僕は昭和の人間ですので干支に詳しそうに思われがちですが、そうした知識に疎いため、困ることがあります。今年の干支は午年ですが、年賀状を作るときにしか意識しません。そして、すぐに忘れてしまいます。興味のないことはすぐ忘れるのが、僕の特質です。
僕ぐらいの年齢の人ですと、十二支を順番に言える人が結構いますが、僕はそうした芸当ができません。単なる知識・常識不足と言われればそれまでですが、干支を順番に言う必要があるときは、妻に「子・丑・寅・卯・辰……」と順番に言ってもらっています。妻は、こういうときに役に立ちます。
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そんな僕ですが、なぜか「ひのえうま」という言葉だけは頭に残っていました。なぜこの言葉だけ覚えているのか、自分でも定かではありませんが、自然と口に出てくるくらい印象に残っています。ただし、いつものごとく意味まではわかりませんので、調べてみました。
すると、漢字にすると「丙午」で、中国の暦に由来があるそうです。AI調べでは、下記のように説明していました。
「丙午」の基本的な意味は、古代中国由来の暦「十干十二支(じっかんじゅうにし)」によるものだそうです。十干(じっかん)は甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸で、十二支(じゅうにし)は子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥です。この二つを組み合わせて、六十年で一巡する「六十干支」が作られます。
丙午(ひのえうま)とは、十干の三番目の「丙(ひのえ)」と、十二支の七番目の「午(うま・動物は馬)」、この二つが組み合わさった年のことです。ちなみに、「丙(ひのえ)」とは「火の陽(強い火)」を意味します。そして、ここから先が重要なのですが、「丙午」の年は「よくないことが起きる」という迷信があるそうです。僕が覚えていたのは、この迷信が頭に残っていたからのようです。
ということで意味はわかったのですが、次に僕が不思議に思ったのは、今年が「丙午」であるにもかかわらず、マスコミであまり言われていないことです。あれだけ些細なネタを拡げて大ごとにするのが好きなマスコミが、あまり触れていない(僕が知る限りですが)のが不思議でした。そこでAIにそのことを尋ねたところ、「社会を騒がせることを避けた」とか、「最近は気にする人が少ない」などと解説していました。どちらにしても迷信の類ですので、騒がなくて大正解だと思った次第です。
ですが、「丙午」の年にトランプ政権がベネズエラに侵攻しました。そして、なんとベネズエラの大統領を拘束し、米国内で裁判までかけています。普通の感覚で考えれば犯罪です。なにしろ他国に侵攻して、その統治者を捕まえたのですから。ですが、NHKの番組「映像の世紀 バタフライエフェクト」を見ている僕としては、「さもありなん」という気持ちがしないでもありません。
このトランプ政権の行動に対して、日本政府は肯定も否定もしていません。僕はその対応を支持します。現在の日本の状況を鑑みるなら、間違いなく無難な対応です。中には「はっきりと対応すべきだ」という人もいますが、そうした対応はあまりにリスクが大きすぎるように思います。
昨年の国会での台湾問題に関する高市首相の発言は、今も尾を引いています。評論家は言うまでもありませんが、一議員が匿名で言うのと、一国の首相が正式に発言するのとでは、重みがまったく違います。「かっこいい」発言や「勇ましい」発言は、マスコミ受けや大衆受けをしやすいですが、影響があまりに大きいものです。どんなに弱腰だと批判されようとも、慎重な発言に終始することに賛成です。
高市首相の、トランプ政権のベネズエラ侵攻を受けた会見映像を見ますと、幾度か視線を机に落としていました。つまり、事前に準備したレジメを読んでいたことになります。前述のように、おそらく昨年の国会での台湾発言に懲りているのだと思われます。
こうした一連の流れを見ていて僕が思い出すのは、自民・社会・さきがけ連立政権が誕生したときの村山富市首相です。この話は前にも書いたことがありますが、このときの村山首相は自民党の傀儡政権でした。傀儡という言い方は失礼かもしれませんが、全体の仕切りは自民党が下準備をしていたと言っても過言ではありません。なぜなら、社会党では国家を運営することができないからです。わかりやすく言うなら、「自民党に担がれた村山首相・政権」でした。
だからといって、村山政権に何の意義もなかったかというと、そんなことはありません。簡単に言うなら、「村山談話」を自民党に認めさせたことです。これは連立を組む際の社会党側の必須条件だったのかもしれませんが、「村山談話」を発表させたことは大きな意義があります。
このようなときに、僕が真っ先に思うのは官僚の存在です。この一連の流れにも、官僚(外務省)が絡んでいたのは間違いありません。悪い意味で言うのではありませんが、政治は官僚の力を借りなければ動かないのは厳然たる事実です。考えてみてください。総理大臣には日本の政治のすべてをコントロールすることが求められます。しかし、一個人がそんなことをできるわけがありません。そのために各大臣がいます。しかし、その大臣にしても、知識・経験のどちらも官僚にかなうわけがありません。就任期間中だけ大臣になるのとは違い、官僚はずっとその仕事に携わっているのですから。
かつて小泉政権のときに外務大臣に就いたのは、田中真紀子氏でした。ご記憶の方も多いでしょうが、「私が前に進もうとすると(誰かが)スカートを踏む」という発言は、官僚の力を思い知らされました。その「誰か」とは外務省ですが、当時の官僚の言葉も記憶に残っています。「外交は継続」という言葉です。その「継続」を変えようとした田中真紀子氏に、官僚が反旗を翻したのです。「政治に迎合するくらいなら職を賭ける」という役人の矜持も見られました。言われてみれば当然です。首相や大臣が変わるたびに政策が変わっていては、相手国や世界から信頼を得られなくなります。
なぜ今回、このテーマを書こうと思ったかと言いますと、文藝春秋で前中国大使・垂秀夫氏の連載を読んだからです。実に胸にストンと落ちる提言でした。世界を見渡し、現状を考え、日本の対応を説いていました。
こういうときに僕は思うことがあります。これだけ見識もあり、胆力もある立派な人が、事務次官になれなかったのか、ということです。ご存じのとおり、官僚の世界の頂点は「事務次官」です。その事務次官になれるのは、同期の中でたった一人です。ポストは一つなのですから、当然です。
つまり垂氏は競争に勝てなかった人、ということになるわけですが、そうなりますと、そのときの事務次官の人間性に思いが至るわけです。垂氏を追い落としてトップの座を射止めた人物とは、どのような人間だったのか、と。官僚の世界は、民間の営業などとは違い、数字がものを言う世界ではありません。上司の評価で決まることになります。なので、余計に出世の難しさがあります。
このように考えますと、垂氏の同期で事務次官になった人の人間性に、さらに思いが及ぶわけです。ただし、「出世競争に勝った人は悪人」と決まっているわけではありません。なぜなら、垂氏が競争から降りた可能性もあるからです。省内の出世競争に興味がない人がいても、おかしくはありません。そうであるなら、なおさら垂氏の人間性の素晴らしさが伝わってくるというものです。
僕は若いうちに組織に属することをやめたので、出世競争とは無縁の世界にいました。なので、余計に出世競争に対してアレルギーがあるのかもしれません。他人を追い落として出世して楽しいのか?と思ってしまうのです。でも、そもそも競争に勝てるわけがないんですよねぇ。だって、干支が言えないですから。
じゃ、また。
校正:ChatGPT