<昭和>

pressココロ上




僕はほぼ毎日妻とスーパーに出かけているのですが、ある日たまたま出入口付近を通りがったときに、外から店内に入って来た家族連れの会話が聞こえてきました。家族構成は30代半ばくらいの夫婦と3~5才くらいの姉妹です。年下の女の子はお母さんと手をつないでいました。そのお母さんがその女の子に話していました。
「わかった?世の中の人はみんな、我慢してるんだから…」

僕の想像では、女の子がなにかほしいものがあり、それをお母さんにおねだりしたのではないでしょうか。それに対してお母さんが言い聞かせている、そんな感じがする会話でした。

僕はこの「我慢」という言葉に新鮮さを感じたのです。

「そういえば、最近あまり聞かないなぁ…」

昔に比べますと、今の時代は間違いなく豊かになっています。僕が子供の頃はほしいものがあっても簡単には買ってもらえませんでした。今の子どもは「財布が6つある」と言われていますが、これは両親と母方の両親と父方の両親という意味です。このような状況ですので、子供がほしいものがあったとき6つも財布がありますので買ってもらえる確率は高くなります。「我慢」という言葉が死語になっていっても不思議ではありません。

昔は子供が駄々をこねてお店などの廊下で泣きわめいている光景をよく見かけたように思います。親にほしいものを買ってもらえないときに、子供が感情を爆発させた光景ですが、もしかしたら子供が演技をしている可能性もあります。どちらにしても子供の欲望のままにさせていては教育上問題があります。

しかし、先ほども書きましたように最近は泣き叫ぶ以前に「ほしいものは6つのうちのどれかが買ってくれます」ので泣き叫ぶ状況にならない場合がほとんどです。ですので冒頭のお母さんの口から出た「我慢」という言葉に新鮮を感じたのでした。

おそらくこのご家庭は財布が2つしかないのでしょう。そうした状況では子どもに「我慢」を教えることは大切です。我慢を「知っている」のと「知らない」のとでは、その子のその後の人生が大きく変わってきます。

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僕が子供の頃、我が家の生活レベルは「中の下」くらいといったところでしょうか。もちろんその当時は生活レベルなど意識することもなく、後年世の中から否応なく知らされました。

僕の父は昭和30年代に九州のド田舎から上京してきたのですが、上京して父が就いた職業は郵便局・簡易保険の営業員でした。つまり公務員ですが、当時は今の時代とは違い低収入の象徴のような職業でした。かつて父が話していたことがあるのですが、当時大手化粧品会社の工場に勤めていた僕の従妹よりも月給が安かったそうです。20代半ばの工場勤務の女の子より収入が低かったのです。

上京してきて最初に住んだところは田んぼの中にポツンと立っていた2Kのアパートでした。それから空きができたという理由で2DKの官舎に住み、父が公務員を辞めたことに伴い2DKのアパートに引っ越し、しばらくして近くにたまたま同じ間取りの貸家が空いたのでそこに移りました。その貸家の一番の魅力はお風呂がついていたことでした。その貸家には、社会人になってから一人暮らしをするまで住んでいました。

公務員がどれほど給料が低かったか、というエピソードをもう一つご紹介します。官舎を出たあとに住んだ2DKのアパートはお風呂もなくとても狭かったのですが、隣に住んでいたのは30才過ぎくらいご夫婦でした。このご夫婦はどちらも小学校の先生をしている共働きでした。学校の先生は公務員ですが、夫婦共働きでも2DKの狭いアパートに住むのが精いっぱいだったのです。

貸家に移って一番うれしかったことは自宅でお風呂に入れることでした。やはり、銭湯とは違い誰にも気兼ねせずにゆったりと湯船に入れることはとても気持ちのよいものでした。初めてお風呂に入ったときの感動は今でも覚えています。

そこに越してから1年くらい経った頃です。以前のアパートの隣に住んでいた先生をしているご夫婦が我が家を訪ねて来ました。

来訪の目的は「お風呂を貸してほしい」というお願いでした。そのとき奥さんのお腹はかなり大きくなっていました。ご夫婦のお願いは奥さんのお腹と関係がありました。

あのアパートにはお風呂がついていませんのでお風呂屋さんに行くことになりますが、お腹が大きくなった奥さんはお風呂屋さんに行くのが厳しい状況になっていたのでした。そこで、我が家のお風呂に白羽の矢が立ったのでした。

当時の我が家は貸家とはいえ、決して広い間取りではありません。アパートと大して変わらない広さです。お風呂を借りるほうにしましてもそれなりに気を使いながら入ることになります。それを承知でも「貸してほしい」と言ってくるのですから、お風呂屋さんに通うのがかなり困難な状況だったのでしょう。

結局、奥さんは出産するまで我が家にお風呂を借りに来ていたのですが、学校の先生が給料が低かったというエピソードでした。今の時代はご夫婦で先生をしていますと、余裕でもっと広い部屋を借りることもできますし、家を購入することも可能です。現在は、下手な中小企業よりも安定した仕事として銀行などの評価は高くなっています。「時代は変化する」ということを実感することの一つです。

ちなみに、いつから公務員のお給料が上がったかと言いますと、田中角栄氏が首相になってからです。田中首相は昭和時代を象徴する政治家の一人ですが、たまたまスーパーで耳にした「我慢」という言葉の響きから今週は僕の昭和を記してみました。

平成もあと半月ほどで終わりです。

じゃ、また。







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