今の時代は、一週間も経つと「古い」という感じてしまうことがありますが、5日に行われたボクシング4団体王者・井上尚弥選手の防衛戦は見応えがありました。初回にダウンを奪われながらも徐々に盛り返して8回TKO勝利は「あっぱれ!」というほかありません。
一部のマスコミからはダウンを喫したことで「衰え」を指摘する声も聞こえますが、あくまで一部の見方に過ぎません。そもそもマスコミという外野は憶測で記事を書きますし、刺激的な見出しを好みます。
僕が初めて「ダウンを奪われたあとに、逆転でのKO勝利」を見たのはWBA世界フライ級王者・大場政夫選手1973年の防衛戦でした。大場選手は5度目の防衛戦で、不用意なロングフックをもらいダウンを喫してしまいます。しかも、その際に右足を捻挫し、そのまま戦うことを強いられてしまいます。途中、何度も捻挫した右足首を気にする素振りをしていましたが、冷静に少しずつ盛り返し、12ラウンドに劇的な逆転KO勝利を果たしたのです。
勝利が決まった瞬間、両手を挙げて歓喜する姿は今でも忘れられません。しかし、その試合が大場選手にとって最後の防衛戦となりました。その防衛戦の1ヶ月後、愛車シボレー・コルベットを運転中に、首都高速で事故死したからです。今でも「永遠のチャンピオン」として語り継がれています。
その試合で解説をしていたのは白井義男さんという方ですが、白井さんは戦後日本人として初めて世界チャンピオンになった方です。その語り口はとても優しく選手への思いやりにあふれたものでした。当時は世界戦のほとんどを白井さんが解説していたような印象があります。
その白井さんと後年一緒にボクシングジムを立ち上げたのが具志堅用高さんです。今の若い人には「バラエティー番組で面白い発言をするおじさん」という印象でしょうが、実は、日本人世界チャンピオンの防衛記録を持っている伝説のボクサーです。
具志堅さんについては、このコラムでも幾度か書いていますが、具志堅さんは防衛を重ねるうちに段々と恐怖心に苦しむようになったそうです。実際、僕はドキュメント番組で、防衛戦の控室の様子を映した具志堅さんの映像を見たことがありますが、恐怖心で怯えている姿がありました。後年の雑誌のインタビューでは、「8回目くらいの防衛戦までは試合が楽しかったけど、それ以降は怖くなってきた」と述懐していました。
おそらくそうした選手はほかにもいるでしょうが、井上選手に関してはそうした心配はあまり感じられません。ダウンを奪われたにもかかわらず、気力に満ちた戦いぶりで逆転し、しかも余裕さえ感じさせる動きでした。むしろ、ダウンを奪った挑戦者のほうがビビッていたように見えました。これこそが井上選手のメンタルの強さの所以でしょう。
ボクシングのような激しい格闘技をする人には強靭なメンタルが必要ですが、一般の人はそこまで強いメンタルは必要ではありません。普通に暮らしているだけで強靭なメンタルが求められるようでは、僕のような「弱メンタル」の持ち主は生きていけません。そんな僕が先日のニュースで気になったのが、森友学園問題の事件です。
憶えている方も多いでしょうが、ざっくりと言いますと、この事件は「国有地が格安で売却された際に政治家が関与したかどうか」が問われている事件です。公文書の改ざんを苦に、財務省近畿財務局の赤木俊夫氏が命を絶ったことは多くの方がご存知でしょう。赤木氏の奥様が真相解明を求めて起こした裁判でようやく文書の開示命令が出ましたが、財務省は「政治家とのやり取りに関する部分はすでに廃棄した」と回答しました。
このような回答で怒らない人がいるでしょうか。ずっと開示を拒んできて、裁判所の命令で仕方なく開示して、「最も重要な政治家とのやり取りの部分が廃棄されていた」と堂々と答える財務省の神経が僕には信じられません。それこそ、強靭なメンタルです。
この問題はマスコミはもっともっと大きく取り上げるべきです。ネットニュースでは一応報じられていますが、テレビのニュース番組でももっと大きく報じるべきです。民主主義の根幹を揺るがす問題です。繰り返しますが、「公文書の重要な部分を廃棄していた」のです。これほど重大な犯罪があるでしょうか。
国有地の売却を求めていたのは森友学園前理事長・籠池夫妻ですが、二人が近畿財務局と交渉している際の音声をニュースで聞きました。籠池氏は高圧的な態度でときに怒鳴り叱責し職員を恫喝していました。まるで映画の中の暴力団の交渉のやり方を聞いているようでした。こうした交渉に職員の方々が慣れていないのは容易に想像がつきます。
今の時代はカスハラという言葉がありますが、小売業や飲食業など消費者・お客様と直接接する仕事に就いている人は高圧的な態度をとるお客様の経験があると思います。しかし、財務局という公務員として働いている人はそうした経験がないはずです。それを見透かしたかのような籠池夫妻の対応のように感じました。
僕がラーメン店を営んでいたときに最も注意を払っていたのはこうしたお客様に対する事前の備えでした。実はまだお店の運営に慣れていない初期にそうしたお客様の洗礼を受けたことがあります。「慣れていない」「経験の浅い」店主を、そのような危険なお客様は見抜いています。ですので、僕が高圧的な態度に遭っていたのは僕の経験の浅さだったのですが、財務局の方々にも同じことが当てはまると思います。
ここから先は僕の勝手な想像ですが、官僚の方々は政治家からいろいろな要望を受けています。その要望をいかにしてうまく捌くかが官僚の腕の見せ所だと思うのですが、かつては、官僚のほうが政治家よりも上でした。官僚が政治家を意のままに動かしていたのです。
忘れもしません、小泉政権の頃。外務大臣に就いた「田中眞紀子氏と刺し違えて辞める」と言った事務次官がいました。「田中大臣の思うがままにはさせないぞ」という強い意志が感じられた発言でしたが、それほど官僚は力を持っていました。
森友学園問題を別の角度から見るなら、官僚の「政治家に従順になったなれの果て」と考えることもできます。なにしろ「公文書を改ざん」したのですから。例え政治家からの要請であっても、メンタルの強い気骨のある官僚なら反対に諭していたでしょう。誰か一人でも正論で筋を通す人がいたなら森友学園問題は起きなかったと思えて残念でなりません。
赤木さんは良心の呵責に耐えかねて自死したわけですが、真面目過ぎるのも善し悪しです。もし、赤木さんがもっと適当で「上から言われたことをただやる」だけの性格の人だったなら今も存命だったでしょう。仕事を苦にして亡くなる若者のニュースもときたまありますが、仕事で命を絶つほど馬鹿げたことはありません。誰しも自分を追い込み過ぎると正しい判断ができなくなります。仕事がなくなっても、すぐに生活できなくなることはありません。
強靭でなくても、普通のメンタルの持ち主が生きていける世の中になることを願っています。
強靭なメンタルの妻と結婚している普通のメンタルの持ち主より。
じゃ、また。