先週は、国民民主党の勢いが失速しつつあるという話題から始めましたが、その背景には玉木代表による「備蓄米は動物の餌」発言がありました。そして今週も、再び玉木代表に関する話題から入ります。というのも、参議院選挙における山尾志桜里氏の「公認取り消し」が報じられたからです。
山尾氏の出馬会見後に「公認取り消し」が発表されましたが、その会見で過去の不倫問題が蒸し返されたことが大きな要因と見られています。僕からしますと、あれだけの騒動を起こして政治家を引退した以上、再出馬に際して過去の問題が再び問われるのは容易に予測できることです。僕でさえ想像がつくのですから、玉木代表も当然それを理解したうえで出馬要請をしたはずです。それにもかかわらず、公認を取り消すというのは、非常に不可解に思えます。山尾氏が国民民主党および玉木代表を批判していたのも、理解できなくはありません。
その玉木代表が、先週行われた党首討論で、大衆受けするキャッチーな言葉を使って注目を集めていました。石破首相が表明した「2万円給付金」の財源についてのやり取りの中で、次のように発言しています。
「上振れた税収は自民党のものでも公明党のものでもない。一生懸命働いている納税者のものだ」
玉木代表は、まるでコピーライターや広告プランナーのように、人々の心に刺さる言葉を作るのが非常に上手です。ですが私は、むしろその“うまさ”に違和感を覚えます。先週も触れましたが、「手取りを増やす」というフレーズで国民民主党の認知度が上がった成功体験があるからか、最近は“いかに大衆に響く言葉を作るか”に注力しているように見え、それがあまり良い印象を与えていません。
私がこのような「大衆受け」を狙う言動に敏感なのは、このコラムでもたびたび紹介している書籍『戦争広告代理店』の影響を受けているからです。大衆の感情を操作することで、社会の流れが決まる――そのような社会ほど、危ういものはありません。ナチスがドイツを掌握できた背景には、ゲッベルス宣伝相の巧妙な言葉の力があったのです。少し大げさに聞こえるかもしれませんが、玉木代表のキャッチ―な発言を聞くたびに私はモヤモヤ感を持ってしまいます。
言葉の巧みさで注目を集めているのは、玉木代表だけの専売特許ではありません。今、急速にメディアに取り上げられている小泉農林水産大臣もその一人です。小泉大臣もまた、マスコミに好まれる“響きの良い言葉”を使うのが得意なようですが、彼が挑んでいるのは、強固な「農政トライアングル」という構造です。これに対抗するのは並大抵の努力では不可能で、多少の“言葉の力”だけでは太刀打ちできないでしょう。今のところ、小泉大臣のスピード感ある対応が功を奏しているように見えますが、参議院選挙後にどうなるかは予断を許しません。
玉木代表や小泉大臣を見ていて改めて感じるのは、「一般の人に伝わるかどうか」は、最終的には「マスコミに取り上げられるかどうか」にかかっているという点です。新聞やテレビで報じられるか否かで、認知度には大きな差が生じます。したがって、両氏が最も意識しているのは、「いかにマスコミに興味を持ってもらえるか」ではないかと感じます。
このような状況の中で、今度はマスコミ側の「情報の選択力」が問われてきます。「この情報は世に出す価値があるのか」を見極める必要があるのです。そう考えると、私がいつも感心しているのが「Yahoo!トピックス」です(正確には“私が的確だと思う”ニュースが選ばれている、ということですが)。実にバランスよく、幅広いニュースが取り上げられていると感じます。
私は毎日、NHKの「NEWS WEB」もチェックしていますが、政治・経済面においては「Yahoo!トピックス」とそれほど差はありません。以前、「Yahoo!トピックス」の選者が書いた書籍を読んだことがありますが、確か大手新聞社の出身者でした。「やはりそれくらいの経験がないと務まらないな」と思った記憶があります。
現代は本当に恵まれた時代です。インターネットを通じて、さまざまな視点から情報にアクセスできます。かつては、新聞一紙と経済誌1~2冊が情報源の限界でしたが、今は多くの情報を好きな時に自由に得ることができます。
その最大のメリットは、「マスコミの選択」に縛られないことです。マスコミとは情報を選び出す存在であり、以前は限られた数のメディアがその役割を担っていましたが、今では多様なメディアが存在し、それぞれが異なる視点を提供しています。結果として、我々はより多角的に物事を見ることができます。
先週、私が最も関心を持ったニュースは「大川原化工機の冤罪事件」でした。この事件は2020年に発生したもので、同社が製造した噴霧乾燥機が「生物兵器に転用可能」とされ、輸出に関して罪に問われたというものです。ところが、逮捕・起訴された側の訴えをもとに、警視庁公安部と検察の捜査に違法性が認められるという判決が、今回正式に確定しました。
驚くべきは、証人となった部下が「上司の出世欲が動機だった」と証言した点です。そんな理由で人が逮捕されるのであれば、たまったものではありません。実はNHKがこの事件を丁寧に取材しており、2024年1月に『NHKスペシャル「冤罪の深層~警視庁公安部・内部音声の衝撃~」』として放送されていました。判決確定を受け、昨日(14日)から再放送されていますので、ぜひご覧いただきたいと思います。警察・検察の“怖さ”が伝わる内容です。
また、デイリー新潮の記事(リンクはこちら)も参考になります。
この「捜査違法判決」の確定を受け、原告側は記者会見を開きました。その中で、逮捕された後に拘留中に亡くなった方の遺族がメディアを批判していました。逮捕当時、マスコミは警察発表をそのまま報じていたからです。
先ほどNHKの報道を称賛しましたが、あの番組は極めて稀な例です。警察の発表に疑問を持ち、独自に取材を進めた記者がいたからこそ、実現した報道でした。
おそらく、相当な覚悟と勇気が必要だったはずです。警察の発表に懐疑的であることを行動で示すのは、非常に難しい。しかし、本来マスコミとはそういう存在であるべきではないでしょうか。警察発表をそのまま伝えるだけでは、もはや「広報」と変わりません。裏を取る――それが報道の原点です。
30年ほど前、私は「筑紫哲也 NEWS23」をよく見ていました。その中で筑紫さんは、「記者クラブ制度は廃止すべきだ」と何度も訴えていました。「記者クラブ制度」とは、大手マスコミが官公庁や警察に常駐し、情報を優先的に受け取る仕組みです。これはある意味で、官公庁や警察から“便宜を図ってもらっている”関係とも言えます。このような関係性の中で、官公庁や警察の問題点や過ちを指摘することは非常に難しくなります。優遇されている立場では、批判的な報道はしづらくなるのです。
記者クラブ制度の弊害を訴えていたのは筑紫さんだけではありません。志あるジャーナリストは皆、同様の意見を持っていました。それから30年以上が経過した今もなお、制度は変わらずに残っています。
先ほど触れた「出世欲による捜査」も、「記者クラブ制度」も、いずれも本来あるべき姿から外れた構造です。マスコミが真実を伝えるという本質から離れたまま、この構造に安住している現実に、強い危機感を覚えます。大手マスコミの方々には、改めて「何のために報道するのか」を問い直してほしい――私はそう強く願います。
でも、大手マスコミに就職できた人って、、、勝ち組の人ばかりなんだよなぁ。
じゃ、また。