<有名税>

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スポーツ大好き人間の僕が、先週最も感動したのはやはりボクシングの井上尚弥選手とメジャーリーグの大谷翔平選手です。井上選手はボクシング界のレジェンドとまでいわれていたドネア選手をわずか2RでKOしました。その圧倒的強さには、興奮せずにはいられませんでした。このときほど「amazonプライムに加入していてよっかった~」と思ったことはありません。

僕が言うまでもありませんが、井上選手のパンチ力はほかの選手より頭一つどころか二つも三つも抜きんでています。また、いろいろな人の解説を聞いていますと、井上選手のボクシング術は「微妙な駆け引き」や「ちょっとした動き」が並の選手とは違う、いえいえ「並の選手」ではありません。「一流の選手」、いえいえ「超一流」の選手さえも凌駕するほどの実力・能力があるようです。もちろん素人の僕としましては、その繊細な才能までは理解できませんが、あの圧倒的な強さを見せつけられますと、「すげぇ強え」ということはわかります。

僕が井上選手で一番記憶に残っているのは、まだ今ほどマスコミから注目されていない頃に深夜に放映されていたテレビ番組です。当時はまだプロになる前だったのですが、プロのキャリアが20戦近くある選手と練習でスパーリングをしたときにダウンを奪ったのです。プロの選手が高校史上初のアマ7冠の選手とはいえ、アマチュアの選手にダウンを奪われることは普通はあり得ません。プロからすると、屈辱以外のなにものでもありません。実は、ダウンを奪ったそのとき井上選手も戸惑っているふうが見て取れました。どのように振る舞っていいのかわかりかねている感じがしていたのです。後年、二人は日本チャンピオンをかけて対戦するのですが、プロになる前からとにかく強かったことがわかるエピソードです。

大谷選手の活躍はまさに漫画の世界です。メジャーリーグで活躍し、現在は解説者になっている元選手が話していましたが、投手が一試合投げたときの肉体的消耗は、それはそれはすごいものがあるそうです。投手だけでも肉体的負担が大きいのにもかかわらず、打者としても活躍しているのです。「アンビリバボー」と飽きれるのも当然です。

重要なポイントは、「投手」としても「打者」としても「活躍」していることです。ただ、出場するだけならなんの感動も与えません。投げて打ってチームを勝利に導くのですから、ファンが「MVP」と連呼するのもわかるというものです。連敗を止めたのも大谷選手の快投とホームランでした。

かつて阪神に江夏豊という左投げの名投手がいました。バッタバッタと三振の山を築き、オールスターでは9者連続三振という離れ業をやってのけた投手です。これほどすごい投手だったのですが、ただ一つ難点がありました。それは性格がとにかく「なまいき」なのです。ある試合で、相手チームの打者を完璧に抑え、たまたま自らのホームラン1点で勝利したとき、「野球は一人でもできる」と宣った伝説があるほどの豪傑でした。それに比べ、大谷選手のなんと人格者よ…。

二人のスポーツ選手の活躍をネットで見て感激していたとき、あるニュースが目に留まりました。僕が常々、世の中の出来事を見る視点に独特な感性があると感心している漫画家・西原理恵子さんに関連するニュースでした。そのニュースとは、西原さんの「娘さんのブログ」が話題になっている、という内容でした。西原さんといいますと「毎日かあさん」などが有名ですが、今回娘さんのブログが注目されたのは、まさに「毎日かあさん」を「娘」の立場から思っていた言い分でした。一言でいうと西原さんを「毒親」として暴露しています。

西原さんは「毎日かあさん」の中で娘さんの言動などをネタにしていますが、それが娘さんからしますと「大きなストレス」となっていたそうです。ときには「載せないで」とお願いしたこともあったそうですが、聞き入れられなかったと綴っています。漫画家にとってネタは必須な要因ですので当然といえば当然ですが、ネタにされるほうはたまったものではありません。なにしろ世間の目に「晒されながら」人生を歩まなければいけないのですから。

今から40年ほど前、「積木くずし」という本がベストセラーになったことがあります。この本は穂積隆信さんという、わき役として名を知られていた俳優さんが、不良となった娘さんを自らの力で更生させるまでを綴った内容でした。多くの人の注目を集め、ドラマ化や映画化されるほど社会現象にまでなりました。

穂積さんはこの本が売れたことで、教育コンサルタントのような立ち位置で各地を講演するほどの人気者になるのですが、更生したかに見えた娘さんが、実際はその後も苦難の人生を歩いていたことがのちに判明します。この本が売れれば売れるほど、穂積さんが注目されればされるほど、教育者として評判が上がれば上がるほど娘さん自身は世間に「晒される」ことになります。その息苦しさは想像を絶するものだったようです。

そもそも、娘さんが不良になったきっかけは父親が俳優という有名人であったことです。芸能人の娘という目立つ存在だったことで、先輩などからでいじめにあうことがしょっちゅうあったそうです。そうしたことから非行に走ったのですが、そこから更生するようすまでも世間に晒されたことで余計に生きづらくなったことは容易に想像がつきます。まさに負のスパイラルですが、後年、娘さん自身がそうしたことも含めた人生の軌跡を本に記しています。ですが、「積木くずし」が売れていた当時は、有名になったことの裏側で起きていた出来事について伝えられることはありませんでした。

西原さんの娘さんが今回ブログで暴露しているのは、考えようによっては意趣返しと思えなくもありません。西原さんは漫画家として糧を得るために娘さんを犠牲にしたことになります。しかし、おそらく、西原さんはそこまでの認識はなかったのではないでしょうか。そんな気がしています。

大家族の暮らしぶりをテレビに公開することで家族を人気者にした番組がいくつかありますが、僕はこうしたドキュメントふう番組が好きではありません。僕はときたま「ドキュメント批判」をこのコラムで書きますが、ドキュメントはどれほど丁寧に作っても事実の一部、そして一面でしかないからです。それをあたかもすべてが事実であるかのように伝えていることに違和感を持ちます。

先ほどの大家族の番組も実際は必ずどこかに演出入りますが、そうしたことが家族のだれかを傷つけます。子どもが小さいうちは、まだ自我が育っていませんので、カメラに撮られることに対して、それほど感性が刺激されることはありません。ですが、思春期に入った頃になると精神的に不安定になることが多々あります。実際、子どもさんの中にはそういう状況に反発して家を出ている子もいるそうです。その意味で言いますと、テレビ撮影を了解した時点で、その親御さんは西原さんと同じ毒親になっていることになります。

最近、YouTubeを見ていますと、ドキュメントではありませんが、親御さんがお子さんの成長する過程を公開している動画を見かけることがあります。中には数億回の視聴数を獲得している動画もありますが、西原さんの娘さんのリスクと同じ問題を抱えるのではないかと心配しています。有名になることのデメリットを理解できないときに、周りが勝手に有名にするのはある意味、虐待です。

現代のように、個人が自ら世の中に情報を発信できるとき、発信する人は「晒されるリスク」について考える必要があります。特に、小さなお子さんを対象にする場合は、親子関係があろうとも、あるがゆえに慎重であることが求められます。

井上選手や大谷選手は、スポーツ選手として有名になることを承知のうえで活躍しています。ですので、ある程度の「晒されるリスク」は覚悟して努力し活躍しているはずです。言い方を変えるなら「有名税」を支払う覚悟ができています。しかし、子どもさんの場合は違います。まだなんの理解もできない段階で周りが勝手に有名税を払わせるような状況にするのは虐待と同じです。

親は勝手に、子どもを有名税の納税者にしてはなりませぬ。まるで人身売買と同じではありませんか。

じゃ、また。




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