<白いカラス>

pressココロ上




「たむらけんじ」さんという芸人の方が、ある雑誌のインタビューでSNSで炎上した経験について話していました。そのインタビューで印象に残っているのが「今の時代は、『カラスは黒い』と言っても否定してくる人がいる」と話していたことです。そのインタビューは、リアリティ番組に出演していた女子プロレスラーの方が、SNSがきっかけでお亡くなりになったときに行われたものです。

以前より、ツイッターなどSNSの暴力性が指摘されていましたが、著名人が自ら命を絶ったことで特に関心が高まっていた時期です。たむらさんもSNSでの誹謗中傷で追い詰められたことがあるそうですが、全体からすると少ないとはいえ暴力的なツイートが受け手の心を傷つけることは間違いありません。

最近では、誹謗中傷ツイートを特定できるようになったそうですが、それでも手間や費用などを考えますと犯人捜しは容易ではありません。ですので、誹謗中傷ツイートを受けないようにするためには、投稿の内容に細心の注意を払うことが大切です。

しかし、いくら細心の注意を払おうとも、自分とは異なる意見の持ち主が世の中には必ず存在します。たむらさんが話していたように、「『カラスは黒い』を否定してくる人」がいるという現実があります。誹謗中傷するのは論外としても、世の中には異なる考えの持ち主がいるという事実は消えません。

1989年、それまで冷戦で対立していた米国とソ連がマルタ会談で「冷戦の終結」を宣言しました。僕はこのときの印象がとても強烈で、両首脳が並んだ写真が一面にデカデカと載っている新聞は今でも記憶に残っています。僕は「これで世界は平和になる」と期待で胸がふくらんだのですが、現実はそうとはなりませんでした。反対に、冷戦が終結したことで新たな諍いが世界のいろいろなところで起きたのです。

冷戦という重しが除かれたことで、それまで抑え込まれていた小さな諍いが噴出した結果です。結局、世の中にはいろいろな考えがあり、それが対立するのです。僕にそんなことを教えてくれた冷戦終結後の各地の紛争でした。

紛争が起きる根本的原因は考え方の相違です。一方からすると正義と思われることが、他方からすると悪事であり、この「一方」「他方」が世界中の至るところで入れ替わるのです。紛争がなくなるわけがありません。

たむらさんは「今の時代は、『カラスは黒い』と言っても否定してくる人がいる」とインタビューに答えていましたが、実際は「今の時代」だけではなかった可能性があります。単に、表にでてくるツールがなかっただけかもしれません。

ご存じの方も多いでしょうが、ナイキのCM動画が大きな波紋を起こしています。簡単に紹介しますと、3人のサッカー少女がスポーツを通じていじめや差別を乗り越えていく姿が描かれている動画ですが、見方によっては、在日であったり出自であったりといった排他的な日本社会を揶揄する内容となっています。

このCMに対して、発表された当初は著名人が賛同や称賛のツイートをしたりなど、好意的な反応が多数紹介されていました。しかし、時間の経過とともに「日本を貶めている」といった反発意見のツイートが増えていったそうです。”ねとらぼ”サイトから引用しますと、「12月3日時点で、YouTubeの評価は「GOOD(高評価)」が6.8万件なのに対し、「BAD(低評価)」も4.7万件とかなりの数」になっています。

世の中にはいろいろな考えの人がいます。

今回の波紋には賛成、反対いろいろな意見がありますが、さらに興味深かったのは今回の騒動を「炎上扱い」にしたマスコミに対する批判もあったことです。評論家の津田陽介さんによりますと「一方的に放火され、難癖を付けられているに過ぎない話」で、「炎上」と表現することでマスコミも「差別主義者に加担している」ことになるそうです。

「カラスは黒い」とは限らない…。

このコラムで幾度も書いていますが、僕がこれまでに最も衝撃を受けた本は「戦争広告代理店」です。ユーゴスラビア紛争で世界を味方につけるために一方の民族が広告代理店と契約し、目的を達した話がドキュメントでつづられていました。マスコミは報じ方を一つ間違えると、一方に加担することになります。

ファクトチェックは報道の基本です。

あるコラムニストの方が、今回のナイキの動画に対して「批判する人」に迎合してはいけない旨のことを書いていました。「ものわかりがいい人」を装うことで大人の対応を見せようとすることに反論していました。「悪いことは悪い!」と断じることを避けていては、世の中から正義が失われていくことを危惧しているようでした。

トランプ大統領は選挙で負けたにもかかわらず、まだ負けを認めていません。大統領就任式でのパレードの人数を多めに発表することからはじまり、任期中もフェイクニュースを連発していました。マスコミもトランプ派と反トランプ派でくっきりと分かれてしまい、米国の分断ぶりが顕著になっています。

基本的に僕は反トランプ派ですが、その僕からしますと、トランプ支持者たちの気持ちがわかりませんでした。勝手にパリ協定やイラン協定から離脱し、アメリカンファーストを突き進め、世界協調とはかけ離れた政策を、フェイクをまぶしながら実行していました。

大統領を補佐する政策通の側近たちも多くの人が離れていっています。こうした事実を見ていますと、トランプ氏が大統領にふさわしいとはどうしても思えませんでした。

映画評論家で米国在住の町山智浩さんは、ラジオ番組で映画紹介のほかに米国の実情についても報告しています。その町山さんがトランプ支持者の方々の心情について紹介していました。前回トランプ氏が勝利を収めたのは、ラストベルト(さび付いた工業地帯)の人たちが支持したからと言われていますが、では、なぜ、ラストベルトの人たちが支持したか。

それは、トランプ氏が「助けてくれたから」です。それまで誰も訪れていなかったラストベルトをトランプ氏だけが訪れて激励してくれたそうです。町山さんがラジオでその話をしていたのですが、先日たまたま同じような内容の記事をほかのジャーナリストの方も書いていました。

勝利するには理由(わけ)がある。

かつて東京電力には「財界の良心」といわれた平岩外四氏という会長さんがいました。日本経済団体連合会会長も務めるなど人望も厚い人でした。その平岩氏が話していた言葉で強く記憶に刻まれた台詞があります。

「10:0みたいな勝ち方をしてはいけない。
企業も人事も絶対に負けては駄目だが、6:4で勝つことが大事である。」

凡人からしますと、「完膚なきまでに叩きのめす」という言葉があるように、10勝0敗で勝利したほうが精神的にもスッキリして気持ちいいと思いがちですが、相手を完璧に叩きのめしてしまいますと恨みを買うことになります。世界から争いがなくならないのは、負けた側が復讐を考えるからです。復讐が復讐を呼びいつまで経っても平和が訪れないのは歴史が証明しています。

また、ライバルがいなくなるということは、最初のときこそブルーオーシャンで楽な立場ですが、必ずや自ら落ちぶれていくことになります。緊張感がなくなっていくからです。

ナイキのCMは、発表当初は称賛の意見が多数を占めましたが、それに反発するように次第に批判・揶揄する意見が増えていきました。こうした状況に対して、批判・揶揄する意見を非難する意見が増えていき、反対意見を「間違っている!と断じる」ことの必要性を訴える意見も出てきました。しかし、反対意見を「間違っている!と断じる」ことは相手を完膚なきまでに叩きのめすことと同じです。

世界を平和な社会にするうえで大切なことは、多数派でないほうの意見も取り入れながら、みんなができるだけ納得するような政策を実行することです。

「勝負は6:4で勝つがよろし」

じゃ、また。

追伸:
プロ野球ファンの方へ。日本シリーズは例外です。w




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする