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<鈍すれば貧する>

ここまで極端な考えになってしまいますと、努力することに意味がなくなるような気がしてきますが、それでも「努力を忘れてはいけない」と思う僕は、儒教の影響を受けているのでしょうか。それはともかく、小田嶋氏は現在の出版界を取り巻く苦境に触れて、編集という仕事の劣化を嘆いています。売上げが落ち、収益的に苦しくなってきますと、自然とお金儲けにつながることだけに手を染めるようになりがちです。

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<僕の妻はテトリス世界一>

そんな年月を過ごしながら、相変わらず妻はゲームにいそしんでいました。妻がゲームを続けることができたのは我が家の環境に理由があります。記憶が定かではないのですが、いつからか我が家の居間のテレビにはスーパーファミコンがつながっていました。今ではやっていませんが、我が家はお正月に家族4人でマリオカート大会を催すのが習わしとなっていました。

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<マスコミは食わねど高楊枝>

そもそも論になりますが、テレビ局が取材と称していろいろなお店などを紹介する番組はその番組自体が「ステマ」になる可能性があります。ラーメン業界においては、特にそうした例が多いように思います。僕の想像ではラーメン店は「ステマ」を狙っていますし、テレビ局側もそれをわかっていながら、製作費との兼ね合いとか視聴率の関係でラーメン業界を利用しています。このように近年のテレビ番組は、双方の思惑が一致して製作されることが多いですが、そうしたことが今のテレビ業界の凋落につながっているように思います。

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<コンビニ駐禁、一騒動>

僕が心配したのはポイントカードの悪用です。だれか悪い人に拾われて使われてはたまったものではありません。ポイントカードはお金と同じです。僕は帰宅するとすぐに紛失したときの手続きを調べました。そのポイントカードはガソリンスタンドが発行したポイントカードでした。以前は同じ系列のコンビニ発行のカードを使っていたのですが、たまたまガソリンスタンドに行ったときに同じ系列のガソリンスタンド発行のカードに変更していました。

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<google map>

自分で言うのもなんですが、僕は活舌が悪いので有名です。自分でもなにを言ってるのかわからないときがあるくらいですが、「googlemap」さんは見事に僕の言葉を完璧に拾ってくれます。僕の勘では、あの長州力さんの言葉さえ、ほぼ間違わずに文章に変換するのではないでしょうか。(笑 話を戻します。

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<学歴フィルター>

こうしたことは肉体を使うスポーツの世界に限りません。頭脳を使う競技においても同様です。数年前から東大生が参加するクイズ番組が花盛りですが、知識量がある人とない人では圧倒的な差があります。知識量が多い人がほとんどの中では知識量が少ない人は存在さえ許されなくなります。おそらく知識量が少ない人はその場にいたたまれない気持ちになってしまうでしょう。それほど地力の差は、当人および周りに大きな影響を与えます。 数多くのヒット曲を生み出している中島みゆきさんには「ファイト!」という名曲があります。

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<時代は自分で選べない>

文化大革命は1966年から1976年の間に起ったことですが、僕の年表に合わせますと1976年とは大学に入学した年です。僕はそれが驚きでした。「むかし、むかし」の話ではなく、ほんのちょっと前のお話なのです。そんなときに中国では前近代的な諍いが国中で起こっていたのです。これを驚かずにいられましょうか。 そのような悲惨な光景が「ワイルド・スワン」でも、

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<絶対鈍感>

並大抵の精神力では生きていけないのが、タレントさんなど芸能人・有名人の方々です。繊細で敏感な神経では耐えきれなくなってしまいます。実は僕も20年くらい前ですが、HPを立ち上げたばかりの頃に、ネット上で傷ついた経験があります。当時はSNSがありませんでしたので掲示板でしたが、それでも心がざわついた記憶があります。 自分の記事に対して批判的な文章を見た時は、やはり落ち込みました。

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<チャンネル>

「チャンネルがテレビ番組と同じ」ということは、出演する人の知名度や技量も大切ですが、結局は制作する側の人たちの技量やセンスがチャンネルの登録者数や視聴回数を左右することになります。朝倉さんのチャンネルが成功しているのは、もちろん朝倉さんの知名度や人間性も大きいですが、それと同じくらい制作している人のセンスも大きいと思っています。

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<感知力>

初めて「感知式信号」に出会ったのは今から17~18年くらい前でしょうか。(…そういえば、そのときの顛末もこのコラムで書いたような気がしないでもない…)。今回と同じように、住宅街の道路を走っているときに遭遇しました。そのときも、全く信号が変わる気配がしなかったのですが、辛抱強く待っていると僕の後ろについた車のドライバーがわざわざ降りてきて教えてくれたのです。もし、その車が来なかったなら僕は今でもあそこにとまったままだったかもしれません。(^_^;)