政権になり「米政策」が方針転換しましたが、もう一つ不安なことがあります。それは、財務省の「森友学園問題」への対応方針の転換です。「森友学園問題」とは、学校法人森友学園が国有地を不当な安値で取得し、財務省が関係文書を改ざんした疑惑です。この疑惑に安倍元首相が関係していたことを巡る裁判で、公文書公開の判決が出たため少しずつ公開が進んでいましたが、それが滞る可能性があります。以前も書きましたが、前任の加藤財務相は順次公開を進めていました。あれは加藤氏が財務相だったからこそできたのだと僕は思っています。今後、片山財務大臣がどう対応するのか注視していきたいと思います。

政権が変われば政策が変わるのは当然ですが、政策が変わる際には担当大臣もそれなりの責任を負うべきだと思います。そうでなければ政治家が大臣になる意味がありません。小泉氏は担当省庁こそ変わりましたが、同じ政権内にいます。これは小泉氏に限らずですが、自分の主義主張を変えてまで大臣職に固執する必要はありません。そのような人は、むしろ政治家として信頼を失うことにつながります。

小泉氏の若手時代、自民党は野党に下っていました。その時代、党内が一つになって政権奪還を目指していた雰囲気を理想としているようですが、重要なのは「党内が一つになる位置」です。真ん中で一つになるのと、右寄りや左寄りで一つになるのとでは意味が違ってきます。もし右寄りでまとまるとすれば、左寄りの人たちはかなり無理をして我慢しながら一体化していることになります。そうした党内が長くまとまっていけるとは思えません。

僕は石破前首相は党内で「真ん中」に位置する人だと思っています。その石破氏を追い落としたのは右寄りの人たちですが、そもそも自民党は右に比重が重い政党なので、右寄りの人たちが虎視眈々と追い落としを狙っていました。そうした中で、選挙敗北をきっかけに石破さんは辞任を迫られました。今の状況はかなり右に傾いています。もう少し真ん中や左寄りの人たちが力をつけないと、右に傾いたまま倒れてしまうかもしれません。

小泉氏は「党内結束」を訴えていましたが、お父様の純一郎氏はまったく逆のやり方で政権を維持していました。ご存じの方も多いでしょうが、「自民党をぶっ壊す」というキャッチフレーズでマスコミを賑わせた郵政改革選挙です。お父様は郵政省の問題点を改革することを第一に考えていました。当然、反対する議員も多く、いわゆる郵政族が存在していました。その際、純一郎氏が打った手が解散です。

つまり、郵政改革に反対する自民党議員を選挙で落選させる作戦をとったのです。実に画期的でした。なにしろ自分の党の議員を「反対する議員」から「賛成する議員」に入れ替えようというのですから、まさに画期的です。「自民党をぶっ壊す」と叫び、郵政改革に反対する人を「抵抗勢力」と呼び、反対する議員に対抗して立てた候補を「刺客」と呼びました。このネーミングの巧みさが勝利の原動力になったように思います。

実は、このお父様の小泉政権が成し遂げた郵政改革は、今でも批判する人がいます。前にも書きましたが、JRやNTTとは違い、改革が中途半端で終わってしまったため、現在巻き返しが起きています。なぜこのようなことを書くかと言えば、郵政改革を批判していた人が高市政権に入閣しているからです。その意味でも、高市政権を注視していこうと思っています。

いろいろと書いてきましたが、今回小泉防衛大臣は入閣しないほうがよかったと僕は思っています。自らの主義主張と真逆の政策をとる農水大臣を、小泉防衛大臣はいったいどんな心持ちで見ているのでしょう。

じゃ、また。




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